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藝大リレーコラム - 第五十六回 小瀬村真美「さて、目を開けて、手を広げよう」

連続コラム:藝大リレーコラム

連続コラム:藝大リレーコラム

第五十六回 小瀬村真美「さて、目を開けて、手を広げよう」

学生時代に通ったこの上野校地に、新任教員として再びほぼ毎日脚を向けるようになっています。私は博士を出るまでかなりの長い間、藝大生として大学生活を送ってはいたのですが、思い返せば上野に通った期間は短いものでした。1年次に取手校地でのんびりと過ごしてから上野校地に通い始めた時には、歴史を感じる赤煉瓦の門に急に変に緊張し、なかなか馴染めなかった事を覚えています。ここ数年も時折非常勤で授業を持ったりしてはいましたが、主にオンラインだった事もあり、私にとって、この上野は感覚的にはなんとなく遠い存在となっていたのでした。
 
今、私の研究室は絵画棟の7階にあります。ドアを閉めていても学生の声と上野動物園からの動物の声、そして彫刻棟からは石を削る音が常時聞こえてきます。見下ろせば、その彫刻棟のテントと不忍池方向の緑が見え、ちょっと廊下に顔を出せば、学生が制作している様子がすぐに見えます。その制作の様子を毎日横目に見ながら廊下を歩き、絵画棟内や、また機会があれば他の棟の中を歩くようになっています。ありがたいことに、学生時には脚を踏み入れられなかったような専門外の場所にも入らせていただき、新入生と同じような感覚で、再び、もしくは初めてと言っていいくらいに、上野校地を観察し、いわゆる「生活」を始めています。
 
私は大学のアトリエという空間が非常に好きです。常に各々が各々の作品や研究に悩みながら、制作を行っています。部屋の端で集中している友人の邪魔をしないように気を使いつつ、自分も黙々と自分の事に集中をするのですが、しかしアトリエという場では同時にある種の特別な空気を共有するのです。誰かが真剣に何かに向き合う場に自分も居て、その自分も何かを生み出そうとしている。そういう空気のようなもの、気配のようなものを、この1ヶ月間、大学の各所を歩きながら、また学生の声を聞きながら、ずっと感じ、思い出しています。これまでこの場には長い間それがあったのだろうし、これからもあり続けるのだろう。そう感じながら制作し、生活することの幸福を自分自身が改めて感じると共に、学生たちとも、この共に真剣に悩むことのできる幸せを共有していきたいと思っています。
 
現在、担当する油画1年次の共通カリキュラムでは、インターネットやオンライン上で作品に触れることと作品を実際に観て経験する事の差異について考えるプログラムを実行しています選択制の集中講義ではカメラを目や手から離して自由にすることから始める写真と映像のワークショップを行なっています。また、私の研究室ではこれからアートが作られる現場を訪問し、実際に仕事を拝見しながら、アーティストを取り巻く環境について、改めてアートとは何かについて、体感して考えてみようとしています。こういったプログラムを実行するにあたって学生たちと話をすると、この数年間の影響を端々に感じます。外に出ることに対して以前よりも臆病になってしまっていると口にする一方で、何かを体験することに対する静かな渇望と、それが出来るとなった時の喜びを彼らの表情から強く感じています今はそれぞれにとってリハビリテーションのような時期と思います。数年間出来なかったこと、この数年があったからこそ考えるようになったこと、様々なことを引き受けながら、少しずつみんなで硬くなってしまった目や手を広げていけたらと思っています。


(油画選択カリキュラム授業風景 5/13/2022 撮影:林 頌介)

 

写真(上):油画大学院学生アトリエ風景 5/13/2022 撮影:小瀬 真美

 


【プロフィール】

小瀬村 真美
東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻 准教授 1975年神奈川県生まれ。2005年東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程油画研究領域修了。 2015年に五島記念文化賞を受賞し、16〜17年までニューヨークに滞在。翌年、原美術館(東京)で個展「小瀬村真美:幻画~像(イメージ)の表皮」が開催され、自身の「静物動画」の制作過程を批評的に再考した組写真やインスタレーションなどを発表した。国内外の展覧会や映画祭にも参加。作品は、東京都現代美術館、東京藝術大学大学美術館、群馬県立館林美術館、Asia Society and Museum(ニューヨーク)、Kuandu Museum of Fine Arts(台湾)に収蔵されている。