舞囃子「経政[つねまさ]



    ◆あらすじ
    京都[きょうと]の仁和寺[にんなじ]の守覚法親王[しゅかくほっしんのう]は、琵琶[びわ]」が上手[じょうず]な平経政[たいらのつねまさ]のことを、子[こ]どもの頃[ころ]から可愛[かわい]がっていました。
    [おお]きくなった経政[つねまさ]は、源平合戦・一ノ谷[げんぺいがっせん・いちのたに]の戦[たたか]いへ出発[しゅっぱつ]する前[まえ]に、大切にしていた琵琶[びわ]「銘 青山[めい せいざん]」を親王[しんのう]に預[あず]けます。
    しかし、無念[むねん]にも、経政[つねまさ]は戦[たたか]いに敗[やぶ]れてしまいます。親王[しんのう]は、経政[つねまさ]の死[し]をとても悲[かな]しく思[おも]い、音楽会[おんがくかい](管絃講[かんげんこう]・音楽法要[おんがくほうよう])を開[ひら]いて経政[つねまさ]を弔[とむら]います。  
    するとその夜更[よふ]け、幻[まぼろし]のように経政[つねまさ]の亡霊[ぼうれい]が現[あらわ]れ、自分[じぶん]を弔[とむら]ってくれる親王[しんのう]や僧達[そうたち]にお礼[れい]を言[い]います。経政[つねまさ]は、懐[なつ]かしそうに大好[だいす]きな琵琶[びわ]を弾[ひ]き、夜遊[やゆう]の舞[まい]を舞[ま]います。
    しかしそれもつかの間[ま]のこと、やがて死[し]への苦[くる]しみに襲[おそ]われ、幽霊[ゆうれい]になった自分[じぶん]の姿[すがた]に恥[は]じながら、闇[やみ]の中[なか]に消[き]えて行[ゆ]きます。   

    * このサイトでは、経政[つねまさ]が自分[じぶん]の法要[ほうよう]で姿[すがた]を現[あわら]した場面[ばめん]をご覧[らん]いただきます。   
    * 平経政[たいらのつねまさ](?~1184)平家一門[へいけいちもん]の武将[ぶしょう]。平清盛[たいらきよもり]の弟[おとうと]・経盛[つねもり]の長男[ちょうなん]。弟[おとうと]に敦盛[あつもり]。   
    * 守覚法親王(1150~1202)平安時代[へいあんじだい]後期[こうき]から鎌倉時代[かまくらじだい]初期[しょき]にかけての皇族[こうぞく]・僧[そう]
      父[ちち]は後白河天皇[ごしらかわてんのう]。母[はは]は藤原季成[ふじわらすえなり]の娘[むすめ]・成子[なりこ / しげこ]。   
    *『平家物語[へいけものがたり]』巻七[まきしち]「経正[つねまさ]都落[みやこおち]」を題材[だいざい]とした作品[さくひん]です。

◆謡[うたい]のことば
シテ[して] いや雨[あめ]にてはなかりけり。あれ御覧[ごらん]ぜよ雲[くも]の端[は]
地謡[じうたい][つき]にならびの岡[おか]の松[まつ]の。葉[は][かぜ]は吹[ふ]き落[お]ちて。
村雨[むらさめ]の如[ごと]くに音[おと]づれたり。面白[おもしろ]や折[おり]からなりけり。
大絃[たいけん][な]嘈々[そうそう]として村雨[むらさめ]の如[ごと]しさて。
小絃[しょおけん][な]切々[せえせえ]として。さゝ[さ]めごとにことならず
地謡[じうたい] 第一[だいいち]第二[だいに]の絃[けん][な]
索々[さくさく]として秋[あき]の風[かぜ]。松[まつ]を拂[はら]って疎音[そいん][の]つ。
第三[だいさん]第四[だいし]の絃[けん][な]
冷々[れいれい]として夜[よる]の鶴[つる]の。子[こ]を思[おも][お]て籠[こ]の中[うち]になく。
[にわとり]も心[こころ]して。夜遊[やいう]の別[わか]れとどめよ
シテ[して] 一声[いっせい]の鳳管[ほおかん][な]
地謡[じうたい] あら名残[なごり][お]しの。夜遊[やいう]やな(カケリ)
シテ[して] あら名残[なごり][お]しの夜遊[やいう]やな。
たま/\[たま]閻浮[えんぶ]の夜遊[やいう]に帰[かえ]って。
[こころ]をのぶる折[おり]ふしに。また瞋恚[しんに]のおこる恨[うら]めしや 
ワキ[わき] さきに見[み]えつる人影の。猶[なお][あらわ]るゝは経政[つねまさ]
シテ[して] あら愧[はず]かしや我[わ]が姿[すがみ]。早[はや]人々[ひとびと]に見[み]えけるぞや。
あの燈[ともしび]を消[け]し給[たま]えとよ
地謡[じうたい][ともしび]をそむけては。燈[ともしび]をそむけては。
[とも]に哀[あわ]れむ深夜[しんにゃ]の月[つき]をも。
[て]に取[と]るや帝釈[たいしゃく]修羅[しゅら]の。
[たたか][い]は火[ひ]を散[ち]らして瞋恚[しんに]の猛火[みょうか]は雨[あめ]となって。
[み]にかかれば拂[はろ][う][つるぎ]は。
[た]をなやまし我[われ]と身[み]を切[き]る。
紅波[こおは]はかへ[え]って猛火[みょおか]となれば。
[み]を焼[や]く苦患[くげん][はず]かしや。人[ひと]には見[み]えじものを。
あの燈[ともしび]を消[け]さんとて。其身[そのみ]は愚人[ぐにん]
[なつ]の虫[むし]の。火[ひ]を消[け]さんと飛[と]び入[い]りて。
[あらし]と共[とも]に燈[ともしび]を。嵐[あらし]と共[とも]に。
ともしびを吹[ふ]き消[け]して暗[くら]まぎれより。
魄霊[はくれい]は失[う]せにけり魄霊[はくれい]の影[かげ]は失[う]せにけり