資料紹介

所蔵する資料の中から、図書とAV資料それぞれ数点ずつ紹介するコーナーです。

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以前に紹介した資料については、過去の新収資料をご覧ください。

図書

20世紀の巨人シモン・ゴールドベルク / ゴールドベルク山根美代子著. 東京: 幻戯書房, 2009.1. [C2/G618]
シモン・ゴールドベルク講義録 : DVD&BOOK / ゴールドベルク山根美代子編. 東京: 幻戯書房, 2010.4. [C2/G618/2]


  『20世紀の巨人シモン・ゴールドベルク』で扱われているシモン・ゴールドベルク Szymon Goldberg(1909-1993)は、ヴァイオリニストおよび指揮者として活躍しました。演奏旅行中にジャワ島で3年間、日本軍の捕虜としての生活を送らざるを得なかったこと、桐朋学園大学の招きで数回にわたり来日し、演奏や教育に情熱を注いだこと、晩年にピアニストである著者と結婚し立山国際ホテルに住まいを構えていたことなど、日本とも大変関わりの深い人物です。
 本書は第1部「その生涯」第2部「箴言」第3部「その教え−薫陶を受けた音楽家たちとの対話から」の3部で構成されています。「箴言」の項目を読んでみると、一見「至極当然」といった内容にも思えますが、よく考えてみると音楽の本質に忠実なままの内容であり、作曲家の意向を尊重することに忠実であれと主張しているゴールドベルクらしい教えのような気がしました。音楽と向き合うにあたり基本に忠実であることは大変重要ですが、つい忘れがちなことでもあります。原点に立ち返りたい時にすぐ読めるよう、自分の本棚にも是非置いておきたいと感じた一冊です。
 『シモン・ゴールドベルク講義録 : DVD&BOOK』では、桐朋学園で行われた「ほぼ1小節毎」と言っても過言ではないほど熱心な公開講座の様子が8枚のDVDに収録されています。ここで取り上げられている曲はヴァイオリンソナタ(Mozart, Beethoven, Brahms, Debussy)と弦楽五重奏曲(Mozart)ですが、弦楽器・ピアノ・室内楽専攻生のみならず、音楽と真摯に向き合う多くの方にぜひ一度ご覧いただきたい内容です。
 なお、2010年7月、ゴールドベルク資料のほぼ全ては音楽研究センターに寄贈され、「シモン・ゴールドベルク文庫」の名のもと、公開に向けての整理が、現在着々と進められています。

 (小高根)

Mengozzi, Stefano. The Renaissance Reform of Medieval Music Theory: Guido of Arezzo between Myth and History. Cambridge: Cambridge University Press, 2010. [C200/M544]

   11世紀のベネディクト会修道士であるグイード・ダレッツォ(995頃~1050)は、特に「ド・レ・ミ…」の前身である「Ut・Re・Mi・Fa・Sol・La」の階名、いわゆる「ヘクサコルド」を初めて音楽教育に取り入れた業績で知られ、以後長い時代に渡って実践的音楽理論の権威としてその理論が受容されていた。本書は、こうしたグイード理論の受容史をおそらく初めて主題に据えた待望の著作である。
   著者 Mengozziが特に注目しているのは、ルネサンス期の理論家たちが、従来視唱のための補助的一手段にすぎなかったグイードの階名を、古代ギリシャの「テトラコルド」(音階の基礎素材としての4音列)に倣って「ヘクサコルド」(6音列)とし、ダイアトニック音階の基礎と見なしてしまった点、また、その結果として現代の研究者も、あたかも「ヘクサコルド」が古い時代の音楽における音階的基礎であるかのように「誤解」してしまっているという点である。
   一次資料についての充実した一覧表(グイードへの言及を含む史料、「グイードの手」の挿絵を含む史料など)は、音楽理論史研究の際に大いに参照できる。また、著者が扱う上記の問題は、今日においてもしばしば問題となる階名/音名の問題に、ソルフェージュ的な観点から関心を持つ読者にとっても刺激的であろう。

 (大島)

Bader, Rolf, Christiane Neuhaus and Ulrich Morgenstern, eds. Concepts, Experiments, and Fieldwork: Studies in Systematic Musicology and Ethnomusicology. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2010. [B110/B134]

   編者たちによるとこの本は、Schneider, Albrecht ed. Systematic and Comparative Musicology: Concepts, Methods, Findings. Frankfult am Main: Peter Lang, 2008. (Hamburger Jahrbuch für Musikwissenschaft, 24) [N176/24] の続編として捉えられるそうです。全体の構成は第1部「理論、方法論、学問の歴史」、第2部 「音響学と楽器学」、第3部「音楽知覚・認知、音楽理論・分析」、第4部「音楽民族学」からなり、22編の論文が収められています。

  第1部の3編目に掲載されているBruno Nettlの “Contemplating Ethnomusicology Past and Present: Ten Abiding Questions” ではタイトルにあるように10の質問が投げかけられ、「音楽とは何か」「音楽はどうやって発生したのか」「音楽の個別言語idiolectsとはなにか」「カノンはあるのか、そしてそれらとどのように向き合えばよいのか」「われわれはどういう類の人間か」「われわれは誰かに何か益をもたらしているのか」 などといった切実な問題が問われます。Joseph Kermanの有名な著書を彷彿とさせるタイトルではありますが、そこに70〜80年代に見られたような、西洋芸術音楽を主として扱う歴史的音楽学に対して向けられた挑発的な言質は見られません。旧来の音楽学がこの30年に、社会学、比較表象文化論、音響学、身体、認知心理学などといった学際的な視点を備えていった背景の一つに、音楽民族学の方法論やその研究実例の影響もあったことはすでに明らかといえるでしょう。「われわれはどういう類の人間か」の項目の末尾で、「だから音楽民族学者たちは音楽学の偉大な平等主義者として、自らの立脚地を誇りにしている」というHelen Myersの文章を引用している箇所では、この分野を牽引してきたNettlの自負がなんともまぶしく感じられます。
  また、「カノンはあるのか、そしてそれらとどのように向き合えばよいのか」の項目では、これまで音楽民族学の文献ではあまり見かけなかったcanonという用語が近年では少なくとも3つの意味で現れているといい、①教育現場でのカノン、②イデオロギー的に語られる際のカノン、③研究対象とする社会に存在するカノン、が指摘されています。世界の音楽文化のなかにカノンを見いだすことは重要な洞察へとつながるが、そこに自分たちのイデオロギーを課してはならない(たとえば、カノンとなっているレパートリーを「エリート主義」として軽視してはならない)という訓戒も示されます。こうした指摘が民族音楽以外の音楽にかかわる者にとっても示唆的であることは言うまでもありません。

