リサーチ活動

Ⅱ.学内調査

4.博士学位取得後の活動状況調査

安藤 美奈

調査概要
1.調査背景

美術研究科リサーチセンターでは、平成20年度より博士学位授与プロセス等に関する調査研究を開始し、活動4年目を迎える今年度、博士学位取得後の活動状況の把握を一つの課題として調査を進めている。この課題研究の一環として、過去5年(平成18年度~平成22年度)の東京藝術大学における博士学位取得者を対象として、学位取得後の現在の活動状況を把握するための調査を下記概要にて実施した。

2.調査概要
調査主体:
東京藝術大学大学院美術研究科リサーチセンター
調査対象:
平成18年度~平成22年度 博士学位取得者 176名
調査期間:
平成23年6月~10月
調査方法:
記入式調査票(日英表記)を対象者に所属研究室を通して配布し、回収。
  • 研究室より配布した調査票を、電子メールまたは郵送により回収した。
  • 対象者の連絡先が不明な場合は、研究室もしくは指導教員が把握している活動状況を記入し、提出してもらうよう依頼した。
3.質問内容
  1. ① 属性:氏名、国籍、専攻領域、修了年月日
  2. ② 活動状況:
    • a. 活動拠点
    • b. 現在の活動状況(複数選択)
    • c. アーティスト活動を継続
    • d. 大学等の高等教育機関に就職
    • e. その他の教育機関に就職
    • f. 民間企業、公共団体等に就職
    • g. 博士学位取得前の職業に復帰
    • h. 求職活動中
  3. ③ 現在の所属先(任意)
  4. ④ 雇用形態(常勤/非常勤)
  5. ⑤ 博士学位取得後に受賞した賞、助成金等

以上

調査結果
1.配布数と回収状況

今回調査対象となった過去5年間の美術研究科における博士学位取得者176名に対し、各研究室を通じ調査票を配布、回収された調査票は88票、回収率は50.0%であった。対象留学生は41名であったが、このうち10票回収した。(表1、平成23年10月現在)

また、結果集計にあたり、博士学位審査対象を基準に研究領域を3つに分類し、集計・比較を行った。(表2)

審査対象別と共に、学位取得年によって回収状況を集計すると、表3のような結果となった。配布数、回収票の構成比は、審査対象別で③「論文のみ」の回収率が多少高かったことを示すものの、学位取得年別についても、それぞれ50%程度の回収率になっている。

表1 調査票配布と回収結果

  配布 提出済み 未提出 提出状況
日本画 21 17 4 81.0%
油画 22 14 8 63.6%
版画 4 0 0 0.0%
壁画 2 0 2 0.0%
技法材料 4 1 3 25.0%
彫刻 10 1 9 10.0%
彫金 2 1 1 50.0%
鍛金 1 1 0 100.0%
漆芸 5 0 5 0.0%
陶芸 6 4 2 66.7%
染織 2 0 2 0.0%
木工芸 2 2 0 100.0%
ガラス造形 1 1 0 100.0%
デザイン 9 1 8 11.1%
建築 4 1 3 25.0%
先端芸術表現 14 2 12 14.3%
芸術学 13 11 2 84.6%
美術教育 12 6 6 50.0%
美術解剖 4 3 1 75.0%
保存 日本画 13 8 5 61.5%
保存 油画 5 5 0 100.0%
保存 彫刻 6 4 2 66.7%
保存 工芸 7 1 6 14.3%
保存 建造物 2 1 1 50.0%
保存科学 5 3 2 60.0%
  176 88 88  
回収率 50.0%      

表2 研究領域の分類

審査対象 研究領域
①「作品と論文」 日本画、油画、版画、壁画、技法材料、彫刻、彫金、鍛金、漆芸、陶芸、染織、木工芸、ガラス造形、デザイン、美術教育
②「作品と論文」または
「論文」のみを選択
建築設計、環境設計、構造計画、建築理論、先端芸術表現、保存修復
※今回の調査集計において、「建築理論」は②分類として集計している。
③「論文」のみ 美学、日本東洋美術史、西洋美術史、工芸史、美術解剖学、保存科学

