戻る | 前のページへ | 次のページへ

資料紹介(CD)

5.

全集 日本吹込み事始 ――一九〇三年ガイズバーグ・レコーディングス―― [請求記号CD M317]

 初めて「吹込み」、すなわちレコーディングを行った日本人は、明治33(1900)年、パリ万博における川上音二郎一座であることは知られているが、日本における最初の録音はその3年後、英国グラモフォン社(現EMI)の録音技師フレッド・ガイズバーグ (Frederick William Gaisberg) が行ったものであった。このCDはその貴重な録音をほぼ全曲デジタル音源にて復刻したものである。ガイズバーグは世界のレコード産業史上欠くべからざる人物で、その発展に大きな功績を残した。彼の活動はヨーロッパ内に留まらず、アジアへも大がかりな出張吹込みの旅を行ない、その一環として明治36年1月に来日、2月4日から28日までの間に約270種に及ぶ録音を残したのである。原盤は平円盤で、7インチ、10インチ合わせて273枚に上ったが、驚くべきことに、一世紀近くを経た現在でも、イギリスEMI社のアーカイヴにほとんど欠くことなく保存されている。しかし、極めて貴重であるにもかかわらず、その存在は全く知られていなかった。その知られざる宝が見出された背景には、落語家でありレコード収集家でもある都家歌六氏の存在があった。氏の飽くなきこだわり、追跡と熱意により埋もれていた宝が発掘され、注目を集め、今回の復刻が実現したのである。
 内容は大道芸、落語から雅楽、能、さらに洋楽に至るまで、あらゆるジャンルにわたり非常に興味深い。当時の名人の演奏や話芸のほか、流行小唄や法界節など、現在は廃れてしまった当時の大衆芸能も聴くことができる。100年前の演奏は意外にも古びた感じはなく、むしろ江戸の香りを残し、生き生きとしているようにさえ感じられる。雅楽演奏は録音時間に限りがあるせいか、かなり高速で演奏されている部分もあるが、龍笛の音頭などは現在よりも拍節感が曖昧で大らかな感じがある。
 ガイズバーグが録音を行なったこの明治36年を境に、販路拡大を狙う欧米のレコード会社が次々と日本に進出した。その後次第に我が国にレコード文化が根付き、現在のようなマンモス産業に発展する。まさに日本のレコード文化幕開けの年だったのである。
 なお、このCD全集(11枚)にはダイジェスト盤もある(「日本吹込み事始――一九〇三年ガイズバーグ・レコーディングス――」 東芝EMI、TOCF-59051 [CD M309])。また、川上音二郎一座による日本人初録音も、「甦るオッペケペー――1900年パリ万博の川上一座――」 (東芝EMI、TOCG-5432) [CD M233] というCDで聴くことができる。 (高原 聰子)

戻る | 前のページへ | 次のページへ