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資料紹介(図書)

内田順子 『宮古島狩俣の神歌―その継承と創成』 京都:思文閣出版、2000年2月、283頁。

 本書は、沖縄県のある離島の神歌を扱った研究書である。南島の神歌研究は、歌謡研究の一分野として、文字化されたテクストに依拠した研究方法が確立している。しかし、本書はこのようなテクストからではなく、実際に歌われている神歌とその歌い手である神女との対話を研究の出発点をした点で、これまでの神歌研究とは一線を画している。
 本書のテーマは、「神歌のかたち」を取り出すことである。ここでいう「かたち」とは「神歌が神歌として成り立つ条件」、すなわち神歌の詞章の組み立て、特定の旋律型、歌のジャンルの区別など、神歌を歌うための必要最低限の知識を指している。歌うために重要なことは、神歌の詞章の「意味」ではなく、「かたち」である。神女たちは、各々「かたち」を習熟していくことによって得られる知を体系化する。
 本書は、このような神女たちによる、知の体系化の過程を追って構成されている。そのため、宮古島の神歌について全く知らなくても、読み進むにつれて、その体系がみえてくる。見方を変えると、本書は、著者が神女との対話によって知の体系についての理解を深めていく過程を追ったものともいえる。本書全体が、『週間読書人』の書評(酒井正子)でいうところの「一つの物語のようなまとまり」をもっているように感じられるのは、このようなプロセスがはっきりと読み取れるからであろう。
 本書のもう一つの特徴は、フィールドで出会う雑多な出来事や矛盾した言動を、理路整然とした論理体系の中に無理に押し込むのではなく、多様なものを多様なまま捉えるという姿勢にある。本書では、インフォーマントの発する「ことば」を丹念に拾って分析している。そのため、個々の事例が矛盾していることがある。
 しかし、このような事例の不整合を認めた上で、なおかつそこに形成されている体系を取り出したところに著者の手腕が発揮されているといえよう。
 著者は、東京藝術大学楽理科、音楽研究科(修士課程)を経て、総合大学院大学で博士号を取得。本書は1996年度に提出された博士論文をもとに、「現在の著者の論点から」全体を構成しなおしたものである。(島添貴美子)

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