   第1部は音楽民族学に主眼をおいた体系的音楽学に関する概論ですが、第2部以降では個々の研究が続きます。
   またこの論文集は、ハンブルグ大学の教職にあって、この分野の研究および教育に尽力してきたAlbrecht Schneiderの還暦記念で編まれたことが、序文の最後に慎ましく記されています。

 (中田)
Pasler, Jann. Composing the Citizen: Music as Public Utility in Third Republic France. Berkeley: University of California Press, 2009.[B120/P282/2]

 人種や社会階級、芸術音楽とポピュラー音楽の混成性(hybridity)、ナショナル・アイデンティティといったものと音楽文化との関連性を探究する、カルチュラル・スタディーズの旗手として幅広い研究を行ってきたJ.パスラーが、またまた新著を出しました。
 本書では、第三共和制のフランスで音楽が市民意識の形成をいかに促したのか、膨大な資料から検証しています。キーワードは当時、様々な場面で市民性の確立に帰依した公益(public utility)。音楽にどのような社会的機能が期待されたのか。その一方で、いかにさまざまな音楽機関・作品が、専門音楽家のエリートのみならず一般大衆も関わった、階級を超えた社会的・美的活動であったか。その結果、どのような過程を経て「市民」という共同体意識が生まれ、普仏戦争で疲弊した人々の国威発揚につながったのか、という側面に光を当てていきます。著書の中でパスラーが度々語っている、「個々の作品を歴史の中に位置づけるだけでなく、歴史として位置づける」という言葉は、様々な事象に歴史を動かすダイナミズムを読み取ろうとする、著者の一連の検証行為を象徴する一文と言えるでしょう。
 ポストモダニズムにおけるパスラーの特徴的な研究アプローチが端的に学べる資料としては、Pasler, Jann. Writing through Music: Essays on Music, Culture, and Politics. Oxford: Oxford University Press, 2008.[B120/P282]も参考になります。
 (中田)
Continuatio ad manuductionem organicam, das ist, Fortsetzung zu der Manuduction oder Hand-Leitung zum Orgl-Schlagen / Johann Baptist Samber ; mit einem Nachwort von Jurgen Trinkewitz. Hildesheim: G. Olms, 2009. [F/S187]

 J.B.ザンバー(1654~1717)は、生涯をザルツブルクで過ごし、教区と大聖堂のオルガニスト、また宮廷礼拝堂の音楽教師として活躍しました。彼の音楽作品は残っていませんが、3つの著作を残し、それらはすべて出版されています。彼の著作『Manuductio ad organum オルガンの手引』(1704)、『Continuatio ad manuductionem organicam 続・オルガンの手引』(1707)は、南ドイツ語圏のカトリック地域のオルガン教本として、同時代のニートやマテゾン、ヴェルクマイスターとならんで注目すべきものです。
 「300人もの生徒を教えた」というザンバーは、『続・オルガンの手引き』で4つの章にわけて、通奏低音奏法、オルガンのレジストレーション実践、作曲技法、フーガ(“Fugis”)について記しています。第3章、作曲技法についての章は、「いかに美しい和音あるいは快い歌を、教えと規則にしたがって作曲するか」と題されており、また第2章、レジストレーション実践の章は、ザルツブルク大聖堂のオルガンについての記述や、この時代の南ドイツ・オーストリア地域のオルガン楽曲とレジストレーションについて、興味深い記述が見られます。ファクシミリ版の巻末にJ. Twinkewitz による解説(18頁、2007年8月)が付されています。
  (花澤)
Roesner, Edward H. ed. Ars antiqua: Organum, Conductus, Motet. Farnham: Ashgate, 2009. (Music in Medieval Europe) [E/M987-15/5]

 西洋中世音楽の代表的な研究論文を分野ごとに集めた論文集7冊がまとめて出版されました。筆者の専門分野に近い第5巻 ”Ars antiqua” を手に取ってみて驚きました。この分野は日本の研究者がとても少なく、情報も入手しにくく、筆者が卒論を書いた時も先行研究の概要を知るだけでも相当な苦労がありました。ところがこの論文集にはまさに代表的な18篇の論文が集められており、最先端の研究はもちろん、少し古いものでも現在の研究の前提となっている重要なものが収録されています。内容は以下のとおりです。第1部Polyphony at Notre Dame of Paris、第2部Organum, Genre, Rhythm、第3部Conductus, Genre, Function, Rhythm、第4部Motet, Chronology, Style。こんなに楽に文献が集められるようになったなんて、うれしいような悔しいような複雑な気持ちです。
(平井)
Grigat, Friederike. Die Sammlung Wegeler im Beethoven-Haus Bonn. Kritischer Katalog. Bonn: Beethoven-Haus, 2008. (Bonner Beethoven-Studien, 7) [J/B414-3/7]

 ベートーヴェンと親交の深かった医師フランツ・ゲルハルト・ヴェーゲラー(1765-1848)は、ベートーヴェンの最初期の伝記『伝記的覚え書き』*をF. リースと共に執筆したことでも知られています。彼や彼の周囲の人々とベートーヴェンとの交流を物語る文書や資料は、長らくヴェーゲラー家によって保管されてきましたが、1998年にボンのベートーヴェン・ハウスに移管されました。手紙、手稿譜、新聞・雑誌記事、肖像画など400点余りの資料の中には、早くも1801年に耳の不調をヴェーゲラーに訴えるベートーヴェンの手紙や、ベートーヴェン没後に収集された関連資料もあります。『伝記的覚え書き』の情報源となった資料が数多く含まれていると言えましょう。本書はこのヴェーゲラー・コレクションのカタログで、各資料について解説や要約も添えられています。
 近年ベートーヴェン・ハウスでは所蔵資料のデジタル・アーカイヴ化が進み、本書の編者F. Grigat女史はそのカタログ作成で中心的役割を担っています。本書が対象とする資料の画像も、ホームページ(http://www.beethoven-haus-bonn.de)で閲覧できます。
(小倉)
 * Wegeler, Franz Gerhard and Ferdinand Ries. Biographische Notizen über Ludwig van Beethoven. (Koblenz, 1838 and 1845) Facsimile ed. Hildesheim: G. Olms, 2000. [F1/W411]

The spectator and the spectacle : audiences in modernity and postmodernity / Dennis Kennedy. Cambridge: Cambridge University Press, 2009. [B110/K35]