表3 審査対象/学位取得年月 回収状況 ※( )内の数字は配布数

審査対象別/
学位取得年月
2007年
3月
2008年
3月
2009年
3月
2010年
3月
2011年
3月
合計
①「作品と論文」 7(18) 8(22) 8(20) 12(21) 14(22) 49(103)
②「作品と論文」または
「論文」のみを選択
5(11) 4(7) 5(8) 2(8) 6(17) 22(51)
③「論文」のみ 2(2) 4(4) 2(2) 4(7) 5(7) 17(22)
合計 14 16 15 18 25 88(176)
2.調査結果からみた傾向

集計結果から、次のようにいくつかの全体的な傾向が見受けられた。まず、博士学位取得後、全体の80%以上の学位取得者が、国内を拠点として活動している。海外を拠点としているという回答には、留学生が帰国している場合が多いため、それら留学生を除くとわずか数名にとどまり、海外を拠点としての活動は少ないと言える。

学位取得後の活動状況を見ると、全体としては半数以上の約64%が「アーティスト活動を継続」としている。審査対象別に活動状況を見ると、①「作品と論文」に分類された回答者の約84%が、現在の活動状況について「アーティスト活動を継続」としている。「アーティスト活動を継続」という回答に焦点を絞り、回答を審査対象別に割合を見ると、当然ながら①「作品と論文」に分類される実技系の学位取得者が約73%を占め、②「作品と論文または論文のみを選択」に分類された回答者と合わせると約76%となっている。また同じ問いの選択肢から、「大学等高等教育機関への就職」を見てみると、全体の半数以上の約53%が大学などの教育機関に就職していることが分かった。これを審査対象別にみると、①「作品と論文」が約45%、②「作品と論文または論文のみを選択」が約64%、③「論文のみ」は65%程度という割合となり、審査対象別にみると、学科系の領域の方に大学などの教育機関に就職している割合が多い傾向が見られた。ここで所属先の雇用形態に着目してみる。何らかの職に就いている、雇用されているという回答の中で、「常勤」あるいは「非常勤」という就業条件で比較すると、「常勤」は20%にとどまり、80%は「非常勤」であった。これは「大学等高等教育機関への就職」という条件で見ても、「常勤」が少なく、ほとんどが「非常勤」であるという傾向に変わりはない。

同様に「大学等高等教育機関への就職」をしたという回答を、「常勤」/「非常勤」と審査対象別の条件で見ても、実技系、学科系の区別なく、「常勤」職での就職の機会は厳しい状況にあると言える。

さらに「大学等高等教育機関への就職」をしたという回答を、「常勤」/「非常勤」と学位取得年別の条件、そして本学に在職しているか否かという条件で見てみよう。2011年3月取得者については、直近であったため回収票も多かったが、本調査で対象とした5年間で比較すると、大学等への就職傾向は増加傾向にあるといえる。そして学位取得年が最近であるほど、「非常勤」職である傾向が見られる。大学等に就職した者のうち、本学で職を得た者は半数を超え60%近くにのぼるが、本学での就業機会においては、90%以上が「非常勤」職である。実際、ほとんどの者が「非常勤」職である教育研究助手として雇用されている。また本学では教育研究助手の任期は3年程となっている。これは2007年3月学位取得者の大学等への就職数及び「非常勤」数が他の年度と比べて少ないこと、2008年3月学位取得者の「非常勤」数も少なくなっていることの要因と考えられる可能性がある。また同様に2007年3月、2008年3月学位取得者の「常勤」数が一定数あることは、「非常勤」が少なくなった反面、「非常勤」から「常勤」のポジションに移ることができたとも考えられる。「常勤」あるいは「非常勤」という雇用形態を含め、学位取得後3年経過した時点での雇用状況の把握は、一つの指標となるだろう。

