『新版歌祭文[しんぱんうたざいもん]』野崎村[のざきむら]の段[だん]



登場人物[とうじょうじんぶつ]

    お光[みつ]
    久松[ひさまつ]と結婚[けっこん]の約束[やくそく]をしている娘[むすめ]
    久松[ひさまつ]
    油屋[あぶらや]で働[はたら]いていたけれど、お金[かね]をだまし取[と]られ家[いえ]に帰[かえ]ってきた。
    お染[そめ]
    油屋[あぶらや]の娘[むすめ]。野崎村[のざきむら]まで久松[ひさまつ]を追[お]ってくる。
    久作[きゅうさく]
    お光[みつ]のお父[とう]さん。

    このビデオに登場[とうじょう]するその他[た]の人物[じんぶつ]
    およし: お染[そめ]の世話[せわ]をする人[ひと]

大夫[たゆう]が語[かた]ることば

    説明[せつめい][ひ]き立[た]て入[い]りにけり。
    [あと]に娘[むすめ]は気[き]もいそいそ、
    お光[みつ]日頃[ひごろ]の願[ねが][い]が叶[かの][う]たも、天神様[てんじんさま]や観音様[かんのんさま]、第一[だいいち]は親[おや]のお蔭[かげ]。エヽこんな事[こと]なら今朝[けさ]あたり、髪[かみ]も結[ゆ][う]て置[お][こ]うもの。鉄漿[かね]の付[つ]け様[よう]、挨拶[あいさつ]も、どう云[い][う]てよかろやら
    説明[せつめい]覚束[おぼつか]なます拵[こしら][え]も、祝[いお][う]大根[おおね]の友白髪[ともしらが]、末菜刀[すえながたな]と気[き]も勇[いさ]み、手元[てもと]も軽[かる]う、ちょきちょきちょき、切[き]っても切[き]れぬ恋衣[こいぎぬ]や、元[もと]の白地[しらぢ]をなまなかに、お染[そめ]は思[おも][い]久松[ひさまつ]が、跡[あと]を慕[しと][う]て野崎村[のざきむら]、堤伝[つつみづた][い]に や[よ]うや[よ]うと、梅[うめ]を目当[めあ]てに軒[のき]のつま。
    [とも]のおよしが声高[こわだか]に、
    およし[もう]し御寮人様[ごりょうにんさん]。かの人[ひと]に逢[あ][お]うばかり、寒[さむ]い時分[じぶん]の野崎[のざき][まい]り。今[いま][ふね]の上[あが]り場[ば]で、教[おし][え]て貰[もろ][う]た目印[めじるし]のヲゝこの梅[うめ]。大方[おおかた]こゝでござりませ[しょ]うぞへ[え]
    お染[そめ]アヽコレ、もそっと静[しず]かに云[い]やいな[の]う。久松[ひさまつ]に逢[あ][い]たさに来[き]ごとは来[き]ても在所[ざいしょ]の事[こと]、目立[めだ]っては気[き]の毒[どく]。そなたは船[ふね]へ、サ早[はよ]う早[はよ]
    説明[せつめい]と追[お][い]やり追[お][い]やり、立[た]ち寄[よ]りながら越[こ]えかぬる、恋[こい]の峠[とうげ]の敷居[しきい][たか]く、
    お染[そめ][もの]もう。お頼[たの]み申[もう]しませ[しょ]
    説明[せつめい]と云[い][う]も、こは[わ]ごは[わ]暖簾越[のれんご]
    お光[みつ]百姓[ひゃくしょう]の内[うち]へ改[あらた]まった。用[よう]があるなら這入[はい]らしゃんせ
    お染[そめ]ハイハイ卒爾[そつじ]ながら久作様[きゅうさくさま]は内方[うちかた]でござんすかえ。左様[さよう]なら大坂[おおさか]から久松[ひさまつ]といふ[う][ひと]が、今日[きょう][もど]って見[み]えた筈[はず]。ちょっと逢[あ][わ]して下[くだ]さんせ
    説明[せつめい]と云[い][う][ことば]つき姿形[なりかたち]
    常々[つねづね][き]いた油屋[あぶらや]の、さてはお染[そめ]
    と悋気[りんき]の初物[はつもの]、胸[むね]はもやもやかき交[ま]ぜ鱠[なます]、俎板[まないた][お]しやり戸口[とぐち]に立[た]ち寄[よ]

    *大夫[たゆう]が語[かた]ることばは昔[むかし]のかなづかいで書[か]くんだ。ひらがなに[ふりがな]をつけた所[ところ]だよ。