国際協力

 国際開発協力分野の仕事に携わるようになって、ようやく6年目になりますが、学部の出身分野を聞かれて答えると、「音楽学?」と怪訝な表情を浮かべられることが多いです。そこで「世の中には音楽学という学問がありまして、音楽と人間とのかかわりについて色々な角度から考えている人々がいて、自分の場合は音楽と平和の問題に興味があり・・・」と説明を始めざるを得ないのですが、たいてい途中で遮られ、「で、楽器は何をやるんですか?」という質問を受けることになります。
 学部当時の自分を振り返ってみると、音楽学という、あまりに深くて広すぎる海に漕ぎ出すことに恐れを抱いていた気もします。そのためかはわかりませんが、大学院では紛争解決学を学び、さらに実際に戦後復興や開発支援が行われている現場を見たいと思い、アフリカやアジアで国際協力NGOの活動に参加したりしてきました。
 しかしながら、音楽に対するひそかな想いや問いかけは、決してなくなるどころか、時を経てより強い声になって自分の心の中に響いてきているのを感じます。それはなぜなのでしょうか。
ケニアの難民キャンプで明日の見えない生活をしている人が、自分の境遇を詩におこして歌うこと、親に捨てられたモンゴルのストリートチャイルドが、一心不乱に馬頭琴を練習していること、あるいはストレスと激務で疲れ切った東京のサラリーマンが、それでも休日にはチェロのケースを開けて弾いてみること、これらはみな、「自分が自分らしくあること」を肯定する活動であり、普段の社会生活では得るのが難しいことです。もっと単純にいえば、「生を肯定すること」であり、この行動が許されるか否かが、文字通り人の生死を分けることだってあるかもしれない、と思うのです。そして、支援を必要としている人々の、前向きに生きようとする欲求に対しイエスと言って支えること、それは言葉で言うほどに簡単ではありませんが、今の仕事をする上で一番重要な点ではないかと思っています。
 音楽が持つそのような深みを覗くと、今の自分が人生と向き合うために必要な謙虚さや、辛抱強さというものは、音楽が与えてくれるのではないか、と感じることがしばしばあります。
 開発支援の仕事では、数年単位のプロジェクトを基本に事業を組み立てることが多いですが、大学院などに進んで音楽という「果てしないプロジェクト」を探求し続ける同級生たちの活動を励みに、私も今後の活動に取り組んでいきたいと思っています。
2008.11.4 1999年卒業 原田靖子(在ウガンダ日本大使館勤務)

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