 現代文化には、第三者に観られることを前提としたさまざまなパフォーマンスの形態——劇場、テレビ、スポーツ、宗教儀式、観光旅行、賭博など——があります。こうした「見せ物」を観るという行為によって人は、観衆という立場に守られながらどのようにそのイベントに関わり、それによってどのような意味が生じているのでしょうか。
 著者は「見せ物」に関連する現代文化の諸相を様々な角度から検証していきます。全11章のタイトルは、「見せ物を助ける」「演出家、観衆、エッフェル塔」「アヴァンギャルドと聴衆」「シェイクスピアと冷戦」「観光旅行客としての見せ物」「異文化受容とグローバルな観衆」「観衆の身体」「社会、見せ物、スポーツ」「興奮する観衆」「記憶、パフォーマンス、ミュージアムという発想」「助けとなる信念:儀式と観衆」です。意味の生成する場を「観せる側」ではなく「観る側」に当てて捉え直します。
(中田)
Galina Ustwolskaja / herausgegeben von Ulrich Tadday. München: Text+Kritik, 2009. (Musik-Konzepte, n. F. ; Heft 143) [C120/M987-3/143]

 ソ連崩壊の後、年々、録音資料や楽譜の出版が増えてきたガリーナ・ウストヴォリスカヤ(1919-2006)。その波に応じて、彼女に関する研究もドイツを中心に増えつつあります。かつてロシア・アヴァンギャルドが西側での受容に端を発し、やがてロシア国内での市民権を獲得して西欧の1920年代と照応させつつ語られるまでになったように、ウストヴォリスカヤの音楽世界も、ソ連の状況下での位置を捉え直し、そこからこの枠組みを越えて省察されていく時期を迎えつつあるのかもしれません。その意味で、この論集に収められているソ連音楽研究で著名なDorothea Redepenningの「ソ連のコンテクストにおけるガリーナ・ウストヴォリスカヤ作品」は大変興味深く、ソ連を遠ざけようとしていた作曲家本人の言葉や作品の宗教性をどのように再解釈できるのか、示唆を与えてくれることでしょう。このほか、4編の論文が収められています。
(中田)
Hascher-Burger, Urlike. Verborgene Klänge: Inventar der handschriftlich überlieferten Musik aus den Lüneburger Frauenklöstern bis ca. 1550. Hildesheim, Zürich, New York: Georg Olms. [A110/H344]

 リューネブルクにある6つの女子修道院に残されている1550年以前の手写本のカタログです。楽譜、楽器演奏の図像の載っている100以上の写本について、形態、材質、大きさ、製本、装飾、記譜法、レイアウト、含まれている曲の情報などがリストアップされ、写真が添えられています。
 色とりどりに彩色され、時には金箔を施された写本。楽譜も文字ももちろん全部手書きです。端が破れたり、シミができてしまったものもあります。写真をながめているだけで、過去においては楽譜というものがいかに貴重であったか実感できるのではないでしょうか。
 自分の研究のためにこの本がぜひ必要という方はそれほど多くはないと思います。でも、古い時代の音楽に無縁の方にこそ、手に取っていただきたい本です。
(平井)
Arthur Honegger : Werk und Rezeption, l'œuvre et sa reception / Peter Jost (Hrsg.). Bern: Lang, c2009. (Publikationen der Schweizerischen Musikforschenden Gesellschaft, Ser. 2, V. 49) [E/S413/2-49]

  本書はA.オネゲル没後50年の2005年11月25~26日、ミュンヘンのInstitut françaisで行われたシンポジウムをもとに編纂された論文集です。
   オネゲルといえば、スイス・フランス・ドイツという三つの「顔」を持ち、1920年フランス六人組の「結成」以来、良かれ悪しかれ「最も六人組らしくない」と言われ、そして晩年の著作活動から「ペシミスト」とみなされてきました。本書における実にさまざまな角度からの学術的研究によって、オネゲルのこうしたイメージがより明確になるでしょう。また、オネゲル-コクトー間の未公開書簡や、音楽史書におけるオネゲル評価など資料的価値の高い論文、《パシフィック 231》や《スケート・リンク》をはじめとする作品研究などもあり、まさに世界各地の研究者たちの叡智が集結したものとなっています。
   オネゲルに関してはこれまで、主として「作曲家と作品」というアプローチの研究は数多く出版されていますが、こうした多彩な内容を持つ論文集は極めて画期的といえます。「こういう研究書が欲しかった!」というツボが押さえられた、おすすめの一冊です。
(成田)
Mystical love in the German Baroque : theology, poetry, music / Isabella van Elferen, : cloth. Lanham, Md.: Scarecrow Press, 2009. (Contextual Bach studies, no. 2) [C120/B118/172(2)]

 イザベッラ・ファン・エルフェレンは本著作において、バロック期ドイツの詩および音楽に見られる神秘主義的愛の表現の根底にある文化的・礼拝的慣習を探る。主な検討対象となるのは、シュッツらの『雅歌』に基づく作品における一見エロティックな意味合いを持つ部分、またシュッツ、ブクステフーデ、バッハらによるカンタータにおける宗教的な愛の表現の部分である。彼女は、従来の研究では当時の礼拝音楽における世俗化傾向としてのみ解釈されてきたこれらの音楽表現について、むしろ神聖性の強まりとして捉え直すべきであるとする。
  ドイツおよびヨーロッパにおけるペトラルカ受容、カトリックの中世神秘主義がルター派において果たした役割なども考慮しながら、文学、神学をも含めた分野横断的な視点を導入した議論が展開される。
(大島)
Der Singemeister Carl Friedrich Zelter / herausgegeben von Christian Filips. Mainz: Schott Music, c2009. [C120/Z53/3]

 カール・フリードリヒ・ツェルター(1758~1832)はベルリン・ジングアカデミーやリーダーターフェルの指揮者として活躍し、自らも多数の合唱曲を作曲するなど、18世紀後期 以降のベルリンおよびドイツの音楽活動に絶大な影響を及ぼした人物である。特に、彼がジングアカデミーでバッハを積極的に取り上げたことは、その音楽に刺激された弟子のメンデルスゾーンによる《マタイ受難曲》蘇演、ひいては19世紀におけるバッハ復興を促したという意味でも、きわめて注目に値する。また、ツェルターは歌曲作曲家としても知られ、ゲーテとの深い親交および文通がきっかけとなって生まれたそれらの作品は、ベルリン歌曲楽派の形成において重要な役割を果たした。
 本著作はドイツを中心に活動する16人の著者による共著の形をとっており、様々な角度から、ツェルターの音楽家としての並外れた人物像と、当時の生き生きとした音楽文化へと光を当てる。カラー図版が多数挿入され、また付録には1791年の創設時から今日に至るまでのベルリン・ジングアカデミーの年表がある。
(大島)
Texte der MOMENTE Europa Version 1972 für Solosopran, 4 Chorgruppen und 13 Instrumentalisten / Karlheinz Stockhausen. Kürten: Stockhausen-Verlag, 1993. [MA3/S864]

