蛸芝居[たこしばい] (1)始[はじ]まりの場面[ばめん]

台本[だいほん]

    説明[せつめい]ここにございましたあるお宅[たく]、ご商売[しょうばい]が砂糖屋[さとうや]さんでございますが、ここが変[か]わったおうちでございましてね。旦那[だんな]、番頭[ばんとう]さんは申[もう]すにおよばず、手代[てだい]、丁稚[でっち]、乳母[おんば]どんの端[はし]にいたりますまでがみな芝居好[しばいず]きという。そうですから、もうここの家[いえ]は、夜[よる]でもすぐに寝[ね]ませんな。夜[よる][おそ]うまで芝居[しばい]の真似[まね]をして遊[あそ]んでおります。朝[あさ]でも起[お]きて参[まい]りませんのんでね。旦那[だんな]、仕方[しかた]がない、皆[みな]を起[お]こすんですけどね、ただ起[お]こしただけでは面白[おもしろ]ない。頭[あたま]に砂糖[さとう]の紙袋[かんぶくろ]をかぶりまして、身[み]には一反風呂敷[いったんぶろしき]、三番叟[さんばそう]で起[お]こそうというわけで。
    [だん]さん「♪おぉ~そいぞや、遅[お]いぞや、夜[よ]が明[あ]けたりや。女中[じょちゅう]、丁稚[でっち]、起[お]きよぉ~  おんば……♪」
    定吉[さだきち]「朝[あさ][は]よからなんやねんな、バッタバッタバッタバッタとやっかましいな~ ほんま。アブッ!ちよっと、亀吉[かめきち]どん見[み]てみなはれな。え、旦[だん]さん朝[あさ]から えらい勉強[べんきょう]だっせー。三番叟[さんばそう]で皆[みな][お]こしてまっせ。」
    亀吉[かめきち]「あ、ほんまでんな。ちょっと声[こえ][か]けたげまひょか。」
    定吉[さだきち]「声[こえ][か]けたげまひょ、声[こえ][か]けたげまひょ。いよ~!三番[さんば]はじまり~。」
    [だん]さん「何[なに]が三番[さんば]はじまりや。人[ひと]が一生懸命[いっしょうけんめい][お]こしてやってるというのに寝間[ねま]の中[なか]から三番[さんば]はじまり。あほなこと言[い]ってんのやないわい。定吉[さだきち]と亀吉[かめきち]はな、表[おもて]の掃除[そうじ]をしまひょ。」
    定吉[さだきち]「へ~~いッ……、あーあーほんまに もう、朝[あさ]から怒[おこ]られましたな。」
    亀吉[かめきち]「そうでんな。そやけどもう怒[おこ]られんようにな、ま、掃除[そうじ]しまひょか。」
    定吉[さだきち]「そうでんな。そやけどなんでんな、ただただ掃除[そうじ]してるだけではオモシロイことおまへんな、何[なん]か掃除[そうじ]しながらするような芝居[しばい]おまへんかいな。」