辻占茶屋[つじうらぢゃや] (2)二階座敷[にかいざしき]の場面[ばめん]

台本[だいほん]

    [げん]やん「ほんまやな、なんや散[ち]らかってやん。え、なんやこれ。あ、そうか、結[むす]び昆布[こんぶ]の見[み]かすやな。え、色街[いろまち]らしいもんやなー、え、ちょっとした文句[もんく]が書[か]いてあってな。昆布[こんぶ]にこう結[むす]んであるっちゅうもんやな。そうや、おっさん言[い]うてたな。なんでも辻占[つじうら]にとれって、そやそや、これみたらええんや。ここになんか捨[す]ててある。えーと、これ何[なん]や、えー「見[み]れば見[み]るほど…」か「見[み]れば見[み]るほどケッタイな顔[かお]」なんやこれ、ばかにしとんな。こっちにもあるな。「どふぞ、どふぞ」何[なん]じゃこら?「どうぞ、どうぞ」や。ああ、こりゃええ。「どうぞ、どうぞ、来[き]てくれねば良[よ]いが……」 なんやこれー、ばかにしとるな、ほんまにもう。そうか、こら見[み]かすやー、な、そうや、ええのが出[で]てきたら持[も]って帰[かえ]るってなもんや。しょうもないのが出[で]たからほかして行[い]きおったんな。新[さら]を見[み]な意味[いみ]ないな。ここに新[さら]がある。まだ昆布[こんぶ]が巻[ま]いてある。ええもらいや。な、これな。「好[す]き、好[す]き、好[す]き…」でたー!でましたー!!あーこれやないとあかんな。やっぱり新[さら]は違[ちが]うな。「好[す]き、好[す]き、好[す]きは、ほかにある」なんやこれ!ばかにしとんな、ほんまにもう。」

    ♪ (三味線[しゃみせん]の音[おと]
    [げん]やん「あかんあかん、あんまりへんねしおこして大[おお]きな声[こえ][だ]したらあかんな。隣[となり]の座敷[ざしき]、芸者[げいしゃ]が入[はい]っとるんや。そうや、あの芸者[げいしゃ]、何[なに][ひ]きよるやろな。その歌[うた][き]いて、辻占[つじうら]にとったろ。」

