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連続コラム:

特別企画【緊急対談 学長が「今」を語る】


この対談はコロナ禍の中、緊急対談としてオンラインで行われた。
昨秋の「学長と語ろうコンサート 和樹の部屋」と題したイベントの第1回ゲストとしてさだまさしさんお迎えした。クラシック演奏に、歌と、ダンスまで飛び出し、なにより、箭内道彦先生を進行役に、さだまさしさん、澤学長の軽妙なトークが繰り広げられ、笑いの渦の中、コンサートは終了した。
今回は、そんな二人の緊急対談。コロナ禍での「今」を語っていただいた。

【動画はこちら】

 

 

箭内

今日僕は進行をやらせていただきます。よろしくお願いします。藝大のホームページでの特別企画、緊急対談で、学長が「今を語る」ときに、誰と対談しますかと、そんな話をしていたら、是非さださんがいいなとなりました。
タイトルは、このコロナ禍で「今、思うこと 今、できること」としました。それぞれに今感じることを語っていただきたい。まずは、「今、思うこと」をお願いします。

さだ

ご指名頂き光栄です。
おそらく人類がはじめて遭遇するピンチじゃないかなと思っているんですよ。
群れることで生きてきた我々が群れることを許されない環境に陥ったのは、多分歴史でもそうないことなんじゃないかなと思ったりして。しかも、見えない敵で薬がないことへの恐怖心が、人々をヒステリー化させているなっていう。だから自分の中でどこまで落ち着いていられるか、不安でしょうがないけれど、この恐怖心を克服することしか、この病気と対決する武器がないのかなって思っているんですけどね。
少なくとも経済的にも追い詰められて、僕らミュージシャンは、ほぼ活動はゼロ。コンサートにおいては、今のところ7月いっぱいまで、僕のコンサートは全部延期もしくは中止になっています。僕個人的にもこれは辛いけれど、スタッフは、フリーランスのスタッフはさらに辛いだろうなと感じますよね。
この中で、何をどうすればどう変わるのかなっていう、その模索しているところです。
澤先生はいかがでしょうか。

私の場合も3月からだいたい9月いっぱいぐらいまでの演奏会が中止か、秋以降に延期になりましたね。

さだ

再開されても、お客さんを50%位しか入れることができない。経済的には全く成り立っていかないコンサートを維持していくということについては、どういうお気持ちでおられるんですかね。
例えば、できるだけ予算をかけないでコンサートを実現して、半分のお客さんでも、コンサートが営業的に成立することが先なのか、そうではなくて、やはりクオリティを下げずにコンサートをやることが先なのか。これは、みんなすごく迷ってると思うんです。

つい最近、名門のウィーンフィルがコンサートを始めました。ホール全体で200人しか入れず、お客さんは100人ですかね。そういう状況でコンサートをやっても赤字になると思います。ただ、やっぱり演奏を始められる喜びは何ものにも代えがたいことだと思います。そこを大事にしながら、ゆっくりやっていくしかないのでしょうけどね。

さだ

ゆっくりやっていくしかないという感じですね。

あとは演奏会を配信するとか、たくさんの人に一緒に楽しんでいただく仕組みとか。場合によっては、それで若干でも収入を得られる仕組みにするとか。本当に新しいことを考えていくしかない。

さだ

通常のコンサートが成立するまでどうでしょう。やっぱり2年はかかるんじゃないかと思いますね。箭内さんは、客観的に見て、どう感じますか?

箭内

さださんがおっしゃるように、年内は難しいと感じているミュージシャンたちもたくさんいます。それと、演奏する場が無いっていうだけじゃなく、自分たちに何ができるんだろうっていう声を聞きますね。これは東日本大震災のときと同じで、一体何ができるんだろうと。

さだ

本当ですね。今まで自分がやってきた仕事が普通にできないってことは、みんなも初めて経験してるんじゃないかなと思うんですよね。そして、他者に対する遠慮もあって、病気に対する恐怖もあって、それから自分のどうしてもやりたい情熱を持て余すっていうのかな。
そういう状況で、本当に鬱になってる感じはしますよね。
でも音楽家はね、僕なんかはギターを鳴らすだけでだいぶストレスは下がりますし、澤先生なんかもヴァイオリンを弾くだけでも個人的なストレスはだいぶ、他の人とは違うのかなって思いますね。