 ソプラノ、四群合唱、13奏者のための《モメンテ》ヨーロッパ版(1972)のリブレットです。この作品は1962年に初版が作曲・初演されたあと、64年に補筆版が作曲(翌年初演)されており、これがドナウエッシング版と呼ばれています。
 本資料のヨーロッパ版はさらに69年になって補筆され、72年に初演されたものです。
 CD『シュトックハウゼン全集』より、この作品の演奏も合わせて聴くことができます[CD/2368]。ヨーロッパ版の初演に加え、一部、ドナウエッシング版初演時の録音もデジタル・リマスターされ、収録されています。
 今への意識が永続することで無時限生へといたる、シュトックハウゼンの作曲理論「モメント形式生成」が体現した作品です。構造上の細密な規則にもとづいて構築された響きは刹那ごとに新たな局面へと踏みだし、惰性を許さない求心的な世界が拡がります。
(中田)
Olivier Messiaen: Le livre du centenaire / Anik Lesure, Claude Samuel ; avec les contributions de Pierre-Laurent Aimard ... [et al.] Lyon: Symetrie, 2008. [C120/M585/20]

 メシアン生誕100年を記念して設立されたNPO “MESSIAEN 2008” により出版された論集です。フランスの各種機関の全面的な協力のもとに実現した一大プロジェクトの集大成で、メシアンと数十年にわたり対談を行うなかで深い信頼関係を築いてきたクロード・サミュエルを中心として編纂されました。メシアンに師事したピエール・ブーレーズ、ジルベール・アミ、ベッツィー・ジョラス、ミシェル・ファノらによる論考のほか、メシアン自身による論考や書簡等も多数収められています。
 メシアンに縁の深い人々によるさまざまな角度からの省察、そしてメシアン自身の語る言葉を通じて、あらためて彼の音楽家としての偉大さや温かな人柄が浮かび上がり、メシアンの息づかいが聴こえてくるような充実の一冊といえます。写真や楽譜、絵画などの貴重な資料も豊富に取りそろえられており、それらを眺めるだけでも十分に楽しむことができます。
 また、サミュエルとの対談集Messiaen, Olivier. Les couleurs du temps: Trente ans d'entretiens avec Claude Samuel. Radio France: 211814 HMCD 76x2 (CD). Released 2000. [CD 3299]からの抜粋が付録CDとして収録されています。
(成田)
World Music : A Global Journey , second edition / Terry E. Miller and Andrew shahriari. New York Routledge, 2009. [C130/M651]

 2006年初版の同タイトル第2版が、より充実した内容で新たに出版された。
 世界音楽に関する専門書というよりは、「音楽というテーマで世界を旅してみよう」という体裁をとった、約25cm×20cmの大きめのペーパーバック版。旅行ガイドブックを思わせるほどカラー写真や地図が豊富で、本文には読みやすい英文を用いていることから、500ページにおよぶ内容も気軽に読むことができる。
 音楽とは何か、世界音楽の聴き方、といった根本的なテーマに始まり、オセアニア、南アジア、東南アジア、東アジア、中東、アフリカ、ヨーロッパ、カリブ海、アメリカの音楽が詳細に取り上げられている。
 索引も充実しており、部分読みがしやすい。本文とリンクした付録CD2枚付き。
[太田]
鉦鼓の起源と架に秘められたシルクロードの文様 / 畦地啓司. 秋田: 書肆フローラ, 2008.12. [B3 33/A993]

 本書は、これまであまり取り上げられなかった鉦鼓の研究書として、興味深いものです。
 前半では、鉦鼓が雅楽で用いられるようになった経緯に着目し、まず、現存する鉦鼓の歴史的考察と、諸文献の記録、壁画等を比較しつつ、その起源を探求しています。
 後半は、鉦鼓を掛ける「架」についての考察です。現存する中世以前の鉦鼓架、壁画や絵巻などにみられる鉦鼓架の造形や装飾を比較、分析し、架の造形が近世以降変化していることを指摘しています。
  シルクロード全域に分布する「パルメット文様」に関する研究を軸とし、伝承の断絶によって失われた、背後にある造形思想についても考察します。
  架に着目した研究は先例がなく、注目に値します。 
(高原)
Messiah : HWV 56 : autograph, the British Library, London / Georg Friedrich Händel ; commentary by Donald Burrows. Kassel: Bärenreiter, c2008. (Documenta musicologica, 2. Reihe . Handschriften-Faksimiles ; Bd. 40) [MF/D637/40]

 このファクシミリ版楽譜は、大英図書館所蔵のヘンデル《メサイア》の自筆譜(R.M. 20.f.2)を完全に再現したものです。1741年作曲当初のスコアがほぼ全フォリオ残っていますが、後の様々な機会にヘンデル自身が行った加筆、修正、改稿の挿入も見られます。その経緯等については、D. Burrows による解説(日本語訳付き)が巻末にあります。
 また、ケンブリッジのフィッツウィリアム博物館が所蔵する《メサイア》の短い自筆スケッチ(MU MS 263)のファクシミリも収録されています。 
(小倉)
Folk music in Bartók's compositions : a source catalog : Arab, Hungarian, Romanian, Ruthenian, Serbian, and Slovak melodies / Vera Lampert ; [edited by Vera Lampert and László Vikárius]. Budapest: Hungarian Heritage House, 2008. [C120/B292/35]


 B. バルトーク(1881-1945)の作品における民謡の素材は、彼がハンガリー国内や周辺地域で発掘調査した民俗音楽がその基盤にあります。
 本書は、バルトークの作品に用いられた民謡の旋律を網羅したカタログです。各旋律について、歌い手や楽器奏者の名前、年齢、採譜した場所や月と年、五線譜が掲載されています。
 初版(ハンガリー語)は1980年ですが、近年のデジタル技術の進歩により、バルトークが民俗音楽収集旅行で蓄音機に録音した音源の復元や再生が可能になり、2005年にハンガリー語での改訂版が出版されました。
 本書はその改訂版に基づいた初めての英語版ですが、さらにその後の情報が追加されています。
 付録として、現存する録音音源のうち、再生可能な全ての民謡(旋律182種とその変形33種)の入ったCD(MP3)があります。100年前の録音からは、当時の民俗音楽学の息づかいが聴き取れるようです。
(友清)
The new music theater : seeing the voice, hearing the body / Eric Salzman and Thomas Desi. New York: Oxford University Press, 2008. [C110-9/S186]

