舞囃子[まいばやし]「熊坂[くまさか]





    ◆あらすじ
    修行僧[しゅぎょうそう]が美濃[みの]・赤坂[あかさか]の里[さと]を歩[ある]いていると、一人[ひとり]の僧[そう]から、「ある人[ひと]を弔[とむら]ってほしい」とお願[ねが]いされます。そして、僧[そう]は、修行僧[しゅぎょうそう]を自分[じぶん]の庵室[あんしつ]へ招[まね]きます。修行僧[しゅぎょうそう]は、武器[ぶき]しか置[お]いていない部屋[へや]を見[み]て「なんでだろう…」と思[おも]い尋[たず]ねます。すると僧[そう]は、「この武器[ぶき]は、山賊[さんぞく]や盗人[とうぞく]に襲[おそ]われた人[ひと]を守[まも]るために使[つか]います。」と、答[こた]え「今夜[こんや]はもう遅[おそ]いから…」と、姿[すがた]を消[け]してしまいます。
    修行僧[しゅぎょうそう]が、夜通[よどう]し祈[いの]り続[つづ]けていると、熊坂長範[くまさかちょうはん]の霊[れい]が現[あわら]れ、宝[たから]を奪[うば]おうとした時[とき]、牛若丸[うしわかまる]らに仲間[なかま]の盗賊[とうぞく]が斬[き]られ、最後[さいご]に自分[じぶん]がやられた様[さま]を演[えん]じます。そして、修行僧[しゅぎょうそう]に自分[じぶん]を弔[とむら]って欲[ほ]しいと頼[たの]み、消[き]えてしまいます。  
      
    * このサイトはで、熊坂[くまさか]が牛若丸[うしわかまる]に討[う]たれた様子[ようす]をご覧[らん]いただきます。    
    * 熊坂長範[くまさかちょうはん]は、平安時代[へいあんじだい]の伝説[でんせつ]の盗賊[とうぞく]です。室町時代[むろまちじだい]から、数々[かずかず]の芸能[げいのう]で取[と]り上[あ]げられています。

◆謡[うたい]のことば
シテ[して] 熊坂[くまさか]いふ[う][よ]う。
地謡[じうたい][この][もの]どもを手[て]の下[した]に。
[う]つは如何[いか]さま鬼[おに][かみ]
人間[にんげん]にてはよもあらじ。
[ぬす]みも命[いのち]のありてこそ
あら笑止[しょおし]や引[ひ]かんとて。
長刀[なぎなた][つえ]につき
うしろねたくも引[ひ]きけるが
シテ[して] 熊坂[くまさか][おも][う][よ]う。
地謡[じうたい] 熊坂[くまさか]思ふ[う][よ]う。
物ゝ[ものもの]し其[その]冠者[かじゃ]が。斬[き]るといふ[う]ともさぞあるらん。
熊坂[くまさか]秘術[ひじゅっ][と]振ふ[う]ならば
いかなる天魔[てんま]鬼神[きじん]なりとも。
[ちう]に掴[つか]んで微塵[みじん]になし。討たれたる者どもの。
いで供養[きょおよお]に報[ほう]ぜんとて。道[みち]より取[と]って返[かえ]し例[れい]の長刀[なぎなた][ひ]きそばめ。
折妻[おりつま][ど]を小楯[こだて]に取[と]って。彼[か]の小男[こおとこ]をねらひ[い]けり。
牛若[うしわか][ご]は御覧[ごらん]じて。太刀[たち][ぬ]きそばめ物[もの][あい]を。
[すこ]し隔[へだ]てゝ待[ま]ち給[たも][う]。熊坂[くまさか]も長刀[なぎなた]かまへ[え]
[たがい]にかゝ[か]るを待[ま]ちけるが。いらって熊坂[くまさか]左足[さそく]を踏[ふ]
鉄壁[てっぺき]も徹[とお]れと突[つ]く長刀[なぎなた]を。はっしと打って弓手[ゆんで]へ越[こ]せば。
おっかけすかさずこむ長刀[なぎなた]を。ひらりとのれば刃[は][む]きになし。
しさって引[ひ]けば馬手[めて]へこすを。追[お]つ取[と]り直[なお]してちや[ょ]うと切[き]れば。
[ちう]にて結[むす]ぶをほどく手[て]に。かへ[え]って拂[はら][え]ば飛[と]びあがって。
そのまま見[み]えず形[かたち]も失[う]せて。
こゝ[こ]やかしこと尋[たず]ぬる所[ところ]に思[おも][い]もよらぬ後[うしろ]より。
具足[ぐそく]の隙間[すきま]をちや[よ]うど斬[き]れば。
こはいかにあの冠者[かじゃ]に。斬[き]らるゝ[る][こと]の腹[はら][た]ちさよと。
いへ[え]ども天命[てんめい]の。運[うん]の極[きわ]めぞ無念[むねん]なる
地謡[じうたい] 打物[うちもの]わざにて叶[かの][う]まじ。手[て][ど]りにせんとて長刀[なぎなた][な]げ捨[す]
大手[おおで]をひろげて こゝ[こ]の眠廊[めんろお]かしこのつまりに
[お]っ駈[か]けおっ詰[つ]めとらんとすれども 陽炎[かげろお]稲妻[いなづま][みず]の月[つき]かや
姿[すがた]は見[み]れども手[て]に取[と]られず。次第[しだい]/\[しだい]に重手[おもで]は負ひ[い]ぬ。
[たけ]き心[こころ][ちから]も弱[よわ]り。弱[よわ]り行[ゆ]きて
シテ[して][この][まつ]が根[ね]
地謡[じうたい][こけ]の露霜[つゆしも]と。消[き]えし昔[むかし]の物語[ものがたり]
[すえ]の世[よ][たす]けたび給へ[え]と。
[いう]づけも告[つ]げ渡[わた]る。 夜[よ]もしら/\[しら]と 
あかさかの松陰[まつかげ]にかくれけり 
松陰[まつかげ]にこそは隠[かく]れけれ