それは特権だと思います。ただ、今は仲間と一緒にするっていうのがなかなかできないから、オンライン上でやってみたりするんですけど、やっぱりタイムラグがあったりで。

さだ

そうですよね。だからタイムラグを計算に入れて作曲をし、編曲をするしかないっていう、変な時代になってきましたね。

 

新たな気づき

コロナはすごい禍(わざわい)を人類に与えましたけれど、同時にいろんな気付きを与えてくれたところもあるんですよね。

さだ

ああそれは先生おっしゃるとおりです。40年以上前に、ジミー・ハスケルっていう、「明日に架ける橋」をアレンジしたアレンジャーがいまして、サイモンとガーファンクルのアレンジャーですね。僕は、この人とどうしても仕事がしたくて、1977年と78年と、2年間続けてロサンゼルスで一ヵ月ずつレコーディングをしたんです。その時のロサンゼルスの綺麗な青空を覚えているんですね。それが、近年行くごとに空が汚くなってスモッグの状態だった。それが、このコロナで、40年以上前のロサンゼルスの空と少しも変わらず戻っていて、衝撃を受けましてね。
一体人類は何をやってきたのかなって、やっぱり考えましたね。人が動かないだけでこんなに空が青くなるのかなっていう。

中国の大気汚染も今はすごくよくなって空気がきれいになって、あとは飛行機も飛んでないから温暖化の原因とされるCO²濃度っていうのが今すごく下がっていて。これはいい傾向ですが、これは元に戻ったら同じことですよね。やっぱり我々がコロナの後にどうするかと、考えながら行動していくチャンスだと思います。

さだ

なるほど。我々が我慢できたことは、これからも我慢していこうよっていうお考えですか。

オンラインでの会議が増え、最初は面倒くさいなって思っていたけれど、慣れてくると、意外とこれできるなと(笑)。
リモートでの授業も、学生も教員も苦労しながらやっています。出来ない部分もあるけど、逆に普段は気付いていない気付きがあったり。

さだ

そうですか。やっぱり普段気付かなかったことに気付けるようになりますか。

 

生活を守る方への支援

さだ

「風に立つライオン基金」の仲間たちと、今、第2波、第3波で来る福祉崩壊・介護崩壊を防ぐにはどうしたらいいだろうっていうのを一生懸命みんなで相談しています。
お医者さんと看護師さんを施設に訪問させて感染症に対するレクチャーをして、これだけ気を付ければ大丈夫だよとか、防御もこうしておけば完璧だよとか、そんなにしなくていいよとか、あるいは万が一誰かが感染した場合のゾーニングはこうだよとか、現実に行ってレクチャーすると、介護士さんたちは案外医療に詳しい方が多くないので、すごくホッとしたような顔をなさるんですよね。

そうですか。

さだ

僕もオンラインのレクチャーのあとに、今日はどういう感じでした?って伺うと、みんな一様にすごく元気が出ているんですよね。不安というのは、こんなに人を委縮させるんだなって気付きますね。こうすれば大丈夫かもしれないって思った瞬間に、施設の入居者を守る勇気が出てきたとか、今夜熟睡できるとかっていう介護士さん多いんですよね。
これはお金も必要なので、またあちこちで募金をお願いしたりして活動をしているんですけど、これもほとんどみんなバラバラで動いていますからリモート会議が多いんですよ。困ったことがあるんで、急だけど今から30分だけリモートいいかなって、朝電話がかかってくることがあるんですよね。これは辛いですね(笑)。それで上だけシャツ着てね、下はパジャマでって(笑)。
便利な反面、簡単に呼び出されて不便だなってところもあるし。箭内さんその辺どうなんですか? 今後このリモートっていうのは続くんですかね。

箭内

コロナが無くてもリモートっていうのが、いずれ始まっていく時期だったんじゃないかなと思うんですよ。リモートと直接会うというのを上手に都度判断しながら、それぞれやっていくようになると思います。

 