    ♪ 「可愛[かわ]い男[おとこ]に逢坂[おうさか]の関[せき]より辛[つら]い世[よ]のならい~
    [げん]やん「「由縁[ゆかり]の月[つき]」やぁ。夕霧伊左衛門吉田屋[ゆうぎりいざえもんよしだや]、ええ芝居[しばい]やなぁ~。梅乃[うめの]と二人[ふたり]、中[なか]の芝居[しばい]へ見[み]に行[い]ったことあるな。へへ。面白[おもしろ]かったな、華[はな]やかな芝居[しばい]で。「弾[ひ]くわ弾[ひ]くわ、あの唄[うた]で思[おも]い出[だ]す、去年[きょねん]の月見[つきみ]は吉田屋[よしだや]で、太夫[たゆう]とわしが連[つ]れ弾[び]きで、弾[ひ]いた時[とき]のおもしろさ、その弾[ひ]く主[ぬし]は変[か]わらねど、変[か]わったはわしが身[み]の上[うえ]。あいつが心底[しんてい]……」 ちょっと、まてよ、この後[あと]は、たしか…「人[ひと]の情[なさけ]と飛鳥川[あすかがわ]、変[か]わるは勤[つとめ]めのならいじゃもの、変[か]わらいでなんとしょ~」……、変[か]わらいでなんとしょということは、変[か]わりましたということ?あ、あ、変[か]わった?あーこれ、けったくそ悪[わる]い辻占[つじうら]が出[で]たな~も~、おっさんの言[い]う通[とお]り、今日[きょう]の所[ところ]は会[あ]わずにいのうか…」
    ♪ 待[ま]たしゃんせ源太[げんた]さん~
    [げん]やん「へ? 隣[とな]りの唄[うた]や…」
    ♪ おまえといったいこうなったは、並大抵[なみたいてい]のことかいな…」
    [げん]やん「そや、そや、そや、並大抵[なみたいてい]のこっちゃないのやで。ええこと言[い]うとんな、これ。おまえといったいこうなったは、並大抵[なみたいてい]のことかいな…なんてな。ちよっと待[ま]てよ、この歌[うた]はなんや?この歌[うた]は、たしか、「梶原源太[かじわらげんた]」、え、まちや、わしが鍛冶屋[かじや]の源太[げんた]。梶原源太[かじわらげんた]、鍛冶屋[かじや]の源太[げんた]…合[お]うたんな~うまいこと合[お]うてる~。相手[あいて]が神崎[かんざき]の梅[うめ]が枝[え]、こっちの相方[あいかた]が神崎屋[かんざきや]の梅乃[うめの]。これも合[お]うたんな。あー、こらええ辻占[つじうら]が出[で]た!良[よ]かったな~もうちょっと居[い]てたろかしらん。それにしても遅[おそ]いなぁ、梅乃[うめの]、なにしてるんやろなぁ。早[はや]いことこっち来[き]たいと思[おも]てるんやろな。ところがなかなか向[むこ]うの座敷[ざしき]、抜[ぬ]けられへんのやろな。そわそわ、そわそわしとるわ。相手[あいて]の男[おとこ]が言[い]いよんで。「おいおまえ、えらいそわそわしとるとちゃうやろか。どないしたんや。え?他[ほか]に行[い]きたい所[ところ]あるんと違[ちが]うか?行[い]きたい所[ところ]あるんやったら行[い]ったらどないや」「いいえ、そんなところあらしまへんわ。」「隠[かく]したかてあかんで。ええ男[おとこ]がおって、そっちへ行[い]きたいと思[おも]ってるのやろ。」「あほなこと言[い]いなはなんないな。他[ほか]に男[おとこ]なんか居[い]てますかいな。わての好[す]きなんは、あんただけでっせー」っていうて、いちゃいちゃしてんのちがうやろか。」
    ♪ 世話[せわ][や]かしゃんすな、お前[まえ]さんのお世話[せわ]にゃなりゃしょまい」
    [げん]やん「なにぃー?世話[せわ][や]かしゃんすな、お前[まえ]さんのお世話[せわ]にゃなりゃしょまい? なにぬかしやがんねん。世話[せわ][や]いてへんか?着物[きもの][こ]うてくれ、帯[おび][こ]うてくれ、世話[せわ]は充分[じゅうぶん]に焼[や]いてあるわい」
    ♪ カラッケツの空[から]ぞめき 財布[さいふ]はカンカンいか上[のぼ]り」
    [げん]やん「財布[さいふ]はカンカンいか上[のぼ]り?腹[はら]の立[た]つな、おまえ。確[たし]かに今[いま]はイカ上[のぼ]りや、カラッケツや。けど、もとはぎょ~さん詰[つ]まってあったんじゃ。 お前[まえ]に入[い]れ揚[あ]げたよって、のうなってしもたんやないかい。あーそうか、お前[まえ]がそこまで偉[えら]そうに言[い]うのやったら、こっちにも考[かんが]えがあるど。お前[まえ]みたいなおなご、すぱっーと切[き]ってしもうてな、他[ほか]にええおなごこしらえて、お前[まえ]とこの館[やかた]の前[まえ]、二人[ふたり]してひけらかして歩[ある]いたろかい!」
    ♪ こちゃかまやせぬ こちゃいとやせぬ
    [げん]やん「あー腹[はら]の立[た]つ」
    [げん]やん「まあ源[げん]やん、何[なに][い]うてなはんの?」
    [げん]やん「ああ、梅乃[うめの]か。」