辻占茶屋[つじうらぢゃや] (3)四ツ橋[よつばし]の場面[ばめん]

台本[だいほん]

    説明[せつめい]やって参[まい]りましたのが四ツ橋[よつばし]。ただ今[いま]、大変[たいへん]繁華[はんか]なところでございますな、南船場[みなみせんば]やクリスタ長堀[ながぼり]なんてのもございますけれども。昔[むかし]は、随分[ずいぶん]と静[しず]かなとこやったそうでございますな。夜[しず]ともなりますというと、人[ひと]っ子[こ]一人[ひとり][とお]らんという。名前[なまえ]の通[とお]り、橋[はし]が4つ、井桁[いげた]のように掛[か]かってたんやそうでございます。堀江[ほりえ]の芸者[げいしゃ]が弾[ひ]きますのか、遠[か]くの方[とお]から三味線[しゃみせん]の音[おと]が聞[き]こえて参[まい]ります寂[さみ]しい中[なか]を、二人[ふたり][な]んでぶらーぶら。

    [げん]やん「さあ、出[で]ておいでや。」
    梅乃[うめの]「源[げん]や~ん、えらい寂[さみ]しいとこ出[で]てきたな~。こんな寂[さみ]しい所[とこ]で心中[しんじゅう]するんか。」
    [げん]やん「あたりまえやないかい、おまえ、道頓堀[どうとんぼり]の真[ま]ん中[なか]で心中[しんじゅう]でけへんで。」
    梅乃[うめの]「そうやけどやなぁ、あんた~え、なぁ、これから二人[ふたり]してあの世[よ]へ行[い]きまんねんな。」
    [げん]やん「せやせやせや、おまえ。三途[さんず]の川[かわ]が深[ふか]いと思[おも]たらな、わしがお前[まえ]、背負[せお]て渡[わた]とるさかいな。」
    梅乃[うめの]「まあ、さよか~おおきに。」
    [げん]やん「言[い]うてる間[ま]におまえ、橋[はし]の真[ま]ん中[なか]にきたで。さ、入[はい]り。」
    梅乃[うめの]「入[はい]りって、お風呂[ふろ][はい]るみたいに言[い]いなはんな。」
    [げん]やん「入[はい]り!」
    梅乃[うめの]「まー、暗[くろ]うてようわからんけど、えらい水[みず]やで、これあんた…こんなとこ飛[と]び込[こ]んでもなぁ、わて、泳[およ]ぎ知[し]らんしな。」
    [げん]やん「泳[およ]いでどないすんねん。心中[しんじゅう]するんやないかい。はよ飛[と]び込[こ]め、飛[と]び込[こ]んだら心底[しんてい][み]えたとこないなんねん。何[なん]でもええさかい、ぴゃっ、ぴゃっと!」
    梅乃[うめの]「ぱっぱぱっぱ言[い]われてもなぁー。わかった、わかってますがなー。心中[しんじゅう]しますけどもやなー。そう、わてな、人[ひと]から聞[き]いたことあんねんけどな、一緒[いっしょ]に死[し]んだらあの世[よ]へ行[い]った時[とき]に一緒[いっしょ]になられへんて話[はなし][き]いたことがありますねん。バラバラに死[し]ななあの世[よ]に行[い]ってから一緒[いっしょ]になられへんて話[はなし][き]いたことある。ちょうどええわ、これ、四ツ橋[よつばし]でっしやろ。向[むこ]うにも橋[はし]ありますやろ、向[むこ]うまわってな、向[むこ]うから飛[と]び込[こ]みますよってにな。南無阿弥陀仏[なむあみだぶつ]、一[ひ]のニ[ふ]の三[みっ]つ、これきっかけで飛[と]び込[こ]みますよってにな。よろしいな。」
    [げん]やん「おいおいおい、行[い]ってもうた。逃[に]げたんちゃうやろな。バラパラに心中[しんじゅう]するって、そんな話[はなし][き]いたことないわいな。」