博士プログラム

Ⅰ.イントロダクション

東京藝術大学では1977年に博士課程が設置され、1982年より博士学位の授与を開始した。1990年代になって文部科学省が大学院重点化を新たな施策として打ち出すと、博士課程の入学者数が増加し、博士プログラムのさらなる充実に対する期待が高まった。本学では、これまでもプログラムの見直しを度々おこない、規則や運用方法を漸進的に改善してきたが、博士設置から30年以上が経過し、プログラムの基本的な姿勢についても再検討が迫られるようになった。そこで2008年度に芸術リサーチセンターを設置し、5カ年プロジェクトとして芸術系大学院における博士学位の授与プロセスに関する研究を実施した。

本学の博士プログラムでは、博士課程設置時より、修了には「博士論文等の審査及び試験に合格すること」と定め(傍点は引用者による)、研究領域によっては博士論文だけでなく「研究作品又は研究演奏を加える」ことを義務づけてきた(東京藝術大学大学院学則第19条及び第5条)。つまり、博士論文のみならず、作品や演奏等の高度な芸術表現も博士研究の重要な成果物として位置づけてきた。
 しかし、博士プログラムに関する規定や運営は、論文執筆を中心に構成された伝統的な博士プログラムのフォーマットに依拠していたため、博士課程設置当初の理念およびその意義が、学内外にこれまで十全に周知されてきたとは言い難い状況があった。実際これまで、制作や演奏などの芸術表現と博士課程の学術研究の関連づけについての明確な指針が明文化されてこなかったために、実践と研究が有機的に結びつくことなく別個のものとして捉えられることも稀ではなかった。

ところが、今回、芸術リサーチセンターが2008年より5カ年にわたって実施した海外調査では、期せずして、本学が30年前に博士課程を設置した時点で描いていた理念と重なり合う博士プログラムが、近年、欧米で広まりつつあるという実態が明らかになった。とくに注目すべきは、実践と研究を新しい形で結びつけようとする「芸術実践に基づく研究」(practice-based research)という領域がイギリスで生まれ、そのあり方について国際的な議論が交わされながら、新しいタイプの博士プログラムが世界各地で整備されている点である。

しばしば言われるように、芸術において探究は本源的なものであり、芸術家であれば誰でも創造のプロセスの中でリサーチをおこなっている。他方、学術研究においても、とくに先進的な領域においては、既成概念にとらわれない着想力や創造活動が必要不可欠である。「芸術実践に基づく研究」というのは、こうした芸術における研究的要素と、研究における創造的要素の重なり合う部分を積極的に評価することによって生まれたものである。

ここに記す「芸術実践領域(実技系)博士プログラム」は、近年欧米で広まりつつある「芸術実践に基づく研究」の議論を踏まえて、本学がこれまで理念として掲げ、試行錯誤を繰り返しながら実践してきた博士プログラムの伝統を改めて理論化・体系化すると同時に、情報技術の発展や今日的なニーズを考慮して内容のアップグレードをはかるものである。以下、プログラム・ポリシー、学位授与のプロセスに関する運用ガイドライン、年次スケジュール、FAQ形式の実践マニュアルを順に記述する。