「芸術ってどうなんですか?」

箭内

このコロナ禍の、この時代における芸術って何だろうってことが、世界中で議論になっていて。例えばドイツの文化大臣や首相は、「生命維持に不可欠なもの」っておっしゃって。一方で日本の中で芸術ってどうなんだろうっていうのが、議論も含めてちょっと遅れていますよね。芸術が元々どういうものだったのかっていうのが、わからなくなっていたり、問われていたり、逆に矜持を持ち直したり、さまざまだと思うんですけど。
まず、芸術大学の学長の澤先生から、「芸術ってどうなんですか?」というところを伺いたいんですが。

まあ難しい課題ではあるんですが、今箭内さんが言われたようにドイツは首相や大臣が「芸術は人間の生命維持にとって不可欠なものだ」と言い切っていますよね。フランスやオーストリアなんかは、経済活動にとって芸術は絶対不可欠で、例えば車の産業よりも芸術の産業のほうが何十倍も経済的な効果をもたらすというようなことを言ったりしていて、それだけ大事に身近に感じてくれている。日本も、そういうことを訴えかけていかなければいけない。このコロナでみなさんが苦しんでいるところに、例えば医療従事者らに対する慰め、励ましの音楽・芸術っていうのは必ずわかっていただける、逆に好機会だと思います。

箭内

さださん、どうお考えですか?

さだ

残念だけど、日本という国の長い歴史においての「音楽家」の地位が認められてきていないというところに悲劇がある気がするんですよね。例えば、雅楽であれば、日本の宗教でいうと神道における雅楽として、きちんと守られてきています。一般のなかには音楽としては民謡という形しか存在していなくて、ようやく芸能、僕は「芸術」と言ってもいいと思うんですけど、その芸能として認められたものは、格下の存在として音楽はずっと置き去りにされてきたっていうところがあったと思います。
ですから、西洋音楽が明治時代に日本に入ってきて、ようやくその西洋音楽の芸術性の高さだとか技術というものがどうして音楽に必要なのかということを、伝え始めて。終戦後になってようやくその乖離していた、難しい芸術・音楽と、民謡に近い、下のほうから上がってきたポップスや軽音楽が、だんだん融合してきつつあるというところが、平成・令和だと僕は思っているんですね。
ただ一つだけ日本の芸術で守られてきたのはいわゆる文学。歌という芸術だけは、日本人が日本の記憶を持つ以前から歌としては大事にされてきて。歌詠みというのは非常に歴史上でも大事にされているんですけれど、メロディーメイカーっていうのは日本の歴史上存在していないんですよね。
西洋音楽が日本に根付き始め、融合して、クラシックだとかポップスだとかジャズだとか演歌だとか民謡だとかいうジャンルを超えて、音楽という一つの感動というものはようやくみんなに伝わり始めたなっていう頃だっただけにね、この融合を止められるのが、すごい辛いなって思いますね。

 

「緊急事態宣言の夜に」を急遽発表。メッセージを伝える大切さ

箭内

さださんはいち早く、あの誕生日のときでしたかね4月10日、緊急事態宣言の歌を作って発表されましたよね。

さだ

ほぼアドリブですけどね。とっさに。まあ歌詞だけは書いておきましたけれど。メロディもだから1コーラス目と2コーラス目で微妙に違ったり、途中から全然違うところに行ったりしているんですけど。あれはやっぱり、僕は歌詞を伝える側の「歌手」という立場で仕事をしてきたので、言葉を伝えるということが僕の中で比重が大きいんですよね。ですから、あのショッキングな時にショッキングな音楽を聞かしても本当にしょうもないと思うし、美しい音楽は、とてもとてもあの段階で紡ぎだせるような才能がない。そうすると、言葉で、今考えていることをメッセージする。
では、このメッセージをどうやって伝えたらいいのかなということを考えていて、4月10日がたまたま僕の誕生日だったこともあって。こういう機会だから誕生日だからYouTubeやLINEでみんなが見ているところで、例えば自分の音楽についてだとか、直前が僕の母の命日だったものですから母のことについてだとか、自分が生まれたことについてだとか、ぽろぽろ語りながら思いついたことを歌おうかなと思っていたんです。
でも、ちょうど母の命日に緊急事態宣言が出されて、その日の夜に僕はエッセイを書いたものですから。まあこのことに対するいろんな意見があります。賛成意見、中には反対意見、「お前の立場だったら他に言うことがあるだろう」っていう人もあるんだけど、でもそれを乗り越えて、今僕らがなぜこれを乗り越えなければいけないのかという一点だけは間違っていないので、ここだけを歌で伝えていきたいなって思ったんですよね。歌でしか伝えられないっていうんですかね。それで思わず。あのときにまだ中途半端だったんですけどね、思い切って最後に、ギリギリの時間に勇気を出して。ちょっと、ほぼその場しのぎで歌ってみました。

