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Ⅱ.意見交換会

3.実技系博士学位の将来像に関する意見交換会2

平成24年度の最終報告を見据えて行われた平成23年度意見交換会は、国内実技系博士課程を有する大学10校から最も多い参加者を得て行われた。ここではその概要を報告する。

開催日:
平成23年12月18日(金)
招待校リスト:
  • 愛知県立芸術大学
  • 大阪芸術大学
  • 金沢美術工芸大学
  • 京都市立芸術大学
  • 女子美術大学
  • 多摩美術大学
  • 東北芸術工科大学
  • 日本大学
  • 広島市立大学
  • 武蔵野美術大学

まず、各大学における博士課程の状況とともに自己紹介を行い、討議に入る前に平成23年度にリサーチセンターが実施した博士学位取得後の活動状況調査について、結果の概要報告をリサーチセンターのスタッフが行った。(本調査の結果詳細については、平成23年度活動報告書P.41 Ⅴ.博士学位取得後の活動状況調査 結果報告 を参照のこと。)

次に、本学作成の資料を参照しながら全体討議に入ったが、これまで2回の意見交換会で議論が行われていること、その間に参加校がそれぞれに博士課程のプログラムを展開させていることから、議論はより実際的な内容を含むものとなった。また5年間に渡るリサーチセンターの活動の成果として、次年度に報告が予定される本学の“博士プログラム”に関心が集まっていることもあり、主として本学に対する質疑応答の形を取ったが、参加校間の間においても活発な意見が交わされた。