 1960年代、古典的オペラに対する意識が集束するかたちで志向され、一ジャンルとしての名称を獲得した音楽劇。筆者は今にいたる動向を新音楽劇とくくり、ポストモダンの音楽や、映画・TVといった視覚メディアとの関連、国ごとの潮流を俯瞰する。
 「声」や「身体性」、「演劇的空間」といったものの開かれた可能性の開拓を経て、現在では音楽・衣裳・舞踊・演出・照明・舞台美術など、舞台の成立要素の間における「有益な対話」によって新たな余剰的価値が生まれているとする。
 プレンティスホール音楽史シリーズの『20世紀の音楽』 [C2/P927/6] (Eric Salzman. Twentieth-century music: an introduction. [C110/P927/6])でも知られるE.ソーズマンによる共著。
(中田)
Musica antiqua : Zyklus der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien-Musikverein, Brahms-Saal ; lebendige alte Musik 1966-2005, 152 Konzerte / René Clemencic. Hohenems: Bucher, c2007. [B170/M987-2]

 古楽界の巨匠ルネ・クレマンシック(1928-)が、ウィーン楽友協会ブラームス・ザールにおいて1966-2005年の40年間に行った、152回にわたる定期演奏会シリーズ"Musica Antiqua"の記録です。
 多くの図版、写真と共にクレマンシック自身による解説も付されています。また演奏会の抜粋がCD付録2枚に収められ、コンサートの模様を知る手がかりになります。
(饗庭)
Gründliche Anweisung zur Composition : Faksimile der ersten Auflage, Leipzig 1790, mit den "Beilagen" der "Dritten Ausgabe" : mit einer ausführlichen Einleitung und einer Bibliographie der Ausgaben / Johann Georg Albrechtsberger ; herausgegeben von Wolfgang Horn. Wilhelmshaven: F. Noetzel, c2008. (Quellenkataloge zur Musikgeschichte, Bd. 42) [A110/S291/42]

 作曲家、オルガニストとして活躍したアルブレヒツベルガー(1736-1809)は、すぐれた音楽理論家、対位法の教師として高名で、ベートーヴェンはじめ多くの人材を輩出したことでも知られています。
 『作曲法基本教程』は彼の評価を一気に高めた代表作のひとつで、本には初版(1790)のファクシミリが、第3版(1821)の付録と共に収められています。
 Wolfgang Hornによる序文には、「アルブレヒツベルガーとベートーヴェン」という一章も設けられています。
(饗庭)
Music in the middle ages : a reference guide /Suzanne Lord. Westport, Conn.: Greenwood Press, 2008. [C110/L867/2]

 中世音楽全般をわかりやすく紹介した本です。10001450年のヨーロッパの音楽について、これ冊で全体的な知識を得ることができます。また、音楽だけでなく、背景となった歴史や文化についても説明されています。
 主な内容は、教会と音楽の関係、国ごとの音楽史、中世の楽器、中世のダンス音楽など。入門書としておすすめです。

(平井)

ショパン『バラード集』原典版 [MKH/C549/6A]  

 Müllemann編集によるヘンレ版の改訂校訂譜。
初版(1976)以後に進められた史料研究、受容史研究が反映されています。

 


AV資料

『藝大21 和楽の美 邦楽で綴る『平家の物語』前編』 東京藝術大学出版会、TUAD-1004、2009年、請求記号:[DVD 109]

『藝大21 和楽の美 邦楽で綴る『平家の物語』後編』 東京藝術大学出版会、TUAD-1006、2010年、請求記号:[DVD 110]


   本DVDは「藝大21 和楽の美」プロジェクトの第7作である。邦楽科を中心に行われているこのシリーズでは、毎回現代の邦楽の可能性を追求する画期的なプログラムが組まれている。今回は「平家物語」を題材に、前後編の企画となっている。平家物語は邦楽の様々なジャンルに影響を与えた作品であり、それらの関連曲目を演奏するのみかと思いきや、西洋音楽とのコラボレーションやコンピューター・グラフィックを使用した舞台美術など、見るもの聴くもの非常に盛りだくさんの内容である。よって本編も少々長い。(前編:200分、後編:142分)しかしそれをあまり感じさせない舞台であり、邦楽の魅力に取りつかれること間違いなしのDVDである。
   前編は平清盛の入寂までを取り上げる。平家と言えばやはり琵琶だが、その琵琶による語りで始まり、締めくくる構成である。終盤の、邦楽囃子・義太夫による「奈良炎上」、バリトンやティンパニも入った箏曲「祈り」は、舞台美術と演奏が見事に調和し、非常に迫力ある作品となっており、圧巻である。
   後編は平家滅亡までを扱う。冒頭の、オルガンを使用した雅楽「皇麞急」は、まるで嵐の前の静けさとでも言うような、平家のこれからを予感させる演奏となっている。山田流箏曲「海の底の都 その二 シャングリラ」では、安徳天皇が入水して、海の底の都で過ごす様子が描かれている。母を恋しく思う安徳天皇の寂しさを、歌詞だけでなく人形によっても表現しており、非常に共感を呼ぶ演出となっている。
   舞台背景のコンピューター・グラフィックは曲目に合わせて変化していく。舞台の大道具が映像に変わるだけで、こんなにも印象が違うものかと驚くばかりである。曲中でも歌詞に合わせて少しずつ変わっていくので、見ていて飽きることがない。少しぼ~っとしていたら見逃してしまうかもしれないので、ご注意を。
 (井土)
Herz, Henri. Piano Concertos nos. 1, 7 and 8. Howard Shelley, Tasmanian
Symphony Orchestra. (The Romantic Piano Concerto, 35) Hyperion: CDA67465 (CD). Recorded 2003, released 2004. [請求番号: CD 4650]

Herz, Henri. Piano Concertos nos. 3-5. Howard Shelley, Tasmanian Symphony Orchestra. (The Romantic Piano Concerto, 40) Hyperion: CDA67537 (CD). Recorded 2004, released 2006. [請求番号: CD 4655]