箭内

なんかね、先輩方が何を思っているのか教えてほしいって、やっぱり思いますよね。後輩たちは。そういうときに勇気をもってああいうふうに言葉にしていただけると、安心できたり前に進めたりっていうのは絶対にあると思いますね。

さだ

そうですか。そんなふうに言ってもらえたら、本当に僕は救われるんですけどね。

 

今感じていることを伝える

箭内

「ちゃんと準備して、ちゃんとしなきゃ。」なので一年後に発表しますっていうのでは全然違う。自分たちが「今」どうあるべきかってヒントが欲しいんですよね。手がかりだったり心強さだったり。

さだ

間違っていていいから、サインは出すべきだと思いますね。自分が考えたり思ったりしていることが正しいなんて思ったことないですけど、そういうことじゃなくて今感じていることを伝えるっていうことは、歌を歌っている人間としてはメッセージするっていうのが仕事なんで、もしかしたら、あとで反省するかもしれないけれど、今言っておこうっていうのはありましたね。

 

今求められるリーダーたちのミッション

箭内

それがリーダーたちのミッションなんじゃないかなって思うんですよね。学長もいろんな発信を積極的にされていますけどね。学長は「G線上のアリア」を藝大から演奏されました。

箭内さんのディレクションでやってもらって、すごくいい感じにきれいにまとめていただいて感謝してます。藝大のなかにある明治時代のレンガの建物のなかで、「G藝大のなかにある明治時代のレンガの建物のなかで、「G線上のアリア」を“祈り”として、我々の生活を土台から支えてくださっている方たちに向けてのメッセージということで出させてもらったんですけど。最初の画面で「May new days come as soon as possible.」ということで、新しい日々ができるだけ早く来てほしい。前の生活に戻るということではなくて、「新しい日常」へ。あれで勇気づけられたり慰められたりという方がいらっしゃれば、うれしいですね。

さだ

何度も拝見しました。芸術って、音楽っていいなあって思いましたね。僕なんか「言葉使い」だから言葉を使わないと表現できないところが弱みだなって思っていますけれど、雄弁に澤先生のヴァイオリンは、今自分が何を考えているのか、ここで何を思っているかをちゃんと、すごく深く伝わってきました。僕は。ですから、音楽の力ってすごいなあって、演奏を見させていただきながら思っていたんですよ。しかも、日常の町というものがすぐそこにありながら、実はそこは非日常であるという現実。そこで何百年も前から人々に愛されてきた音楽が、何百年もの時間を通して同じ、もしかしたらそれ以上の感動を人々に届けることができるんだなっていう。あの「G線上のアリア」は本当にね、震えましたね。

ありがとうございます。

 

コロナ禍での支援の形

箭内

「今、できること」っていう部分で、さださんは「風に立つライオン基金」をまたこの時代に合った形で推進されています。学長は「若手芸術家支援基金」を立ち上げました。今どういう形で活動が行われているのでしょうか。

