リサーチ活動

Ⅱ.学内調査

3.教員対象実技系課程博士学位授与制度に関する調査

安藤 美奈

東京藝術大学大学院美術研究科教員に対し、実技系課程博士学位授与制度に関するアンケート調査を行った。以下に集計結果の概要を報告する。

本調査は、進学する学生像、申請スケジュール、評価及び審査体制など、博士課程全般にわたる基本的な諸事項についての質問を中心とした調査である。調査結果は、美術研究科教員が実技系の博士課程について、現在どのように考えているのかを示唆するものとなっている。この調査結果を基に、今後は研究領域毎に、あるいは実技系・学科系というカテゴリーで、教員に対してより詳細かつ横断的な調査を進め、実技系博士課程の学位授与システムの構築に向けての検討を深めていくことが求められる。

調査概要:
博士学位授与制度に関する現場の指導教員の意識、実態を把握し、将来的な制度の検討の基礎とすることを目的とする。美術学部教務係より調査票を対象者に配布し、記入済みの用紙を同係に提出。
調査実施期:
平成21年10月
調査主体:
美術研究科リサーチセンター
調査対象:
美術研究科全常勤教員(助教を除く)
調査票回収:
調査票配布数 教授52、准教授35、講師3 計90票
調査票回収数 教授29、准教授18、講師0 計47票
調査票回収率:
52.2%
Ⅰ.属性

本調査結果の比較検討のため、回答者の属性のうち研究領域を、「実技系」(日本画、油画、彫刻、工芸、デザイン、建築、先端芸術表現、美術教育、保存修復)「学科系」(美学・美術史、美術解剖学、保存科学)の2つの系統に分類した。「実技系」「学科系」の分類は、審査対象として「作品と論文」を選択する場合があるか、あるいは「論文」のみであるかを基準としている。

  教授 准教授
実技系 25 15 40
学科系 4 3 7
29 18 47

回答47名中、41名(87.2%)が最終年次の指導教員としての経験が「ある」と答えている。「ある」と回答した41名の教員のうち、約半数は主査の経験を持ち、34名が副査を経験している。また論文第一副査の経験があると回答した9名については、学科系の教員を中心に、実技系に分類した建築、美術教育などの領域の教員という構成となっている。

Ⅱ.博士課程全般について
実技系大学院博士課程の必要性

回答者47名中、41名が「必要である」と答えている。

必要性である理由:重要度の高いもの上位3つについて

実技系大学院に博士課程が必要であると答えた41名の中で、博士課程が「最も重要である」とする理由として、「大学院教育の一課程として必要」という答えが、最も多く選択された(15、36.6%)。「2番目に重要」であるとする理由には、「研究者の養成をするために必要」が、最も多く選ばれた(n=39、11、28.2%)。また学科系の回答において、「大学教員養成のために必要」を選択した割合が多く、実技系と異なった傾向が見られた。

実技系大学院博士課程の必要性についての本学教員の認識傾向には、「大学院教育の一課程」、「実技系大学院の存在意義を高める」という制度としての必要性、次に「研究者の養成」、「実技系博士学位取得者を輩出するという社会への貢献」といった、人材育成・社会貢献のため、という二つの側面が認められる。

理想的な実技系博士課程とは

研究領域により実技制作と理論的研究のバランスにおいて意見が分かれるが、実技制作を研究主体としても、創作の裏付け、思考の言語化を助ける歴史的、理論的研究の必要性を認識している意見が多く、学科系にこの傾向が強くうかがわれる。一方で「論文」という審査対象については、実技系で「論文の必要はない」という意見を筆頭に、論文の比重を低くするべき等、創作をより重視する傾向が強いことが特徴的であった。

博士課程の学生を担当することの負担

全体として、論文指導の負担が大きいという意見が多数を占めたが、実技系においては、むしろ研究の領域の多様化に伴い、実技指導と論文指導の両方に相応の時間が割かれるなどの意見が見られた。論文第一副査を担当する場合が多い学科系においては、同時に複数の論文に対峙し、論文のレベルを上げるために多くの時間を割くことになる点において、負担であるとする意見が多かったことは、実技系大学院の抱える一つの問題を表しているといえる。このように「論文」に対する実技系と学科系の関わり方、考え方の違いが表れている。

Ⅲ.博士課程に進学する学生のイメージ
実技系博士課程への入学選考において重視する点

博士課程への入学選考におけて重視する点について、回答46名中、32名が「創作面における能力・将来性」を「最も重視する」としている。学科系においては「論文執筆における能力・将来性」が、実技系と比較してより重視されている傾向が見受けられた。

