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資料紹介(図書)

蒲生郷昭『日本古典音楽探究』 東京:出版芸術社、2000年5月、587頁。ISBN4-88293-190-7。分類番号C3 10/ G194-2。
GamouNihonKoten
 本書はタイトル通り、日本古典音楽全体を対象として、種目同士のつながりを重視して俯瞰する視点より描かれている。その探求は概ね三方向から行われる。
 第一の方向性としては、音楽用語の歴史を明らかにするというものである。日本音楽では複数の種目にわたって同じ用語が用いられることがあり、そのために、概念の混乱や誤解が生じることも多い。それは現在でもそうであるが、歴史的な現象でもある。したがって種目の区分を越えて伝播するにつれ、言葉の意味内容が変化していく様子を検証することは重要である。たとえば第一部所収の「日本の音楽理論における『中』について」では、中音は、まず平曲や声明の講式における、曲節としての中音と、能の謡における音名としての中音とに整理される。そして講式における中音が、独立した存在であると説明される。著者はその起源は二重という曲節から分離したものであると推論し、先行する種目の郢曲や催馬楽についての資料をもとに成立年代を解明している。
 第二の方向性としては、異なる種目の楽曲の音楽構造を、同じ形式の表を用いて示すというものである。たとえば能の音楽では一曲は謡、囃子に用いられる楽器それぞれに固有で、互いに直接には関連のないことも多い。本書の第三部「獅子物の音楽--能『石橋』と長唄『英執着獅子』」で試みられた同一の表を用いることで、各々の音楽構造が容易に看取でき、相互の比較も可能となる。
 第三の方向性としては、通常の文献にもとづく研究では知りえない事柄を、言葉以外の情報、例えば図像学の手法や、メログラムといった音響機器を用いることにより探るというものである。
 全編を通じていえるのは用語を丁寧に検討することの重要性である。私は江戸期以前の謡本の記譜法に関心をもっているので、とくに謡の中音についての考察を興味深く読んだ。著者は謡の音階から中音だけを抜き出し、世阿弥から江戸期にわたる意味の変遷を子細に検討することで、現代の中音が各時代で同意義で用いられたわけではなかったことを指摘している。この手法は謡本の解読にとって一助となるだけでなく、古典音楽全般にわたり欠くことのできないものである。(丹羽幸江)

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