博士取得後の研究活動の実績として、何らかの賞や助成金などの獲得状況を自由回答形式でたずねたところ、回収票のうち25%程度から回答があり、審査対象別では、①「作品と論文」のカテゴリーで若干回答が多い結果となった。学位取得年別では特に大きな傾向は見られなかった。参考までに専攻領域で見ると、審査対象が③「論文」のみの学科系である芸術学と、②「作品と論文」または「論文」のみを選択する保存修復からの回答が多く見られた。

3.今後にむけて

実技系の博士課程修了者、実技系博士学位取得者はアーティスト活動を継続しているのか、実技系博士学位取得者は、高等教育における研究者として貢献しているのか、といった問いに対して、今回の調査でゆるやかではあるが、答えを見せることができたといえよう。また実技系博士学位で博士課程の教育成果の検証・改善、実技系博士学位の社会的意義、貢献、キャリア・サポートなどの観点からも、学位取得者の活動状況の情報収集、分析は重要であることがあらためて認識されよう。

ただし文部科学省においても、大学・大学院教育に関する調査として、博士課程修了者の進路実態調査を実施しているが、博士課程修了者の進路動向を把握するのは困難であるとしている。博士課程修了者、学位取得者を輩出する各大学においても、彼らの進路情報を必ずしも十分に把握しているとは言えない。参照した文部科学省の資料でも、人文・社会科学分野の修了者、博士課程修了後数年経過した者の動向は「不明」となる割合が高くなっている。本調査の調査票回収率を見ても動向把握は難しいと言える。

海外では、博士学位取得者を社会において活用していくための基礎として、進路情報を継続的に正確に把握するよう努めている。例えば、アメリカでは、毎年全米科学財団(NSF)を中心に “Survey of Earned Doctorates”(博士課程修了直後の進路動向分析(全数調査))を実施している。学位授与機関では、調査の担当窓口を設置し、その様々な工夫によって回答率は90%を超えるという。イギリスでは、高等教育局(HESA)が“Destinations of Leavers from Higher Education (DLHE) Early Survey”という調査を実施、イギリスに居住する博士学位取得者の回答率も60%を超えるという。イギリスでもアメリカと同様に、大学は卒業生、修了生を管理する部署を有し、調査などに対する責任を明確にしている。韓国においても、教育科学技術部(MEST)等が「理工系人材の育成・活用と待遇等に関する実態調査」を実施し、効率的な人材の育成、支援政策のための基礎資料としている。このように海外では調査を国家レベル、行政レベルが主導して行っているが、各国教育機関では、単に教育成果の検証、改善、あるいはキャリア・サポートのためだけに調査の実施や、進路情報の収集・管理に積極的なのではない。これら以外の大きな目的の一つは、寄付金の募集等ファンド・レイジングである。

今回の調査結果に表れたように、本学では特に教育研究助手などのような任期付きの非常勤職に見られるように、博士学位取得後一定期間は、博士学位取得者の就職状況、雇用形態が変わりやすい状況にある。また実技系の特徴として、常勤/非常勤を問わず、研究者、教員として特定の機関に所属することなく、アーティスト活動を継続する場合も多い。こうした把握が難しい学位取得者の活動状況の情報収集をはじめ、学位取得者の追跡調査を継続的に、そしてより効果的に実施するための、仕組み、体制を整備する必要性があるだろう。

参考資料:

文部科学省高等教育局平成22 年度先導的大学改革推進委託事業「博士課程修了者の進路実態に関する調査研究報告書」株式会社日本総合研究所、平成23年3月

第3期科学技術基本計画のフォローアップに係る調査研究「大学・大学院の教育に関する調査」プロジェクト第2部我が国の博士課程修了者の進路動向調査報告書 2009年3月 文部科学省 科学技術政策研究所

(平成23年度活動報告書)