リサーチ活動

Ⅳ.海外実技系博士プログラムに関する調査

1.海外実技系大学院博士学位授与システムに関わる基本調査1

安藤 美奈

リサーチセンターでは、平成21年度より国内の実技系大学院の博士学位授与システムに関する調査研究を進めると同時に、海外の美術分野実技系大学院博士学位授与システムに関する基本調査に着手した。平成21年度年度実施した調査は、VCA(オーストラリア メルボルン大学ヴィクトリアン・カレッジ・オブ・アーツ)の訪問調査と、もう一つは、北米、ヨーロッパ、アジア、オセアニアの4つの地域の美術分野大学院における実技系領域の現況調査である。

ここに報告する調査結果は、各教育機関のウェブ・サイトで公開されている情報を収集し、地域ごとに整理、傾向を検討した。本調査の結果、海外においては実技系教育機関の高等教育プログラムは修士学位の取得コースまでとする機関が多く、増加傾向がうかがわれるとは言え、博士学位取得のためのプログラムを開設している機関は少ないことが明らかになった。

博士課程を設置する海外実技系大学院:地域・国別概要

本調査は、各教育機関のウェブ・サイトにおける情報公開の状況を検討し、調査対象となる地域を北米、ヨーロッパ、アジア、オセアニアの4つの地域とした。次に美術分野実技系領域の博士課程を有する教育機関をリストアップし、さらにその教育プログラムにおいて、博士学位の申請が可能か否かを調査したものである。各情報は、前述の通り各教育機関のウェブ・サイトで公開されている情報に基づいたものである(平成22年3月現在)。以下に地域別の概要を報告する。国名に続く( )内の数字は、美術史専攻やパフォーマンス専攻のみの機関、オンライン・プログラムを除いた上で、平成22年現在で確認された教育機関数である。

1.北米:アメリカ(3)、カナダ(3)

北米地域は、美術史や美術教育などの学科系領域については、規模の大きい教育機関に博士課程が設置されている場合が多い。そしてこうした学科系の課程を有する教育機関の多くが、実技系の学部、大学院の課程も設置している。しかしながら、そのプログラムの多くは修士課程までであり、制作を含む美術分野の実技系博士課程は少ないと言えよう。また建築については美術系の一領域としてではなく、多くが建築として独立した学部・学科の中で博士課程を設置している。

2.ヨーロッパ:イギリス(27)

北米とは対照的に、イギリスではPhDを取得可能な実技系博士課程を設置している教育機関が多い。また多くの場合、博士学位審査の対象として、博士論文または、論文と作品の「博士論文(Dissertation)」として組み合わせて提出することが求められる。教育機関によって異なるが、平均的な博士論文の単語数は、1万~6万語とされている。

1999年から2000年にかけて、イギリスの美術とデザインのコースを提供する教育機関が、英国高等教育機関の教育評価担当機関である、高等教育質保証機構(QAA: Quality Assurance Agency for Higher Education)による監査を受け、その大半がコースの見直し、改定を行っていることは注目されよう。

3.ヨーロッパ:フランス

フランスは、ウェブ・サイトベースでは、実技系博士学位についての情報収集が困難であった。その背景として、フランスにはDNAP(Diplome national d'arts plastiques)とDNSEP (Diplome national superieur d'expression plastique)という学位があり、これらを一般的な修士号と同等とみなし、高等教育機関における教育職資格と考えていることが挙げられる。結果としてこうした学位を申請できる課程を有した教育機関が多いのではないかと考えられる。

4.ヨーロッパ:オーストリア(2)

PhDの設置を明記している大学はいくつかみられるが、美術史、保存修復、美術教育などの学科系が中心であり、実技系は主にニューメディアやデザイン系などである。

5.ヨーロッパ:ルーマニア(1)

The University of Art and Design Cluj-Napoca がプログラムを有しており、PhDの取得条件として、作品の公開プレゼンテーションと論文提出を求めている。

6.ヨーロッパ:フィンランド(3)、スウェーデン(5)、ノルウェー(2)、デンマーク(1)

ヨーロッパの他の地域に比べ、これら北欧の教育機関では、実技系のPhDプログラムに関する情報をウェブ・サイトで多く公開している。しかしながらそうしたプログラムが、実際に実技系のためのものであるのか、どのように運用しているかは、公開されている情報だけでは推測にも不十分である。

7.ヨーロッパ:エストニア(1)

Estonian Academy of Artsがリストアップされるが、詳細は不明。

8.アジア:中国(2)

アジア地域では、公立、私立の美術系大学が各国に2~3校以上設置されている。その中で修士課程を設置している大学は多いが、ウェブ・サイトの情報では、博士課程を設置している教育機関は限られており、プログラムの詳細は不明である。

9.アジア:マレーシア(1)

Univesiti Pendidilkan Sultan Idrisの博士課程では、修士課程のコース(美術教育、美術史、文化研究、ビジュアル・コミュニケーション、デザイン、工芸品)をほぼ引き継いでいるものの、実際に実技系であるかは不明である。

10.アジア:トルコ(1)

Anadolu Universityでは修士課程を終えてから、博士課程に在籍可能で、学位申請には、論文執筆、口頭試問が課せられており、専攻によっては展覧会での作品展示が求められている。

11.オセアニア:オーストラリア(14)、ニュージーランド(4)

この2カ国は、他地域と比較しても非常に多くの教育機関において、美術分野の実技系PhDの取得プログラムに関する情報がウェブ・サイトで公開されている。本年度訪問調査を実施したVCAのように規模の大きい機関では、プログラムに関する詳細なハンドブックを公開している。

以上

(平成21年度活動報告書)