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サポート活動

Ⅰ.サポート活動

1.博士論文の個別サポート

中村 美亜

音楽研究科リサーチセンターでは、平成20~24年度の5年の間に、65人の博士学生に対する博士研究支援に関わり、34人の博士論文提出者を個別にサポートした。サポートは原則、対面での1対1の実習形式であったが、必要に応じて電子メールやインターネットのテレビ電話サービスを用いて指導をおこなった。

リサーチセンターのサポートは、あくまで学生の要望に応じて提供されるものであり、必須ではない。しかし、現実には、わずかな例外を除き、ほとんどの博士学生がリサーチセンターの論文作成サポートを活用していた。1~2年生の利用は、年度初めや指導教員会議直前などに限られることが多かったが、論文提出年次の学生は、ほぼ定期的にサポートを活用していた。ただし、利用頻度や時間数は、個々の学生によって著しく異なった。

リサーチセンターで論文サポートを開始するにあたっては、以下の基本方針が確認された。

  1. 執筆内容については、あくまで執筆者本人が責任をもつこととし、スタッフは執筆者の話を聞きながら、論文を仕上げるためのサポートに徹する。
  2. 学生が主体的にリサーチセンターと関わるという原則を維持するため、スタッフは指導教員と直接のやりとりをしない(指導教員への報告は、原則各期末の書面通知のみ)。

論文はあくまで執筆者自身のものなので、スタッフが文章そのものを書いたり、本人を介せずに指導教員との間で論文内容についての決定をくだしたりしないのは、サポートの大前提である。しかし、文章の「てにをは」修正や、書式を整えることがサポートの中心課題であったかと言えば、そうではなかった。サポーターの主な役割は、学生の話をよく聞きながら、次のことをおこなうことだった。

  1. 執筆者が論文で「言いたいこと」を明確に意識できるよう導くこと。
  2. その「言いたいこと」を伝えるための研究アプローチを見いだす手伝いをすること。
  3. 「言いたいこと」がうまく表現されるための構成や言語表現を提案すること。

これらに関する詳細は、本書第5章の「シンポジウム報告」に掲載された筆者の発表を参照されたい。

以下は、音楽研究科リサーチセンターのサポーターにおこなった記述式アンケート(5年のサポートを振り返って考えたこと)の結果を集約したものである。

サポートの基本姿勢

実技専攻の博士学生のサポートでは、研究手法や論文執筆のテクニックを教えることよりも、本人の中から問いを引き出し、それをうまく言語化する方法を提案することの方が大切だと感じた。本人の話をよく聴き、対話を通して、その問いにどのような芸術上・学問上の意義があるか、またどのようにすれば学術論文の形で提示できるのかを一緒に考えることが必要不可欠である。また、実技専攻の学生は、しばしば研究に対する「思い込み」や「コンプレックス」を抱えている。サポートを通じて、それらを払拭することができれば、自信を持って執筆するようになる。

先行研究

実技専攻の博士研究においては、先行研究を調べ、確認するという作業が、研究への導入ステップとなることは少ない。むしろ、最初は自分の中にある経験知・身体知を見つめなおし、そこから「言いたいこと」を言葉で抽出する作業が大切となる。いったん「言いたいこと」が言語化されると、その問題を掘り下げて考えてみたり、その妥当性を判断したり、客観視する際に、先行研究の情報が役立ってくる。基本情報をつかむ上で先行研究が役立つことは言うまでもないものの、そこに必ずしも網羅性を求めない方がスムーズな研究が望める。

実践と言語化

実践の中で感じていることを言語に置き換えようとする際には、個々人独特の言葉が用いられることが多い。それを他者にも伝わる、より客観的な言語表現にすることできるかどうかが肝心だ。一方、いったん言葉を当てはめてしまうと、感じていたことよりも、その言葉の方が強くなり、論理が独り歩きしてしまうこともままある。文章化したものが、ほんとうに自分の言いたかったことなのか、サポートでの対話を通じて検証していくことが重要である。

サポートの可能性と限界
  • 研究のテーマも方法も明確になっている場合…
    テーマに沿ってサポートを組み立てていくことができるので、サポートはおこないやすい。研究の初期の段階であれば、テーマに沿った研究をしてくために、どういうアプローチが可能なのかを積極的に提案することができる。
  • 研究のテーマはある程度定まっているが、方法が明確でない場合…
    サポーターの側が、「演奏実践(あるいは作曲実践)に基づく研究」に関する具体像をもつことができれば、選択肢を具体的に提示することができる。しかし、それがない場合は、サポートが困難である。
  • 研究のテーマも方法も曖昧な場合…
    博士課程に入学してすぐであれば、博士リサイタルでの取り組みなどとも絡めながら、研究の方向性を検討することができる。ただし、提出間際でのサポートは、ほぼ不可能。
研究ツールの活用

研究に必要な資料調査の方法について、学生は一方的に話を聞かされても理解することができない。一つ一つ実際に作業をおこないながら伝えることが重要である。
 また、コンピュータ(主にマイクロソフトのWord)の使い方を知らないために、時間を浪費する学生も多い。基本的な使い方を実習しながら身につけるのが効果的である。

今後同様の試みをおこなう際の課題

リサーチセンターでは、これまで指導教員や副指導教員とのコンタクトは積極的におこなってこなかったが、より効率的な支援をおこなうためには、連携も視野に入れる必要がある。学生も交えた三者面談など、試行してはどうか。

これまでサポート時間について制限を設けてこなかったが、サポートの質をあげるためには、制限時間を設けることも検討すべきだろう。

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