ハイペリオン「ロマンティック・ピアノ・コンチェルト」シリーズの第35集と第40集は、優雅でありながら技巧を追求した書法で一世を風靡したアンリ・エルツ(1803-1888)の協奏曲。
オーストリアで生まれフランスで活躍したエルツは、当時のヨーロッパで人気と実力を兼ね備えたヴィルトゥオーゾであると同時に、高名なる作曲家の一人でした。
エルツは25歳から70歳までの間に8つのピアノ協奏曲を書いており、第35集には初期の第1番と後期の第7番、第8番、第40集には最も演奏家として活躍していた時期に作曲された第3番から第5番が収録されています。エルツの足跡を辿ると共に、19世紀の華やかな音楽シーンが鮮やかに甦ります。
演奏はタスマニア交響楽団とハワード・シェリーの弾き振り! ピアノ独奏もさるものながら、壮麗で勇壮なオーケストレーションは、どこかオペラのワンシーンを彷彿させます。
 (友清)


Romantic Piano Concertoシリーズ 所蔵一覧
Krenek, Ernst. What Price Confidence?    Ilana Davidson; Susan Marucki; Richard Clement; Christopheren Nomura; Linda Hall. Phoenix Edition: 130 (CD) Recorded 2006, released 2008. [請求番号: CD 4690]

 クルシェネクのオペラは、有名な《ジョニーは演奏する Jonny spielt auf》の他に22曲あり、そこにはアメリカ移住後に作られた室内オペラが2曲含まれています。
 そのうちの一つ《What Price Confidence? [信用の価値]》は、メトロポリタンオペラの歌手ヘルタ・グラーツの依頼で、1945年に4人の歌手(SATB)とピアノのために作られました。1900年頃のロンドンで流行し、オスカー・ワイルドやノエル・カワードらの傑作がある「客間喜劇」として書かれ、舞台設定もそれにちなんで1900年頃のロンドンとなっています。
 クルシェネクは、当時ハーマン・メルヴィルの小説《詐欺師 Confidence Mann》から強烈な印象を受けており、脚本を書く際に「信用 Confidence」をテーマにしました。生きる上で必要な「信用」をめぐって2組の夫婦が織りなす感情の機微を、自然な流れのメロディーで紡ぎます。
 (石田)
Messiaen, Olivier. Olivier Messiaen. Marie-Claire Alain, Yvonne Loriod, Olivier Messiaen, Pieere Boulez, Orchestre Philharmonique de l'O. R. T. F. Erato: WPCS 11284/ 300 (CD). Recorded 1963-1988, released 2002.  [請求番号:CD3570]
 
 フランスの20世紀音楽の巨匠オリヴィエ・メシアン(1908~1992)が他界して10年にあたる2002年、メシアンの代表的な作品をおさめた17枚組みのCDが刊行された。これは、かつてメシアンの生誕80周年を記念して刊行された選集の再版であり、作品のCD16枚の他に、メシアンが自作について語ったインタヴューを収録したCD1枚が付いた計17枚組で構成されている。
 この58分に及ぶインタヴューは、1988年パリで行われたもので、聞き手は音楽評論家クロード・サミュエル Claude Samuel。彼はメシアンとの対談を1967年、1986年の2度に渡って行なっている人物である(※両文献とも当センター所蔵、書誌情報は下記参照)。インタヴューの内容は、個々の作品に対する解説ではなく、メシアンの「鳥の声」に対する関心や、作曲上のシステムに関する「色彩」の問題、あるいは宗教音楽についての考え方というように、彼の基本的な創作態度に迫ろうとするものである。またインタヴュー後半では、日本に対する思い入れについても語られている。メシアンが自作について淡々と語る声は一聴に値するだろう。
CDに収められている各楽曲について、メシアン自身によるものを含む詳細な記述が載せられた付録の解説書が付く。ここでは楽曲に込められた宗教的な内容の物語的な意味合いや、「鳥」についての鳥類学的な記述、作曲技法としての旋法や音列、リズムや数などのシステム的な方法論についても詳しく論じられている。
さて、CD16枚には、1920年代後半のパリ音楽院時代から、1985年までの作品が収められているが、中心となるのは30年代から40年代に作曲された比較的早い時期の作品である。とはいえ、メシアンの創作における重要な柱となるカトリック信仰や愛についての思想、「色彩」や「鳥の声」への関心、そして1944年の理論書『わが音楽語法 Technique de mon langage musical』で体系化されたリズムや旋法に対する探求の方向性は、すでにこの時期の作品に存分に示されている。例えば、ごく初期の作品であるオルガン曲《天上の宴 Le banquet celeste》(多くの研究では1928年の作曲とみなされているが、メシアン自身はこのCDの解説で1926年作曲と記している)ではすでに「移調の限られた旋法 Les Modes à transpositions limitées」の第2番が使用されており、また20歳のころの作品であるピアノ曲《8つの前奏曲 Preludes》では、各曲にオレンジ色、薄紫色といった具体的な色彩が記されている。
メシアンの作風は、この時期に形成された独自の音楽的支点から大きく逸れることがなかっただけに、30から40年代の作品を中心に聴くことはメシアン研究の基本となるだろう。この時期の集大成といえる作品《トゥランガリラ交響曲 Turangalîla-symphonie》はこの選集に収められていないが、リズム語法を追求した傑作《世の終りのための四重奏曲 Quatuor pour la fin du temps》、カトリック信仰を題材にした作品ではこの時期の頂点に位置する《幼子イエスに注ぐ20のまなざし Vingt regards sur l'Enfant-Jésus》、シュルレアリスムの傾向を示した歌曲《ハラウィ Harawi》など、代表的な作品が収められている。また50年代以降の作品では、メシアンが極めて抽象的・数学的な作曲方法に乗り出し、ブーレーズやシュトックハウゼンらを全面的セリー主義へと導くことになったピアノ作品〈音価と強度のモード Mode de valeurs et d'intensités〉を含む《4つのリズムの練習曲 Quatre études de rythme》、鳥の歌を採譜して文字どおり音楽的にカタログ化してみせた長大なピアノ作品《鳥のカタログ Catalogue d'oiseaux》、日本を訪れたときの印象を音楽にしたオリエンタリズムの小オーケストラ作品《七つの俳諧 Sept haïkaï》、カトリシズムと鳥たち、そして自然美を称えた壮大な管弦楽曲《峡谷から星たちへ・・・Des canyons aux étoiles...》など、いずれもメシアンの創作の節目となる重要な作品が集められている。なお、収録曲はピアノ曲、オルガン曲、歌曲、合唱曲、複数の独奏楽器を含むオーケストラ曲など、オペラを除いてメシアンが取り組んだジャンルを、ほぼ網羅している。以下、収録順に作品をあげておこう。
《幼子イエスに注ぐ20のまなざし》(1944)、《峡谷から星たちへ・・・》(1971-1974)、《七つの俳諧》(1962)、《天国の色彩 Couleurs de la Cité Céleste》(1963)、《われ死者の復活を待ち望む Et exspecto resurrectionem mortuorum》(1964)、《キリストの昇天 L'Ascension》(1933)、《アーメンの幻視 Visions de l'Amen》(1943)、《忘れられた捧げもの-交響楽的瞑想 Les offrandes oubliées, méditation symphonique》(1930)、《聖体への讃歌 Hymne au Saint-Sacrement》(1932)、《鳥のスケッチ Petites esquisses d'oiseaux》(1985)、《8つの前奏曲》(1928-1929)、《4つのリズムの練習曲》(1949-1950)、《鳥のカタログ》(1956-1957-1958)、《ピアノのためのニワムシクイ La fauvette des jardins》(1970)、《神の現存の3つの小典礼歌 Trois petites liturgies de la Présence Divine》(1943-1944)、《聖なる三位一体の神秘への瞑想 Méditation sur le mystère de la Sainte Trinité》(1969)、《世の終りのための四重奏曲》(1941)、《5つのルシャン Cinq rechants》(1949)、《ハラウィ》(1945)、《ミのための詩 Poèmes pour Mi》(1936)、《大地と空の歌 Chants de terre et de ciel》(1938)、《主の降誕 La Nativité du Seigneur》(1935)、《天上の宴》(1926)、《永遠の教会の出現 Apparition de l'eglise éternelle》(1932)。
以上24曲は、1963年から1988年に録音され、マリー=クレール・アランやメシアン自身によるオルガン、イヴォンヌ・ロリオのピアノ、ピエール・ブーレーズやマリウス・コンスタンの指揮、アルス・ノヴァ合奏団、フランス国立放送フィルハーモニー他が演奏している。メシアンと親交の深い同時代の演奏者による録音は、メシアン作品の演奏実践としてはスタンダードであるばかりでなく、今後はむしろ歴史的な意味でも演奏や研究にとっての重要な参考資料となるであろう。