さだ

「風に立つライオン基金」では、海外でがんばっている日本人のお医者さんとか教育者をちょっとでも支えることができたらいいなって。ほぼ途上国のみなさんですけれど。2千万とか3千万足りないって言われたら僕らはお手上げなんですけれど、50万とか100万とか足りないって言われたら、それは俺たちでもどうにかなるんじゃないかって立ち上げた財団なんですよね。で、今8ヵ国ぐらいの活動を支援させていただいているんですけれど、それでも日本は災害国なので、災害があるたびに出かけて行って、すると現場にいる人はいつも同じ人なんですよね。そういう人たちを今度は支援しようって、ボランティアを支援するボランティアになろうと。彼らを支援することによって、災害が起きた時に、このコロナを別にすれば一番直近は北海道の胆振東部地震ですかね。あのときも3日目には現場に入れますって言ってくれて、一週間後にたまたま僕は札幌にコンサートに行くことができたんですけれど、翌日朝早く起きて現場に入っていくと、もう仲間たちが炊き出しをやってくれていて。これは行政ではできないことなんですよね。災害が起きて3日後に炊き出しに入ってくれっていうのは危険ですから絶対に要請できない。それをお勝手連が行く、僕らがその背中を守ればいい。そんな活動をしていたんですね。
で、今回もコロナが起きて、最初は、医療物資をマスクとかエプロンだとか、防護服ですよね、こういうものを買っていろんな医療施設にお送りしていたんです。ところがこれはいくらお金があってもキリがないし、僕らはそんなにお金がない。途中で気付き、介護崩壊、福祉崩壊を防ぐには、感染症にあまりお詳しくない介護士さんたちを応援しようとシフトしました。もう日本の介護って今、介護士さんたちのボランティアの心に支えられているところがあって、経済的にも恵まれていないし環境的にも恵まれていない施設をどうにか応援しようと。そうしたら様々なところから手が挙がって、今はジャパン・ハートっていうNPOと一緒にやっているんですけれど、お医者さんの数も看護師さんの数もお金も足りなくなってくるんですが、基金にお金を払ってメンバーに加わって頂いている「風の団」というお医者さんとか看護師さんの専門の団があるんです。ここがようやく初めて機能して、それぞれ小さな組織で、これを乗り越えてみんなで手を合わせて、福祉施設・介護施設を遠くから守っていく、頑張っている人を背中から守っていく。みんながまとまってくるっていうんで、「ちゃんぽん大作戦」っていうのを今やっているんですけどね。このためにお医者さんに会ったり、オンラインで会議が連日行われている感じです。

さだ

藝大の若手芸術家を支えようっていう取組も素晴らしいですね。

さださんにもいろいろと、素晴らしいビデオメッセージをいただいたり応援していただいたりしています。日本政府も今回のコロナで活躍の場を失ってしまった芸術・文化活動をしている人たちのために、500億円規模の補助金がありますが、まだそこまでの実績のない若い芸術家は、例えば去年と比べてこれだけ収入が減りましたっていうようなエビデンスを作れない人たちもいるわけで。そういう人たちのために、卒業生も含めて、藝大が彼らのために活躍の場を作ってあげたいと思っているわけですね。先ほどの話にもありましたように、なかなか演奏会とか展覧会といっても、人をたくさん入れてというのは当分の間は難しいけれども、そのオンラインを使ってとか、いろんな工夫の仕方も考えつつ、支援をしていけるような、そういうものにしていきたいと思っています。この支援の基金を作ることは、たくさんの方が今賛同してくださっています。これから寄付とか、クラウドファンディングも使ってたくさんの方の共感を呼ぶような形にしたいと思っています。

東京藝術大学若手芸術家支援基金設置
https://www.geidai.ac.jp/news/2020060989205.html

 

箭内

はい。とにかく、これもいろんな考えがあって。大学の中にも。でもやっぱり学長は一日も早くやるんだと言って推進して来られたんですけれど、先ほどのさださんの歌によるメッセージにもつながるような気がして。今不安を抱えている若手芸術家の人たちに、一日も早く藝大が何か動こうとしているってこと自体が伝わるだけでも、まあもちろん実を伴いながらですけど、とても大きな意味があるんじゃないかなと思うんですよね。これをやっぱり半年後にやりましょう、一年後にやりましょうっていうのとはまた全然違ってくる気がするんですが。そのあたりは澤学長も、すごく、一日も早くと、しっかり前に進めようとされていましたけれど。

いろいろ考えて、立派なものをアイデアとして練り上げてからっていう意見も確かにあったんですが、まずはこういう基金、プラットフォームを立ち上げて、それで走りながら考えていこうという感じで始めたいと思っています。

 