Ⅳ.現行の論文指導体制について
Ⅳ-1. 実技系の論文指導の頻度

東京藝術大学の修士課程では修了の要件として論文は課せられていない。このため多くの本学の実技系学生は、「論文」を執筆する機会を持たずに博士課程に進学している。リサーチセンターでは、博士課程1年次と2年次を対象に論文執筆の技術に関する講座を開設し、最終年次では個別の論文執筆サポートを行っているが、これらの活動は、論文執筆のための基礎的な技術の範囲に限定しており、論文のテーマ、内容の指導・評価については、指導教員が行うことになっている。

自らの考えを作品ではなく、文章として表現することに抵抗がない場合を除き、考えを整理し言語化する作業は、時間と慣れを要するものであり、こうした点は、平成20年度のリサーチセンター・スタッフの報告にも明らかである。

論文指導の第一段階として、論文のテーマや内容について、博士課程のどの段階から指導しているか、その頻度をたずねたこの設問では、「一年次から定期的に月一回」が最も多く、「一年次は年に数回で、次第に増やしていく」という回答が二番目に多い結果となった。この段階の頻度に関しては、実技系・学科系での差は見られなかった。

実技系博士課程最終年次の論文指導の平均頻度

「月1回程度」が最も多かったが、「月2~3回程度」との差は少なく、最終学年次の始まる4月から8月末の論文提出までの5ヶ月間に、少なくとも「月1回程度」は論文指導を行っているという結果となった。

博士の学位本申請前の論文進捗状況の発表機会

調査結果からは、実技系の半数以上の研究領域で2年次において、博士論文の進捗状況や、本申請のための検討・審査を中間発表として行っている。発表は多くの場合、主査、副査を前に、あるいは研究領域の全教員、修士・博士課程在籍者に対して、口頭発表という形式をとっている。また関連学会への投稿や発表を推奨している研究領域もある。

学位本申請受理から論文提出(8月末)の間に、学生が論文の進捗状況を発表する機会の有無

本申請受理以後、論文提出の間にある発表機会は、研究領域の全教員や在籍学生などを含めた発表会ではなく、本申請前に行われる発表に比べると小規模の、主に主査・副査を中心とした進捗状況の確認と、実際の論文審査の前段階と位置付けていると考えられる。

リサーチセンターの利用の有無

利用の有無の回答はすべて実技系で、論文指導の必要性からリサーチセンターの利用を申請している。

実技系博士論文指導の担当について

「論文担当第一副査(主に学科系教員)」とする回答が回答45名中20名(44.4%)、「主査教員(実技系教員)」とする回答が18名(40.0%)となっており、同数に近い結果であった。「論文副査」「主査教員」という回答の、実技系・学科系の割合は、ほぼ同数であり、実技系・学科系という研究領域の違いによる、回答の差は特にないと考えられる。

留学生に対する入学基準の必要性

大学として実技系留学生に対する、ある一定の入学基準(例:日本語検定などの日本語の力を証明するもの)が「必要である」とする回答が、77.3%にのぼっている。リサーチセンターが実施している国内実技系大学院の調査結果では、日本語力に関して一定の基準を設けている大学院もあり、今後は、入学基準の必要性から、そしてコミュニケーションをとれる言語、日本語での論文執筆の可否など、具体的にどのような入学基準を設けるかを検討していく必要があるだろう。

また、日本語を母国語としない留学生に対する、大学としての論文執筆に関わる特別な支援(例:日本語学習、翻訳など)の必要性については、「必要である(37、84.1%)」とした回答が「必要ではない(7、15.9%)」を大きく上回っている。一方で、論文執筆の支援は必要であるとする回答が多い中で、実際に支援をしているかをたずねた設問10-1では、「している(15、51.7%)」「してない:(14、48.3%)」はほぼ同数の回答であった。

論文執筆に関して支援を行っているとした回答中、全員が「執筆した論文を校正している」と答えている。論文執筆に必要な資料の検索など準備段階の支援よりも、論文を書き始めた段階での校正などの支援が多いことが注目される。

現在のところ、学位申請のために提出する論文の言語は日本語である。リサーチセンターを利用する学生へのアンケート結果によれば、論文執筆にあたって留学生が最も懸念することは、日本語で論文を書くことができるかどうか、ということであることが明らかになっている。実技系特有の言い回し、専門用語などの翻訳は、繊細で困難な作業であり、留学生の日本語読解力のレベルにより、校正にかかる時間も格段に違うことになる。留学生に対する支援についても、入学基準と共に検討されることが望まれよう。

