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Ⅱ.意見交換会

2.実技系博士学位の将来像に関する意見交換会1

平成21年度に続き開催された平成22年度の意見交換会は、愛知県立芸術大学、京都市立芸術大学から担当教員の方々に参加いただき、実技系博士学位の将来像をテーマに、各大学の現状について意見を交わした。(開催日:平成22年12月18日)

今回は意見交換会の日程を博士審査展の会期に合わせ、展覧会の様子を見学し、学生の成果を確認、鑑賞する機会を設けた。ここでは意見交換会の概要等について報告する。

討論に先立ち、リサーチセンターが調査主体として実施した、教員対象実技系課程博士学位授与制度に関する調査結果について説明を行った(本調査結果は、平成21年度リサーチセンター活動報告書にて報告している)。次に、本会ではロンドン芸術大学(University of the Arts London)の2009―2010年版研究課程規則“Research Degree Regulations 2009‐2010 (MPhil/PhD)”を参照しながら、ロンドン芸術大学におけるPhD授与システムと意見交換会参加大学の博士学位授与システムとの比較検討を行い、日本における実技系博士学位プログラムの将来像について、討議が進められた。さらに今回、博士課程履修要項を策定中の京都市立芸術大学より参考資料が提示され、博士課程プログラムについてより具体的な論議となり、有意義な意見交換会となった。

今回の討議材料となったロンドン芸術大学の研究課程規則は、日本とイギリスにおける教育システムの根本的な相違はあるが、記載されている項目、定義、プログラム全体の方針に関して、明文化しているという点において、参考となる事例である。また本学が提言しようとしている博士学位プログラムが、ある程度の国際標準を備えた内容を求められる場合においても、一つのベンチマークとして参照することが可能であろう。なお、本意見交換会で参照したロンドン芸術大学研究課程規則は日本語試訳版である。

参考資料:ロンドン芸術大学研究課程規則

本年度意見交換会の討議において参照された、ロンドン芸術大学の研究科規則(以下「規則」)の要訳を、検討された順番を追って掲載する。

○ “Thesis(学位論文等)”の定義

ロンドン芸術大学では、規則 1.2において“Thesis(学位論文等)”を「制作作品がリサーチ・プログラムの重要な位置を占める場合、“Thesis(学位論文等)”は、学位取得申請のために提出された全てを指すものと解釈され、実技作品、そしてあるいはその作品の記録や概要、及び文字による記述を含む」と明記している。

また、学位論文等の著作権、使用言語、要旨作成の規定、行動研究の範囲を明確にすること、提出物の形式など詳細に記載している。規則7.12によれば、論文について、本文以外の脚注、付録、参考文献表を含む文字数を、PhD(Doctor of Philosophy)は10万語相当、MPhil(Master of Philosophy)の場合は6万語相当としている。

○ PhDの定義

PhDについては、「独創的な研究、あるいは他の先進的な研究を通した、新たな知見の創造と解釈を評価し、授与されるものである」(規則1.3)と定義している。さらに続けて「“Thesis(学位論文等)”は、学内外の研究者に公開されるものであり、研究課題の知見と理解に対して貢献するものであること、かつ学生が今後、指導を伴わずに研究を進める能力を有することを証明するものでなければならない。論文は出版または公的な発表の価値のある内容であることが必要である」としている。

○ 学位申請に関する提出条件

規則 5.2 において、学生に対して次の提出を求め、また審査会において、学生は、短い時間ながらプレゼンテーションを行うものとされている(規則5.3)。

  1. ⅰ 提出される“Thesis(学位論文等)”において章を成す、文脈による考察と採用した方法を分析したもの。学生が、最終審査に制作作品を提出する場合、文脈による考察は、実践に基づく考察を含むこととなる。実践に基づく考察は、適切な歴史的、批評、理論的な文脈において、自身の作品の重要性を説明するものであり、そのプロジェクトの制作記録資料を添付する必要がある。
  2. ⅱ リサーチ・プロジェクトの詳細な研究計画、章ごとの要約(実技作品を含む場合、制作記録資料、展示あるいはイベントという観点から、提出時に実技作品がどのような形を取りうるかを示すこと。)
  3. ⅲ 作品の主要テーマの概略を示す要旨。
○ 指導体制について

規則4で教員の指導体制について規定をしている。2~3名の“supervisor(指導教員)”のチームが構成され、内一人のsupervisorが学生にとっての“Director of studies”となる。ロンドン芸術大学の場合、supervisorは学内教員から、二人目のsupervisorも学内、もしくは学外の該当者が任命されることもある。この指導チームに加えて、専門的な知識を提供し、学外諸機関との連携を行うアドバイザーも任命されるとしている。

また、チームの各教員は次の基準を満たすものとしている。

  1. ⅰ 大学の学術分野の教員、正式な高等教育機関もしくは適切な学術的ポジションにある研究グループに属する者とする。
  2. ⅱ 質の高い作品制作または出版活動を行っていること、あるいは学生の研究領域における学位(もしくは、副査の場合は、基礎科目における学位)を有していること。
  3. ⅲ 学生の研究領域のリサーチ指導(もしくは、副査の場合は、基礎科目におけるリサーチ指導)の経験を有しているか、あるいは指導に関する訓練を受けていること。
  4. ⅳ ロンドン芸術大学もしくは他の研究機関に、学位取得のために在籍している者ではないこと。
  5. ⅴ 他の指導教員、学生と親密な個人的あるいは職業上の関係を持たないこと。
○ 審査

学位審査は、学生による“Thesis(学位論文等)”の提出と審査員の予備的な評価、そして口頭試問または承認を受けた代替の方法による学位論文等についての諮問という、2段階に渡って実施される(規則8)。口頭試問は通常、“Thesis(学位論文等)”の正式な提出から3ヶ月以内に行われる。一方、学生が実技制作作品を含む“Thesis(学位論文等)”を提出する場合、審査員は口頭試問前に、展示またはパフォーマンスを見ることとしている(規則8.2)。

○ 審査員

学位申請者は、外部審査員と学内審査員各1名ずつ、もしくは外部審査員2名によって審査を受ける(規則9.1)。各審査員は、指導教員や他の審査会委員、そして申請者と親密かつ個人的な、あるいは契約に基づく関係を持たないこととしている(規則9.2、9.3)。また外部審査員についても細かく規定しているが、該当する研究領域における実績を優先させており、必ずしも学位取得者であることを条件づけてはいない。

以上

(平成22年度活動報告書)