まず動かないと始まらない

さだ

素晴らしいです。大賛成です。僕も走りながら考えるタイプなんで(笑)。まず動かないと始まらないというのは確かですし。ミュージシャンのなかでも、苦難の末にようやく今年の2月にデビューしたやつなんて本当に悲惨ですよ。ようやくプロとして認めていただけるという時期に、いきなりコロナで活動の場所も何もかも止められて。しかも、裕福なプロダクションとかレコード会社がバックアップしてくれるならともかく、自分ひとりでやっていかなきゃいけないからアマチュア時代とちっとも変わらないっていう感じなんですよね。そういう人がいっぱいいるんです。で、事実、ライブハウスが生活の糧というミュージシャンにとっては、日銭すら稼げないっていうのは生活をどうして行ったらいいんだろうっていう。それは僕らも立場は少しも変わらない人間なんですけれど。この不安、ことに何の実績もない若手の芸術家っていうのは本当に不安だろうなって思うので、僕は素晴らしいアイデアだなって思ったんですね。
でも箭内さん、美術って割と一人でやっているから別にコロナは関係ないんじゃない?

箭内

いや、例えば、大学の中に入らないとできない作業とか、共同作業ももちろんあって、さまざまなんですよね。

さだ

ああそうか!

箭内

だからみなさん苦労されていますね。
さまざまな苦労が芸術にもたらす力というのがもちろんある中で、制作や活動が、途絶えてしまうということだけは避けたいと思うんですよね。基金のステートメントにも「芸術を止めるな。芸術は死なない。」と記しましたが、仕事を辞めなければいけないとか、生み出すことができなくなるという事態はさけたいと。美術も音楽もそれ以外も、すべて一緒だなと思います。

 

アルバム「存在理由~Raison d’être~」の発表

箭内

コロナ禍の5月に、さださんの「存在理由~Raison d’être~」というアルバムが出ました。存在理由ってまさに今、芸術家にとってもそうだし、ひとりひとりに問われている。このタイトルをいつ付けたんだろうって思うくらい。すごいタイトルのアルバムができたなあって。

さだ

そうですね。ありがたいことですね。ちょうど制作期間が、1月から始めて3月には制作が終わっていたんですよね。だから5月に発表できたんですよ。それもたくさんの方々のお力添えをいただいてすごく豊富なアルバムになった。本当にものすごくこのアルバムを高めてくださったのはまさに澤先生、それから箭内さんのお力添えでね。あの11月に奏楽堂にお招きいただいてね、一緒にライブをやらせていただいて、あそこで聴かせていただいたもの。それからあの時に僕の歌の伴奏なんかもしていただいて、本当に畏れ多かったんですけれども、澤先生とデュエットをした楽曲の、あのなんとも自分の耳の脇で澤先生が弾いてくださるあのヴァイオリン、それをどうにか他の人にも聴かせてやれないかなって思っていたら、本当に気さくにスタジオに来てくださって。あの当時は、まだ「密」とかって言う前だったんで。

箭内

そうでしたね。

 

「さだまさしの名によるワルツ」の誕生

さだ

気を付けながらではあったけど合奏ができたし、「さだまさしの名によるワルツ」なんて、自分の名前が付いた楽曲なんて他に一曲もありませんから、こんなに光栄なことはなくて。学生さんたちも本当に楽しそうにやってくださって。これはすごく自分の勇気になりました。澤先生と一緒にやるんだって一曲それを前提に書くっていうのも初めてのことだったですしね。
実はまあ、「レーゾンデートル」っていうのは去年の2月に書き上げていた曲なんです。災害国で過ごすなかで、本当に自分の存在について迷うことが多かった。去年はセルフカバーアルバムを2枚作ったんで、オリジナルが一曲入っているとおかしなことになるってんで、一年塩漬けにしていた歌なんですよね。
でも澤先生、レコーディングは本当に楽しかったです。ありがとうございました。

こちらこそ本当にありがとうございました。

箭内

この対談を読んでいる、或いは、ご覧になっている方々のなかにね、ご存知無い方がいるかもしれないのであらためて言いますけど、さださんの「存在理由~Raison d’être~」、アルバムの一曲目、オープニングを飾っているのが「さだまさしの名によるワルツ」という、作曲澤和樹で、去年、藝大の奏楽堂で行われたコンサートのために学長が書いた曲で、もう一曲、さださんが「柊の花」という歌を歌っているんですけれど、そこで学長がヴァイオリンを弾いているんですよね。