※参考文献
Samuel, Claude. Entretiens avec Olivier Messiaen. Paris: Editions Pierre Belfond, 1967.
[請求記号:C120 / M585、(F. Aprahamianによる英訳ありC120 / M585 / 3) ]
1986年の対談は、邦訳書のみあり。
オリヴィエ・メシアン、クロード・サミュエル『オリヴィエ・メシアン その音楽的宇宙 -クロード・サミュエルとの新たな対話』(Olivier Messiaen. Musique et Couleur; Nouveaux Entretiens avec Claude Samuel. Paris, 1986) 戸田邦雄訳、東京:音楽之友社、1993年。[請求記号:C2 / M585]
(飯田 有抄)
Boëly, Alexandre Pierre Francois. Pieces d’orgue & musique sacrée.
François Menissier; Ensemble Gilles Binchois; Dominique Vellard. Tempéraments: TEM 316021 (CD)
Recorded 1999, 2000, released 2001.
[請求番号: CD 3287]

 A.P.F. ボエリ(1785-1858)は、ヴェルサイユで宮廷に仕える音楽家の家系に生まれ、父や祖父に音楽の手ほどきを受けた。フランス革命が勃発し王政が崩壊するという激動の時代にあって、ボエリ家もヴェルサイユからパリへ移り、質素な生活を余儀なくされた。 ボエリは11歳のときパリ音楽院に入学し、ヴァイオリンとピアノを学び始めたが間もなく中断、その後ほとんど独学で音楽家への道を歩み、ピアノ教師、オルガニストとして生計をたてるようになった。
 ボエリは1834年から38年パリのサン・ジェルヴェ教会の臨時オルガニストを務め、1840年サン・ジェルマン・ロクセロワ教会のオルガニストに就任した。 彼はバッハやクープランといった過去の巨匠たちの作品を深く研究して、フランスにバッハの音楽を紹介した最初のオルガニストの一人となったばかりでなく、バッハを演奏するために、サン・ジェルマン・ロクセロワ教会のオルガンに初めてドイツ式のペダルを導入したことでも知られている。 繊細な感覚と卓越した対位法の技術を身につけたボエリのオルガン作品は、重厚で、ロマンティックな叙情性にあふれるものが多く、限られた地域ではあったが当時かなりの評判を得た。 しかし次第に、彼の音楽様式は厳格すぎるとして疎まれるようになり、1851年には教会オルガニストの地位を解かれることになった。
 作品はオルガン曲のほかピアノ曲、室内楽曲などを多数残した。 ボエリは公的な職務に就いて音楽活動をしていた期間も短く、広く一般に知られていたとはいえないが、一部の見識ある人たちからは厚く信頼、称賛され、またフランク、サン=サーンスといった若い芸術家たちの尊敬を集めて、後のフランス音楽に与えた影響は大きい。
 このCDはボエリのオルガン作品選集であると同時に、モテットなどの典礼音楽も含まれていて、当時の教会音楽の様子を垣間見ることができる。 録音には、ボエリが弾いていたオルガンを意識して、当時の響きに近いドール、トゥールーズの歴史的にも重要な2つのオルガンが使い分けられている。 CDの前半ではドールのオルガンを使用して、サン・ジェルヴェ教会のために書かれたクリスマスの曲を中心にオルガン独奏曲とモテットが、 また後半ではトゥールーズのオルガンによって、比較的規模の大きなオルガン作品と共に、ボエリの同時代人で後援者でもあったフランソワ=ルイ・ペルヌ、フェリックス・ダンジューのミサ曲からの抜粋が取り上げられている。

使用楽器: The organ of the Collegiate Church of Notre Dame, Dole (Jura) Riepp (1754), Callinet (1788) and Stiehr (1830-1856) / The Poirier-Lieberknecht organ (1862-1864) of the Basilique Notre Dame de la Daurade, Toulouse (饗庭 裕子)
全集 日本吹込み事始 ――一九〇三年ガイズバーグ・レコーディングス―― [請求記号CD M317]