以下に主要な討議項目について、意見の内容を記す。

質疑応答及び討論
1.実技系の学位名称について
問:
Practice Based Doctorate(実践に基づく博士学位)はいつ頃確立されたのか。
回答:
  • 1980年代から、イギリスを中心に始まったと考えられる。
問:
イギリスのロンドン芸術大学の場合は、博士の目的がはっきりしており、大学の研究者としての博士であり、ここで議論される実技系の博士学位とはニュアンスが異なるのではないか。
回答:
  • 東京藝術大学(以下、東京芸大)で検討中の博士プログラムにおいて、イギリスのモデルが利用できるとは考えていないが、理論的な根拠として、この実践に基づく博士が有効ではないかと考える。また、例えば論文の分量規定になどに関しても、指導体制の中で幅を持たせるなど可能性を確保しておく必要があるだろう。
問:
ロンドン芸術大学では学位をPhDと表記しているが、東京芸大ではどのように欧文表記しているのか。
回答:
  • 明確な規定はない。「博士(美術)」という学位名を単純に訳せば、「Doctor of Fine Arts」となる。ただし大学の方針として、欧米のPhDと同等の学位であると認識している。本件に関しては、今後の重要な検討課題である。
意見:
  • 博士課程というコースの考え方について、メルボルン大学でPhDは5年コースであるというシステムの違いを指摘された。日本の博士課程の前期後期という考え方では、前期2年が終わって後期を受け直す、後期の3年間で論文を初めて書くことになる。また作品制作と論文執筆を3年間でやらなければならない。PhDとDFAの違いはこのようなコースの構成自体にあるのではないか。
2.博士学位論文について
意見:
  • 東京芸大では、近年、継続的に博士を輩出していること、またリサーチセンターの指導により、博士論文にもある形が出来上がりつつある。しかしながら、博士論文の要件となる規定はない。独創的である、新しい知見があるという程度の条件であり、これも今後の検討課題である。
  • 実技作品を支える論理的な論文が求められているのではないか。そうした論文の要件を規定するのは困難で、試行錯誤を繰り返している。
  • 論文のガイドラインを作成する際、次のいくつかのポイントが挙げられる。
    1. 内容の要件
    2. 目安となる文章量
    3. 使用言語
    海外の参考事例として、メルボルン大学のPhDハンドブック(平成21年度活動報告書附録P.85-88)を見ると、作品審査基準、論文に関わる基準、条件が規定されており、作品と論文との関係性については、両者間に適切、具体的な関係があることとしている。また、文章量は、少なくとも40,000語(日本語にすると100,000字を超える)とされ、論文と作品は一つのプロジェクトの中で相互に、補助的、補完的な部分として理解される。この二つの関係性が、創造性とオリジナリティに寄与し、運用により幅を持って解釈できるのではないかと思われる。
  • 実技系の論文は、客観性や新しい知見を見出すなどの学術系の論文と同じように読むのではなく、現実をどのように解釈するかという観点で書かれ、また読むのではないか。
  • 音楽の場合、博士論文には演奏するまでのプロセスを書く場合が多い。一体評価は論文を補完するものとして、アクション・リサーチ、ケア研究などにみられるようなプロセスの研究として捉えれば良いのではないか。
  • 国会図書館に提出し公開するという、論文を書くことのメリットも注目した方が良いのではないか。どれだけ引用されるかに論文の価値はある。研究者たちに検索されるよう、論文のフォーマットとして、キーワード、要旨は必要である。フォーマットを作っておくことは基本ではないか。
  • 自分たちの大学では、論文主体でも論文に創作成果を加えることができるが、その場合は論文と創作成果に整合性があること、という条件を付けている。また他大学と同様に創作成果の評価について検討している。
  • 美術教育という領域の立場から意見を述べさせていただくと、作品と論文との間に、適切で具体的な関係があるということを、美術教育の場合はあまり求めない。論文は論文として独立してそれだけで博士論文として成り立つように書かせ、作品は別のものとして制作している。
  • 8月に論文を提出、12月に作品を完成させるという東京芸大の現行のスケジュールでは、作品と論文との間に適切で具体的な関係性を求めるとすれば、ほぼ論文を書くことはできない。多くの実技系の学生の場合、8月の段階では作品のコンセプト程度ができている段階であり、実験段階で作品の分析については書くことができない。作品と論文に関係性を持たせるとするとするならば、今の東京芸大のシステムでは難しいと思う。
  • 東京芸大の運用状況では、8月の論文提出では、書きようのない部分を残して提出するケースもある。その後10月に論文を中心とした中間審査、12月に作品審査が行われ、論文に対する指摘も行われる。審査委員会も書きようのない部分を残したままの提出を認めている部分もある。学生にとってはかなりハードなスケジュールであることは確かであるが、年度内に学位授与のプロセスが完結するという側面もある。
3.審査体制、その他
問:
“作品が論文である”という表現は、どう解釈すればよいのか。
回答:
  • 東京芸大の場合は、学位規則にあるように、作品と論文を合わせて「博士学位論文等」という表現を取っている。この“等”という言葉によって、「論文と作品」「論文と演奏」という実践と文章のセットを表現している。また、学位審査報告書には、論文に関する審査、作品に関する審査、最終試験、総合所見と言う4本の評価が報告される。
問:
審査に関わる内規、論文の文章量、作品数等の規定はあるのか。
回答:
  • 東京芸大では、現在明文化されたものは少ない。各研究領域で必要条件を定めて、学生に伝達されている状態である。
意見:
  • 一般的な総合大学の課程博士の学位審査の場合、主任指導教員が審査員を務め、かつその大学の教員の範囲内で、学生のパフォーマンスに対する評価を完結することが、基本的な考え方である。
  • 策定されようとしている“芸大プログラム”に注目している。海外の事例では、通常指導教員は審査に入らない。東京芸大がリードして、博士審査時に、審査員を交換できるようなシステムを作り上げられないか。一つの大学では不可能なので、大学間のネットワークが必要と考える。
  • 東京芸大リサーチセンターが、このように実技系博士課程を有する大学関係者に呼びかけ、議論していくのは意義があると考えるので、こうした場を継続してもらいたい。
  • 予算的な問題から外部審査員を義務化するのは難しい。その学生の作品、論文に適した方に副査に入っていただくのが現状。
  • practice based doctorに対応するために、どこで客観性を確保できるかという問題について、おそらく審査のところに集約しているのではないかと考える。審査を全て外部で行うことで、客観性を担保できるのではないか。
  • 現実問題として指導教員と審査委員の兼務を認めている。客観性を確保しようとする努力を放棄した段階で危険をはらむと考える。

以上

(平成23年度活動報告書)