蛸芝居[たこしばい] (4)子守[こも]りの場面[ばめん]

台本[だいほん]

    定吉[さだきち]「あーほんにどうもならんなー。庭[にわ]の掃除[そうじ]と、次[つぎ]は坊[ぼん]の守[も]りか。あーほんにどうもならんで。この坊[ぼん]がなーまたよう泣[な]く坊[ぼん]やねん。ほんまにもうな。坊[ぼん]の守[も]りだけは、太閤[たいこう]はんも往生[おうじょう]したっちゅうくらいや。もーかなわんな。よいしょっと。坊[ぼん]ちゃん坊[ぼん]ちゃん、泣[な]き止[や]みなはれ、泣[な]き止[や]みなはれって。坊[ぼん]ちゃん坊[ぼん]ちゃん、もー。お腹[なか][す]いてまんのんか?泣[な]き止[や]まへんさかいなー…鼻[はな]くそ食[く]わしたりましょか? ……ほい。鼻[はな]くそ吐[は]き出[だ]した!子供[こども]でもわかんねんなー。え?まてよ。こうやって、ややこ抱[だ]いてする芝居[しばい]、何[なん]ぞなかったかいな。あるあるー、忠義[ちゅうぎ]な奴[やっこ]が和子様[わこさま]を抱[だ]いて落[お]ちてゆくとこ、ちょっとあそこやったろか。「憂[う]き世[よ]じゃのう……♪ この度[たび]のお家[いえ]の騒動[そうどう]で、一家中[いっかじゅう]は散[ち]りぢりバラバラ。 しかしおいたわしきはこの和子様[わこさま]、一文奴[いちもんやっこ]の懐[ふところ]を百万石[ひゃくまんごく]ともおぼし召[め]し、すやらすやらと御寝[ぎょし]なさるお心根[こころね]。おいたわしゅ~ござります。おいたわしゅ~ござります。どりゃ、どの兵衛[べえ]が寝[ね]かしてあげましょうわい。ねんねこせぇ~、おねやれや~」……♪
    亀吉[かめきち]「あー、あんなとこで定吉[さだきち]どん、芝居[しばい]してるでー。」
    定吉[さだきち]「こういうとこへは取[と]っ手[て]が掛[か]からなあかんさかいな、取手[とった]になったろかいな。やぁー!あの山[やま]~、越[こ]えて、里[さと]へ行[い]った~……♪  里[さと]の土産[みやげ]に何[なに]もろた~ でんでん太鼓[だいこ]に、やぁー!笙[しょう]の笛[ふえ]~」
    [だん]さん「おいおいおい!坊[ぼん]を庭[にわ]へぶつけてどないすんねん!!」
    定吉[さだきち]「わーー、坊[ぼん]ちゃんいの~」
    [だん]さん「逆[さか]さまやないかい。」
    定吉[さだきち]「逆[さか]さまいのー!」 (注:「かか様[さま]いのー」のシャレ)
    [だん]さん「何[なに]を言[い]うとんねん。しまいに坊[ぼん][ころ]してしまうがなホンマにもぉ。もうそこはええよってにの、店番[みせ]しなはれ。これからの、芝居[しばい]したら店[みせ][ほう]り出[だ]しますぞ。」
    定吉[さだきち]「へーーーい。はーもう、どうにもならんな。また怒[おこ]られたな。」
    亀吉[かめきち]「当[あ]たり前[まえ]でんがな、坊[ぼん]、庭[にわ]へぶつけたら怒[おこ]られますわ。そやけどな、もう、芝居[しばい]やめときまひょな。」
    定吉[さだきち]「やめときまひょ、やめときまひょ。こんど芝居[しばい]の真似[まね]したら、店[みせ][ほう]り出[だ]されますよってにな。」