蛸芝居[たこしばい] (3)お仏壇[ぶったん]の掃除[そうじ]の場面[ばめん]

台本[だいほん]

    定吉[さだきち]「あぁ、ほんにどもならんな。朝[あさ]から怒[おこ]られ通[どお]しや。よう怒[おこ]る旦那[だんな]やで。あぁ、お仏壇[ぶったん]の掃除[そうじ]か、お仏壇[ぶったん]の掃除[そうじ]かなわんねんなぁー。ほんまに大[おお]きなお仏壇[ぶったん]やさかいなー。わーぎようさん位牌[いはい]がならんではるなぁ。これ誰[だれ]の位牌[いはい]や。あ、うちのお家[いえ]はんのや。憎[にく]たらしいババやったんやで。普段[ふだん][ねこ]なで声[ごえ]で、定吉[さだきち]、定吉[さだきち]、言[い]うてるくせに、ちょっとこっちの帰[かえ]り遅[おそ]なったら、ボーンと横[よこ]すっぱいきやがんねん。あんたのこと嫌[きら]いでしたんやで。あんたな、どうせええとこお参[まい]りできへんと思[おも]うけどもな、死[し]んでから脳病[のうびょう]を煩[わずら]わんように、位牌[いはい][さか]さまに立[た]てといたろ。こっちの大[おお]きい位牌[いはい][だれ]やろ。あ、これ親旦[おやだん]さんやー、ええ人[ひと]やったんや、なー。いつも芝居[さいばい]ゆきのお供[とも]は、わてに決[き]まってはったんやで。定[さだ]、ついといでや、て言[い]ってくれはるねんな。わて、あんたのこと好[す]きでしたんやでー ほんまに。頬[ほお]ずりしといたろ。…まてよ。こうして位牌[いはい][も]ってする芝居[しばい]、なんぞなかったかいな。あるあるー浪人者[ろうにんもの]が宿屋[やどや]の二階[にかい]で悔[く]やんでるとこ。ちょっと、あそこやったろか。「霊光院殿貴山大居士様[れいこういんでんきざんだいこじさま] ♪ 思[おも]い起[お]こさば、天保山船遊[てんぽうざんふなあそ]びのそのみぎり、何者[なにもの]かの手[て]に掛[か]かられ、あえないご最期[さいご]。その折[おり]この定吉[さだきち]はまだ鼻[はな]たれ前髪[まえがみ]、その前髪[まえがみ]を幸[さいわ]いに、当家[とうけ]へまんまと入[い]り込[こ]みしが、合点[がてん]のゆかぬはこの家[や]の禿[は]げちゃん。今[いま]に禿[は]げちゃん素[そ]っ首[くび]ひきぬき、主等[しゅら]のご無念[むねん]、お晴[は]らし申[もう]す。」
    [だん]さん「何[なに]が禿[は]げちゃんや。」
    定吉[さだきち]「あ痛[いた]。旦[だん]さん、聞[き]いてなはった?」
    [だん]さん「聞[き]かいでか。大[おお]きい声[こえ]で禿[は]げちゃん禿[は]げちゃんて、お前[まえ]にお仏壇[ぶったん]掃除[そうじ]させたらお仏壇[ぶったん][けが]れるわ。そこはええよってにな、亀吉[かめきち]といっしょに庭[にわ]の掃除[そうじ]してきなはれ、坊[ぼん]の守[も]りもしなはれ。」
    定吉[さだきち]「へーーい。」