さだ

いや、すばらしかったですね。あのヴァイオリンが。よくあんなややこしいことを、あんな普通の顔でスラっと弾けちゃうんだなって。

確かに渡辺俊幸さんのすばらしいアレンジでしたけれど、とても難しかったです(笑)。

さだ

本当ですか(笑)? そんな難しそうに感じなかったです。

でも最初に「柊の花」のデモ音源を聴かせていただいたときに、エディット・ピアフの「パリの空の下」を連想させるような、フランスっぽい感じに聞こえたんですよね。

さだ

そうですよね。それでシャンソンのエディット・ピアフ風にヴァイオリン弾こうかなっておっしゃっていました。

アルバムが「レーゾンデートル」ってフランス語を使っているからそれでフランス風なのかなと思ったり。一方ではあのアルバムの2曲目の「銀河鉄道の夜」を聴かせていただいて、あの曲も僕はすごく気に入っています。あれは、ウィンナワルツ風にも聞こえて。それで実は一曲目に入れていただいた「さだまさしの名によるワルツ」はシェーンベルクの新ウィーン楽派と呼ばれる、それをちょっと意識して作った曲でもあるので、その一曲目と二曲目のつながりも絶妙だなと勝手に思っていたんです。

さだ

あの一曲目は本当にアルバムの格を上げてくれましたよね。あの一曲が始まった瞬間に、「う、なにこれ?」。「レーゾンデートル」というタイトルで始まってあの楽曲がスッと出てきたときにはね、みんな頭のなかが混乱するらしいですよ。「これ誰だ? さだまさしだっけ? 何弾いてるの? これは何?」って。その後に「銀河鉄道の夜」という曲がスッと入ってくるんですけれど、ほぼ曲つなぎぐらい曲間が短いんですよね。そのほうがなんか、これからはじまるぞっていう、映画が始まる前のワクワク感をこの二曲で出せるといいなと。
思惑通りに。まさに先生のおかげですね。あの楽曲がなかったら、ちょっと入口はどうなったんだろう、出口はどうだったんだろうって悩んじゃいますよね。
あの「さだまさしの名によるワルツ」っていうのは素人のみなさんには説明が、すごく説明がしにくくて、あのエスとアーの関係をどう説明したらいいか難しいんですけど。非常に何か、不吉な名前だってことはわかります(笑)。

一同

(笑)

箭内

「柊の花」はこの対談が公開された翌週かな? NHKで生演奏されるんですよね?

さだ

はい。このままコロナ感染が拡大していなければ、先生にお出かけいただいて演奏していただく。僕も、まだ人前では歌っていませんので初演です。初演に合わせて、澤先生自らヴァイオリンを弾いてくださるということで、本当に楽しみで楽しみでしょうがないですね。

私も楽しみです。

さだ

できるといいなと思っています。

 

さださんの故郷、長崎にまつわる曲
~「新しき朝の」永井隆作詞 古関裕而作曲~

箭内

一曲、さださんに聞いていただきたい歌があって。これは僕と学長と二人で、福島市にある古関裕而記念館というところに、去年の12月に行きました。福島は僕の故郷でもあるんですけれど。NHK朝ドラの「エール」では古関裕而さんがモデルになっていますよね。
あるプロジェクトのため学長が記念館にあるたくさんの手書きの楽譜を探して見つけ出した曲です。
その曲がさださんの故郷である長崎にまつわる曲だったので、是非聴いていただきたいなと思って。

さだ

うれしいですね。ぜひ聴かせてください!
(聴く)

藝大の音楽学部大学院生の、もう本当に藝大が誇る若手の、まだ在学生がほとんどですけれども、ソプラノが横山和美さん、アルトが石田滉さん、テノールは大平倍大さん、バリトンが黒田 祐貴さん。ピアノが黒岩航紀さんで録音してもらいました。

さだ

永井隆博士の詩なんですね。
ああ、僕知らなかったです。作品があることを知らなかったですね。素晴らしいですね。今年は長崎の被爆75年にあたりますので、何かこう非常に意味のある楽曲を聴かせていただいたなあと思います。