現行の論文指導体制に対する意見

これまでの設問への回答で見られたように、論文担当第一副査への負担集中について言及する意見が多く、状況の改善を求める意見が寄せられた。またリサーチセンターとの連携による指導体制や留学生の論文執筆に関わるサポートなどの要望も見受けられた。

Ⅴ.学位申請の資格審査(予備申請・本申請)について
現在の予備申請・本申請の方式について

「適切(34、82.9%)」「ほぼ適切(6、14.6%)」であるとした回答が97%以上となっており、資格審査の方式に関しては、現行方式での合意がとれていると考えられる。

学位申請の資格を承認する場合に重視する点上位3つ

重視する点として、順番に「創作面における能力」、「創作面における実績」、「理論面における能力」が選択され、結果には実技系、学科系での大きな相違は見られなかった。

この重視する点が、どのように資格承認に反映されているのか検証することも、実技系博士学位申請のシステムを検討するにあたっては、有効な検証方法となるであろう。

内規として合意された条件の有無

各研究領域、各研究室において、合意され提示されるような条件があるかを質問したところ、ほとんどの領域でないと回答している。また、条件がある場合でも、それが明文化されているのも3分の1程度にとどまっている。

Ⅵ.評価及び最終審査について
博士制作(作品)評価で重視する点上位2つ

作品を評価する際に重視する点について、最も重視する点については、順番に作品の「独創性」、「作家としての将来性」が挙げられた。2番目に重視する点について、「作家としての将来性」と作品の「高度な技術」がほぼ同数にのぼった。

博士論文評価で重視する点上位2つ

論文の評価の場合も、内容の「独創性」が最も重視される点に挙げられた。2番目に重視する点については、「創作活動に役立つ研究であるかどうか」、「論理的に一貫性があるかどうか」が選ばれており、客観的な視点に立つ傾向が見られた。

実技系博士課程にふさわしい論文

「独創性」が求められる実技系の博士論文としては、「自己の創作の背景を説明する論文」、「作家としての思想を表現する論文」がふさわしいとされ、作家自身による作品解説、自己分析が求められる傾向があると言えよう。また「作品と論文」を審査する上では、両者が補完的な傾向を持つことが期待されているとも考えられる。

実技系の博士論文の分量

実技系の博士論文の分量については、「内容が優れていれば分量は少なくてもよい」とする回答が最も多い結果となっている。内容の優劣と論文の分量に相関関係を求めることは難しいが、論文における優れた内容とは、創作や思想を他者に明確に伝える言語表現の技術を伴うものであると考えられる。本学の場合、現在のところ博士課程に進むまでの段階において、実技系の学生が論文を書く機会が少なく、こうした論文作成の技術を有するケースは少ないと言えよう。この調査結果は、論文執筆による作品制作への負担を軽減する可能性を模索しているとも考えられるが、作品制作への負担を軽減するという点に関しては、論文の分量だけでなく、論文提出時期など他の方法も検討することも必要であろう。

作品と論文の評価上の適切なウェイト配分

作品と論文の評価上のウェイト配分については、「作品を重視する」という意見が最も多く、その配分は、作品:論文=「7:3」とする意見が回答数の約3割を占めた。「8:2」という意見もあったが、作品を重視するという前提に立ちながら、極端な偏りを持たせることはせず、バランスをとる傾向が見受けられた。

審査委員会構成員における学科系の教員の必要性

論文の内容によって、学科系の教員の必要性を決定するという消極的な傾向がうかがわれる一方で、必ず入れるべきという積極的な意見も同数近くあった。

審査委員会構成員における学外の教員または専門家の必要性

審査の透明性を増すために導入すべきという積極的な意見と、研究内容によって導入すべきという消極的な意見がほぼ同数となった。客観性の担保は、審査や評価において重要な点でもあることから、学外審査委員については今後も検討が必要であろう。

実技系の博士論文、博士制作(作品)の評価としては、現時点では合否による評価が適しているという意見が多くを占めている。また、審査委員会による総合評価に関しては、合議制という現行の評価が支持されている。

意見、改善点

評価方法、基準など審査に関わる意見が寄せられたが、個別の改善点の指摘が多く、全学的な見地からの具体的な意見が求められる。

(平成21年度活動報告書)