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資料紹介(図書)
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Bader, Rolf, Christiane Neuhaus and Ulrich Morgenstern, eds. Concepts, Experiments, and Fieldwork: Studies in Systematic Musicology and Ethnomusicology. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2010. [B110/B134]

編者たちによるとこの本は、Schneider, Albrecht ed. Systematic and Comparative Musicology: Concepts, Methods, Findings. Frankfult am Main: Peter Lang, 2008. (Hamburger Jahrbuch für Musikwissenschaft, 24) [N176/24] の続編として捉えられるそうです。全体の構成は第1部「理論、方法論、学問の歴史」、第2部 「音響学と楽器学」、第3部「音楽知覚・認知、音楽理論・分析」、第4部「音楽民族学」からなり、22編の論文が収められています。

  第1部の3編目に掲載されているBruno Nettlの “Contemplating Ethnomusicology Past and Present: Ten Abiding Questions” ではタイトルにあるように10の質問が投げかけられ、「音楽とは何か」「音楽はどうやって発生したのか」「音楽の個別言語idiolectsとはなにか」「カノンはあるのか、そしてそれらとどのように向き合えばよいのか」「われわれはどういう類の人間か」「われわれは誰かに何か益をもたらしているのか」 などといった切実な問題が問われます。Joseph Kermanの有名な著書を彷彿とさせるタイトルではありますが、そこに70〜80年代に見られたような、西洋芸術音楽を主として扱う歴史的音楽学に対して向けられた挑発的な言質は見られません。旧来の音楽学がこの30年に、社会学、比較表象文化論、音響学、身体、認知心理学などといった学際的な視点を備えていった背景の一つに、音楽民族学の方法論やその研究実例の影響もあったことはすでに明らかといえるでしょう。「われわれはどういう類の人間か」の項目の末尾で、「だから音楽民族学者たちは音楽学の偉大な平等主義者として、自らの立脚地を誇りにしている」というHelen Myersの文章を引用している箇所では、この分野を牽引してきたNettlの自負がなんともまぶしく感じられます。
  また、「カノンはあるのか、そしてそれらとどのように向き合えばよいのか」の項目では、これまで音楽民族学の文献ではあまり見かけなかったcanonという用語が近年では少なくとも3つの意味で現れているといい、①教育現場でのカノン、②イデオロギー的に語られる際のカノン、③研究対象とする社会に存在するカノン、が指摘されています。世界の音楽文化のなかにカノンを見いだすことは重要な洞察へとつながるが、そこに自分たちのイデオロギーを課してはならない(たとえば、カノンとなっているレパートリーを「エリート主義」として軽視してはならない)という訓戒も示されます。こうした指摘が民族音楽以外の音楽にかかわる者にとっても示唆的であることは言うまでもありません。

   第1部は音楽民族学に主眼をおいた体系的音楽学に関する概論ですが、第2部以降では個々の研究が続きます。
   またこの論文集は、ハンブルグ大学の教職にあって、この分野の研究および教育に尽力してきたAlbrecht Schneiderの還暦記念で編まれたことが、序文の最後に慎ましく記されています。

 (中田)

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