辻占茶屋[つじうらぢゃや] (1)茶屋[ちゃや][い]りの場面[ばめん]

台本[だいほん]

    [げん]やん「わかりました。ほな、ちょっと行[い]ってきます。」
    おっさん「ちょっと待[ま]ち。あのな、行[い]くのはええけどな、行[い]く前[まえ]に辻占[つじうら]し。」
    [げん]やん「辻占[つじうら]?辻占[つじうら]ってなんです?」
    おっさん「おまえな、河内[かわち]の瓢箪山[ひょうたんやま]のお稲荷[いなり]さん知[し]ってるかえ?」
    [げん]やん「ええ、ええ、知[し]ってま知[し]ってま。」
    おっさん「向[むこ]うへ行[い]くとな、参詣[さんけい]を済[す]ませると、ぐるっと裏手[うらて]へ回[まわ]るんやな。ちょうど裏[うら]から、そこの道[みち]を通[とお]っている人[ひと]の喋[しゃべ]っていること、持[も]ち物[もの]、あるいはその格好[かっこう]やな、そういうものをいろいろと見[み]て辻占見徳[つじうらけんとく]に占[うらな]うっちゅうんやな。これを「辻占[つじうら]」とこない言[い]う。そやさかいな、何[なん]でもかめ へん。見[み]たり聞[き]いたりしたものを辻占[つじうら]にとり。ええ辻占[つじうら]が出[で]たらそのままおったらええけれども、悪[わる]い辻占[つじうら]が出[で]たらこら今日[きょう]は日[ひ]が悪[わる]かったと思[おもう]て諦[あきら]めて帰[かえ]ってこい。ええか。」
    [げん]やん「さよか。わかりました。ほな行[い]ってきます。」

    説明[せつめい]この男[おとこ]、夕方頃[ゆうがたごろ]になりますというと羽織[はおり]の一枚[いちまい]もひっかけよって難波新地[なんばしんち]、色街[いろまち]はいつに変[か]わらぬ陽気[ようき]なこと…
    ♪ 辻占[つじうら]や松葉[まつば][かんざし]畳算[たたみざん]

    [げん]やん「姐貴[あねき]、いてるか。」
    女将[おかみ]「んまぁ、源[げん]やんやおまへんかいな、こっち入[はい]っておくんなはれ。」
    [げん]やん「梅乃[うめの][い]てるかいな。」
    女将[おかみ]「んまぁ、すんまへんな。今[いま]、ちょっと他所[よそ]いってますんやわ。そやけどな、今[いま]すぐにもらいかけますよってにな。おちょやん、おちょやん。源[げん]やん来[き]てくれてはんねん。今[いま]から、梅乃[うめの]さんに言[い]うてな、もらいかけて・・・ そうやな、またおちょやん行[い]かして、他所[よそ]へ取[と]られたらあきませんのんでな、わてがじかに行[い]ってきまっさ。」
    [げん]やん「そうか。姐貴[あねき]、えらいすまんな。」
    女将[おかみ]「えーでーな。」
    [げん]やん「いつもの部屋[へや][あ]がらせてもろてもええか。」
    女将[おかみ]「へえへえ・・・すんまへん、ちょっと散[ち]らかってて、今[いま]、お客[きゃく]さん帰[かえ]ったばっかりで、あ、おちょやん、おちょやん・・・源[げん]やんのいつものお座敷[ざしき]、あんじょう片付[かたづ]けて。」
    [げん]やん「あーいやいやいや、散[ち]らかってる言[い]うたかて、ひっくり返[かえ]ってるわけ違[ちが]うやろ、わしはもう、ここの身内[みうち]みたいなもんやさかい、とりあえず上[あ]がらせてもらうわ。そのうちまあ順々[じゅんじゅん]に片付[かたづ]けてもろたらええよって。」
    女将[おかみ]「さよか、えらいすんまへんな。ほなお心安[こころやす]だて。煙草盆[たばこぼん]も持[も]って行[い]ってもらえまっか。」
    [げん]やん「ああ、わかったわかった。ところでな、梅乃[うめの]、わしのことなんぞ言[い]うてるか?」
    女将[おかみ]「なんぞ言[い]うてるかやおまへんで、ほんまにもう。いっつも会[お]うたら源[げん]やんの話[はなし]ばっかり。わて、あてられてあてられて、源[げん]やんに会[お]うたらなんぞおごってもらおうと思[おも]ってましたんだっせ。」
    [げん]やん「ああそーお(ニコニコ)、ああそーお(ニコニコ)、ほな、上[あ]がらせてもらうわ。」
    女将[おかみ]「上[あ]がらせてもらうわやないわ。あんた、何[なに][も]ってなはんの?」」
    [げん]やん「何[なに][も]ってなはんの?って、煙草盆[たばこぼん]。」
    女将[おかみ]「よう見[み]てみなはれ、それ、炭取[すみと]りだっせ。」
    [げん]やん「炭取[すみと]りやな。あんまり嬉[うれ]しいんで目[め]もみえとらへんな、ほんまにもう。」(階段[かいだん]を上[あが]る)「よいしょっと。あ、ほんまや。散[ち]らかっとぉ。そやけどな、ここの女将[おかみ]、ええ女将[おかみ]や。あーなんというか、気風[きっぷ]がええというか返事[へんじ]がええな。何[なに]を言[い]うても「はぁ、えぇでなぁ」言[い]うてくれはんのんな。 あの返事[へんじ]が好[す]きやな。「おい女将[おかみ]、ちょっと居続[いつづ]けさせてもろてもええか」「はぁ、えぇでなぁ」「女将[おかみ]、芝居[しばい][み]に行[い]くの付[つ]き合[お]うてんか」「はぁ、えぇでなぁ」「おい女将[おかみ]、ちょっと小遣[こづか]いがないさかい立[た]て替[か]えてんか」「はぁ、えぇ・・」これ言[い]うてくれへんわなぁ、これ言[い]うてくれたらほんと助[たす]かんねやけどもなぁ、ほんまにもう。」