紹介・略歴主要業績


チャールズ・カイル(Charles M.H. Keil)氏について

中川   真      

    カイル氏は、受賞理由にあるように、「応用社会音楽学 (applied sociomusicology)、エコーロジー (echology)、グルーヴ学 (groovology)」という、耳慣れない領域の確立に尽力し、実験的な民族音楽学の発展に多大な貢献をなしてきました。フィールドワークに基づいた分析の諸成果を、子どもの教育プログラムへと応用し(応用社会音楽学)、特に「世界との共振」といった概念に基づいて身体性を強調するなかでグルーブ研究の重要性を喚起して(グルーヴ学)、それが広い意味での文化のエコロジーであるということを主唱しました(エコーロジー)。氏は、単に座して主張するのではなく、ラテン・アメリカやアフリカの打楽器の演奏法に通暁し、子どもやその親とともに自ら打楽器を演奏しながらグルーブを実感させていくという実践的手法を用いて、理論の公有化を積極的にはかっています。そういう「伝道者的」な意味では、優れた文化のアクティヴィストといってよいでしょう。
    氏には多くの著作がありますが、なかでも、Urban Blues (1966)、Tiv Song (1979)、Polka Happiness (1992)、Music Grooves (1994)、Bright Balkan Morning: Romani Lives and the Power of Music in Greek Macedonia (2002)は重要な作品です。Urban Blues は、B. B. King へのインタビューやパフォーマンス、ラジオ放送などを素材として、アフリカ系アメリカ人の独自な音楽文化を鮮明にとらえたものです。ここで得られた参与観察、文化の内側に入って問うといった手法は、後々まで氏の基本的な研究指針となっています。Tiv Song は、ナイジェリアのティブ族の音楽に関する民族誌ですが、死や悪霊に対抗する歌に関する記述を中心としています。氏によれば、ナイジェリアにおけるビアフラとの内戦については、いまだうまく書ききれず、喉に小骨がひっかかった状態とのことです。Polka Happiness は、労働者階級に属するポーランド系アメリカ人のダンス音楽についての初めての研究書です。仲間への心情を充たす世俗的な儀礼を論じたものですが、ここで使われた「参与的意識」「参与的不一致」といった概念は後に発展し、歓びの科学としてのグルーヴ学へとつながっていきます。Music Grooves では、「参与的意識」が、人々の連帯と人間のもつ自然との「エコーロジカル」な関係を回復させようとするメカニズムであることが論証されています。Bright Balkan Morning は、民族誌的方法から、多層的記述(歴史、文化、オーラルヒストリー、サウンドスケープ等)方法へと移行させ、紛争の頻発する多民族地域における音楽やダンスのもつ和解力について論じたものです。
    氏の研究の特徴としては共同作業という方法を挙げることができます。Music Grooves は、第15回小泉文夫音楽賞の受賞者である Steven Feld 氏との25年にもわたる対話(それに続く論文)の賜物であり、Bright Balkan Morning ではフェルド氏以外にも多くの人々が記述にかかわっています。そういった共同作業の重視は、氏のエコーロジーをはじめとする独特の思想と無縁ではありません。そして集大成が、Patricia Campbell との共著である Born to Groove (2011)です(ウェブ上に初出)。これは長年の民族音楽学的成果を、子どもの音楽性と「早期コミュニケーション」の創造的展開のために応用したものです。自然と共鳴しながら生を楽しみ、同期する運動やチーム活動への深い歓びを潜在的にもっている子どもが、大人になるための教育の過程で、それらを失っていくことへの危惧が表明されています。歌、ダンス、ドラミング、マイムを通したグルーヴの実践が、自然や社会との結合の回復に効果的であることが述べられます。また氏は、自然の森羅万象に霊が宿り、グルーヴの実践がそれらとの交流関係を促す日本のパフォーマンス文化にも着目しています。
    以上のような、ひとことでいえば、パフォーマンスを通して身体(身体の同調)と宇宙(世界)との関係をグルーヴという観点からさぐり、子どもとの実践のなかから社会化をはかる氏の研究活動は、「民族学」や「音楽学」を超えた広がりと可能性をもっていると思われます。                      
(大阪市立大学大学院教授)



チャールズ・カイル氏略歴

1939アメリカ、コネティカット州、ノルウォークに生まれる。
1961イエール大学でアメリカン・スタディーズ学士号取得
1964シカゴ大学で人類学修士号取得
1979シカゴ大学で人類学博士号取得
 
1968 -1970ニューヨーク州立大学バッファロー校、アメリカン・スタディーズ・プログラム、ヘンリー・アダムズフェロー
1970 -1971ニューヨーク州立大学バッファロー校、同助教授
1971 -1983ニューヨーク州立大学バッファロー校、同准教授
1982、1983カナダ、オンタリオ州トレント大学客員教授
1983 -2000ニューヨーク州立大学バッファロー校、同教授
1993南アフリカ共和国ダーバン、ナタール大学客員教授
2000 -ニューヨーク州立大学名誉教授



チャールズ・カイル氏主要業績

Books
    POLKA THEORY: Perspectives on the Will to Party, Univ. of Chicago Press (contracted for)
    BORN TO GROOVE (in press 2011)
    BRIGHT BALKAN MORNING: Romani Lives and the Power of Music in Greek Macedonia, Wesleyan University Press (2002)
    MUSIC GROOVES: Essays and Dialogues with Steve Feld, University of Chicago Press, (1994)
    MY MUSIC, edited with S. Crafts and D.Cavicchi, Wesleyan University Press, (1993)
    POLKA HAPPINESS, with A. Keil and R. Blau, Temple University Press, (1992), paperback 1996
    TIV SONG: The Sociology of Art in a Classless Society, Univ. of Chicago Press, (1979)
    URBAN BLUES, University of Chicago Press, 1966; paperback 1968, 2nd Ed. new Afterword, (1992)

Articles in Journals
    "Skills for Children's Liberation" FOLKLORE FORUM 34/1-2 (2003)
    "They Want the Music But They Don't Want the People" CITY & SOCIETY 14/1 (2002)
    "The Theory of Participatory Discrepancies: A Progress Report" ETHNOMUSICOLOGY 39/1 (Winter 1995)
    "'Ethnic' music traditions in USA (black music; country; others; all)", POPULAR MUSIC 13/2 (1994)
    "Sociomusicology: A Participatory Approach" ECHOLOGY #2 1988
    "Participatory Discrepancies and the Power of Music" in CULTURAL ANTHROPOLOGY, 2/3 (1987)
    "People's Music Comparatively: Style and Stereotype, Class and Hegemony," in DIALECTICAL ANTHROPOLOGY X (1985)
    "Motion and Feeling through Music" in JR. OF AESTHETICS AND ART CRITICISM (1966)

Poetry
    MASKANDA MOMENTS (1993)
    HATTO POTATO & CARACAS MARACAS (2009)
    OWED TO RODOLFO (in press for 2011)

Music
    GIVE PEACE SOME CHANTS (2009), New York Path to Peace, co-produced with Allen Farmelo
    Current bands: Berkshire Stompers, New York Path to Peace, Biocentrics
    Bands started in Buffalo that continue: Outer Circle Orchestra, 12/8 Path Band

Critical Appraisals
Community Activities
    Founder, Board of Directors, Musicians United for Superior Education, Inc. 1990 – 2000
    Co-founder, Jubilation Foundation, 2009

Web Activity


このページは、2011.7.22 にアップデートされました。
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