 

「新しき朝」という希望を持って明日を迎える決心

これはあの、有名な古関裕而さんとサトーハチローさんの「長崎の鐘」を聴いて、永井博士が大変感動されて、古関さんと藤山一郎さんに短歌をプレゼントされたらしいんですね。

さだ

そうなんですか。

それで藤山一郎さんがやっぱり曲を付けられて、「長崎の鐘」の後のところにご自身のメロディを付けたのをだいぶ後になって録音されたみたいですね。それがあったので古関裕而さんはなんか遠慮されたのか、この曲は出さなかったみたいなんですよ。だからあんまり一般に知られていない状態で。でも本当に素晴らしい曲なので、今回何かの形で出せないかなあと箭内さんと話しておりました。

さだ

非常に荘厳で素晴らしい曲ですね。僕はこの楽曲の存在を知りませんでした。何度も聴かせていただこうと思います。

まさに題名の「新しき朝の」は、今の新しい日常にぴったり。

さだ

本当ですね。長崎の人にとって、もちろん広島の人もそうですけれども、東京の人もそうですけれども、何もかもなくなってしまったところから、もう一回作り直すには覚悟がいる。まさに「新しき朝」という希望を持って明日を迎えなきゃいけないという決心を感じる楽曲でしたね。

 

次回の「和樹の部屋」のアイデア会議

箭内

次の話に移らせていただきます。去年11月に本学学長と語ろうコンサート「和樹の部屋」東京藝術大学奏楽堂で、第一回のゲストがさださんで、大変盛況いただきました。

さだ

楽しかったですね。光栄でした。

昨年11月開催 学長と語ろうコンサート「和樹の部屋」

箭内

「さだまさしの名によるワルツ」が生まれたり、その後、「柊の花」のコラボがされたり、また今日の場があったりと、いろんなきっかけになったなあって思います。今年のゲストどうしようかとの話では、澤学長から、さださんでもう一回と(笑)。

さだ

ありがとうございます!

箭内

それで、去年は「さだまさしの復讐劇」って、正門をくぐれなかったさだまさしが裏門から入ってくるっていうドラマがありましたけれど。

さだ

ありましたね。

箭内

本当は今年も、発表はされていませんでしたけれど、夏にやる準備をしていて、数々のコンサート同様、中止せざるを得ない、延期せざるを得ないという形になりましたけど。

さだ

そうですね。

箭内

それでも、何かができるんじゃないかと思っていて。さださんと澤学長で。少しだけアイデア会議みたいなことをお二人でしてもらえたらなと思います。

さだ

あのぐらいの距離にいれば何かご一緒できる可能性があるわけですよね。
せっかくの記念すべき一曲なので「柊の花」は聴いていただきたいなと思います。それとどこでやりますか? 場所は?

やはり前回同様に奏楽堂で是非。

さだ

いいですね。また先生セリで上がってきてください。

一同

(笑)

さだ

最高でしたよ、セリでグーっと上がってくるのね。

今度は天井からぶら下がって降りて来ようかと思っていたんです。

さだ

いいですね(笑)。そういう学長の部屋にお招きいただくっていう、とんでもないおもしろいことができるといいなと僕は思いますね。

今はオーケストラも、弦楽器奏者は1.5メートル、管楽器同士は2メートル空ければ特に問題無かろうっていう形になって来つつありますよね。

さだ

そうですね。少しずつですね。

やっぱり何かライブ配信とか。

さだ

奏楽堂を維持するためのお金っていうのもかかるんでしょうし、チャリティという意味でライブで何かお願いするのはいい作戦かもしれないですね。なんか箭内さん、ネットでやる方法ないの?

箭内

そうですね。ちょっと考えます。

さだ

考えてください。みんなでできて、藝大奏楽堂のためです!みたいなことができるといいですね。僕もせっかくお招きいただくんだから何かお手伝いができたらなあと思います。

澤・箭内

ありがとうございます。

箭内

まだまだお話は尽きないと思いますが、いったんお開きにしようと思います。
今日はお忙しいなか本当にありがとうございました。