 初めて「吹込み」、すなわちレコーディングを行った日本人は、明治33(1900)年、パリ万博における川上音二郎一座であることは知られているが、日本における最初の録音はその3年後、英国グラモフォン社(現EMI)の録音技師フレッド・ガイズバーグ (Frederick William Gaisberg) が行ったものであった。このCDはその貴重な録音をほぼ全曲デジタル音源にて復刻したものである。ガイズバーグは世界のレコード産業史上欠くべからざる人物で、その発展に大きな功績を残した。彼の活動はヨーロッパ内に留まらず、アジアへも大がかりな出張吹込みの旅を行ない、その一環として明治36年1月に来日、2月4日から28日までの間に約270種に及ぶ録音を残したのである。原盤は平円盤で、7インチ、10インチ合わせて273枚に上ったが、驚くべきことに、一世紀近くを経た現在でも、イギリスEMI社のアーカイヴにほとんど欠くことなく保存されている。しかし、極めて貴重であるにもかかわらず、その存在は全く知られていなかった。その知られざる宝が見出された背景には、落語家でありレコード収集家でもある都家歌六氏の存在があった。氏の飽くなきこだわり、追跡と熱意により埋もれていた宝が発掘され、注目を集め、今回の復刻が実現したのである。
 内容は大道芸、落語から雅楽、能、さらに洋楽に至るまで、あらゆるジャンルにわたり非常に興味深い。当時の名人の演奏や話芸のほか、流行小唄や法界節など、現在は廃れてしまった当時の大衆芸能も聴くことができる。100年前の演奏は意外にも古びた感じはなく、むしろ江戸の香りを残し、生き生きとしているようにさえ感じられる。雅楽演奏は録音時間に限りがあるせいか、かなり高速で演奏されている部分もあるが、龍笛の音頭などは現在よりも拍節感が曖昧で大らかな感じがある。
 ガイズバーグが録音を行なったこの明治36年を境に、販路拡大を狙う欧米のレコード会社が次々と日本に進出した。その後次第に我が国にレコード文化が根付き、現在のようなマンモス産業に発展する。まさに日本のレコード文化幕開けの年だったのである。
 なお、このCD全集(11枚)にはダイジェスト盤もある(「日本吹込み事始――一九〇三年ガイズバーグ・レコーディングス――」 東芝EMI、TOCF-59051 [CD M309])。また、川上音二郎一座による日本人初録音も、「甦るオッペケペー――1900年パリ万博の川上一座――」 (東芝EMI、TOCG-5432) [CD M233] というCDで聴くことができる。 (高原 聰子)
皆川達夫監修『CDで聴くキリスト教音楽の歴史―初代教会からJ.S.バッハまで』、東京:日本キリスト教団出版局、HCM-1~50(CD)、2001年発売。 [請求番号 CD3235(1/51)~(50/51)]

 キリスト生誕2000年の昨年は、J.S.バッハの没後250年でもあった。この節目の年の特別企画として、初代教会からJ.S.バッハまでの1500年に及ぶキリスト教音楽の歴史を音で辿るCD集が刊行された。
 300余曲を収録する全50枚のCDの概要は次の通りである。
  I.初代教会からグレゴリオ聖歌前夜まで(HCM-1~2):ユダヤ教、初代教会、東方教会の音楽
  II.グレゴリオ聖歌(HCM-3~4)
  III.中世のキリスト教音楽(HCM-5~9):典礼劇、スペインの巡礼歌とカンティガ、ノートル・ダム楽派の音楽、アルス・アンティクワとアルス・ノヴァの音楽、マショーとダンスタブルの作品
  IV.ルネサンスのキリスト教音楽(HCM-10~22):フランドル楽派、ローマ、ヴェネツィア、スペイン、イギリスの作曲家の作品
  V.宗教改革時代のキリスト教音楽(HCM-23~27):ルター派とカルヴァン派の音楽
  VI.バロックのキリスト教音楽(HCM-28~50):イタリア(モンテヴェルディ、フレスコバルディ、カリッシミ他)、フランス(リュリ、シャルパンティエ、クープラン他)、イギリス(パーセル)、ドイツ(シュッツ、ブクステフーデ、ヘンデル、J.S.バッハ他)の音楽
 収録されている演奏は、国内外の様々なレーベルより監修者が厳選した既刊の録音が大半を占める。そのため50枚のCDには、録音年はもとより、録音場所、目的、演奏姿勢など、多様な録音が含まれている。例えば、様々な時代、作曲家の作品が収録されているミサ曲の場合、ミサ通常文に作曲をした通作ミサ曲のみ(ジョスカン・デ・プレHCM-12、パレストリーナHCM-14、他)、通作ミサ曲に固有文のグレゴリオ聖歌を挿入したもの(デュファイHCM-10、他)、音楽以外の要素も含む本来のミサ典礼の中にミサ曲を組み込んだもの(マショー HCM-8、アンドレア&ジョバンニ・ガブリエーリHCM-22、他)の3通りの形での演奏を聴くことができる。多彩な演奏を聴いていると、本来はキリスト教典礼の中で用いられていた音楽が、今日まで様々な形で演奏し続けられてきたことを改めて意識させられる。
 珍しい録音としては、初代教会の音楽(HCM-1)が挙げられる。初期キリスト教会は地方によって用いる言語も礼拝の仕方も様々だったが、中近東、北アフリカ、スラブ諸国には今日なおそれぞれの伝統を守り続けている教会がある。ここに収録されている聖歌はそれらの教会の礼拝でのライヴ録音(1967年)である。コプト教会やエチオピア教会のように打楽器の伴奏付きで歌われる聖歌もあり、グレゴリオ聖歌以降のキリスト教音楽に親しんでいる耳には別の宗教の音楽であるかのように聴こえるかもしれない。
 J.S.バッハの《クラヴィーア練習曲集第3部》から抜粋したいわゆる「ドイツ・オルガン・ミサ」(HCM-47)と《マタイ受難曲》(HCM-48~50)はいずれも、歴史的考証を踏まえた古楽演奏を続けている鈴木雅明氏とバッハ・コレギウム・ジャパンによる最近の録音である。特に前者は2000年3~4月に本学奏楽堂で奏楽堂オルガンを使用して録音されたものである。
 付録(2分冊)の『各曲解説・歌詞対訳』では、収録作品や作曲家の紹介、さらにはその社会的・宗教的背景が、新しい研究成果も織り込みながら、詳しく述べられている。第2巻巻末には「キリスト教音楽関連用語解説」と「キリスト教音楽関連地図」が簡潔にまとめられており、作品理解の一助となろう。さらにこのCD集と合わせて発売された金澤正剛氏の著書『キリスト教音楽の歴史―初代教会からJ.S.バッハまで』は、バッハの時代までながら、辻荘一著『キリスト教音楽の歴史』(日本基督教団出版局、1979年)以来の日本語による本格的なキリスト教音楽通史である。著者自身もあとがきで記しているように、「近代に至るキリスト教音楽のさまざまな曲種の可能性を最初に示した功労者」デュファイと「教会音楽にとって重要な対位法の完成者」ジョスカンについては、特に詳述されている。
 なお当センターは、限定期間配本の特別CD、アルベルト・シュヴァイツァーのオルガン演奏(1936年録音)による「J.S.バッハ:コラール前奏曲集」[HCM-60、請求番号 CD3235(51/51)]も所蔵している。(小倉洋子)

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