第2章

 15世紀後半のドイツ版画においては、書籍制作が盛んになるとともに、木版画・銅版画の制作も徐々に本格化し始めていました。 その中で最も重要な役割を果たすのが、15世紀末から活動を開始したアルブレヒト・デューラーでした。

デューラーの版画制作で注目されるのは、『黙示録』や『大受難伝』のように、絵画作品に劣らない芸術的な木版画を大画面で制作したことです。 描写の点でも、従来の木版画にみられる均質な描線を超えた、写実的、三次元的なモティーフ描写に卓越した技量が示されています。 木版画とともに、デューラーの銅版画も16世紀を代表するものです。 そもそもエングレーヴィングは、15世紀後半から本格的に制作されるようになったものですが、16世紀初頭のデューラーは、今回展示の『銅版受難伝』や、「3大銅版画」などのように、陰影表現、三次元描写によって、芸術性、技量の高さを示したのでした。

**マルティン・ショーンガウアー(Martin Schongauer, 1450頃−91年)
15世紀後半のドイツを代表する画家、版画家。ネーデルラントのロヒール・ファン・デル・ウェイデンに影響を受け、1471年までにコルマールで工房を運営。 生前から高い名声を得ていた。 実質的に多数のエングレーヴィングを制作した最初の画家で、その数は約115点に及ぶ。

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マルティン・ショーンガウアー
《十字架を担うキリスト》(『受難伝』より) 1475-85年頃
16.3×11.6cm エングレーヴィング 町田市立国際版画美術館
Martin Schongauer, The Bearing of the Cross (from "the Passion"), c.1475-85 16.3×11.6, Engraving, Machida City Museum of Graphic Arts

この図には、キリストが死の判決を受けたあとに、十字架を肩に乗せてゴルゴタの丘へとつれられる場面が描かれている。ゴルゴタの丘への途上にキリストの血の汗を拭った布に、キリストの真の顔(ヴェラ・イコン)が現れた、という聖ヴェロニカの伝説が、この場面のエピソードと結びついている。(K)

**アルブレヒト・デューラー(Albrecht Du"rer ; 1471−1528年)
ニュルンベルク生まれ。 版画で早くから名声を獲得。木版画連作としては、『黙示録』や『大受難伝』の大画面版画で知られるが、 銅版画においても《メランコリアT》を始めとする「3大銅版画」など傑作が多い。 マクシミリアン1世の出版事業にも携わった。 画家、版画家、として美術理論家として多大な功績を残した、ドイツ最大の画家である。

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アルブレヒト・デューラー
《十字架を担うキリスト》(『大受難伝』より)
1497−98年(1675年頃の刷り) 39.2×28.4cm 木版
Albrecht Du"rer, The Bearing of the Cross (from "the Large Passion"), 1497-98, impression in c.1675, 39.2×28.4cm, Woodcut

デューラーが15世紀末から開始した木版版本制作は、彼の版画家としての名声を確定させるものであった。本作は、キリストの受難の場面を扱った『大受難伝』連作のうちの一点である。この連作は、1500年以前に7葉、1510年になって4葉の版が制作され、翌1511年に、扉ページを加えた全12葉の版本として刊行された。同年に刊行された『マリアの生涯』初版本、『黙示録』ラテン語版の再版本とあわせた三つの版本は、「三つの大きな書物」と呼ばれている。
 本図はショーンガウアーの作品と同様に、キリストがゴルゴタの丘へと歩む場面が描写されており、後にある銅版受難伝と比較しうるものである。
 残念ながら本図は、デューラー没後の刷りである。画面中央から下部にかけて垂直の割れ目が入っているが、これは初版には存在しない。また用いられた紙も、透かしとの照合によって、17世紀後半のアウクスブルクの印刷工房に由来するものであるも分かっている。(K)

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アルブレヒト・デューラー
《十字架を担うキリスト》(『銅版受難伝』より) 1512年
11.6×7.5cm エングレーヴィング 町田市立国際版画美術館 Albrecht Du"rer, The Bearing of the Cross (from "The Engraved Passion"), 1512 11.6×7.5, Engraving, Machida City Museum of Graphic Arts

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アルブレヒト・デューラー
《キリストの鞭打ち》(『銅版受難伝』より) 1512年
11.6×7.4cm エングレーヴィング 町田市立国際版画美術館
Albrecht Du"rer, Flagellation (from "the Engraved Passion"), 1512 11.6×7.4cm, Engraving, Machida City Museum of Graphic Arts

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アルブレヒト・デューラー
《聖バルトロマイ》 1523年 12.2×7.6cm エングレーヴィング
Albrecht Du"rer, St. Bartholomew, 1523, 12.2×7.6cm, Engraving

使徒の身振り、持物である皮剥刀の提示等に、ショーンガウアーの影響が見られるが、彫塑的なドレーパリーと肉体のボリューム、人物の安定感は、デューラーの後期に特徴的なモニュメンタリティを創出している。(S)

〔解説〕
熊澤:(K) 佐藤:(S)