サポート活動

Ⅰ.サポート活動

2.ワークショップ活動の取り組み1

森田 都紀

音楽研究科リサーチセンターのサポート活動は、学生と特別研究員(以下、スタッフ)との間で行われる個別サポートを中心に進められてきた。その一方で、年1~2回の全体説明会や、博士論文提出予定学生による論文中間発表会、学生どうしの繋がりを重視した情報交換会、数名の学生が「ゼミ形式」で研究内容について意見交換する場などの、ワークショップ活動も積極的に行ってきた。ここでは、これまでのワークショップ関連事業の概略をまとめ、総括する。

実技系博士課程の学生は、他の博士課程の学生とは違って、研究内容について指導教員以外の人物から客観的な指摘を受け、それに応じるという場が日常的に設けられていない。ともすると、他者と交わらずに孤独に研究活動を送ることになりかねない。こうした状況に鑑みて、リサーチセンターでは博士課程における研究活動をできるだけ「開かれた」環境にするため、実技系博士課程に在籍している学生の論文執筆作業に様々なワークショップを取り入れた。

まず、(1)入学したばかりの新入生を中心に「情報交換会」(前名「説明会」)を開催した。リサーチセンターのスタッフや他学生との交流を積極的に促すことで論文執筆への不安を和らげる一助とした。そして、実際に論文を提出した学生をゲストに招き、彼らの話を聞くことによって、論文執筆過程で悩み苦しんだことや、研究を行う難しさ、演奏実技を両立することの苦しさなどを共有する場をつくった。この企画によっては、学生どうしが横の繋がりを深め、学生の間で自然と研究活動の話がなされる環境づくりに一役を担ったと考える。

続いて、(2)「研究交流会」(前名「論文中間発表会と懇親会」)を7月に開催し、博士論文提出予定者を中心に研究内容を発表し、フロアから意見や感想をもらう場を提示した。発表者は事前に作成したレジュメをもとに、論文の概要や章構成、問題点などについて報告した。発表者のほとんどが自分の研究内容を他者に初めて話す機会となり、公の場で意見交換させる大変有意義な場となった。そして、発表者にとって「研究交流会」での意見交換は思考の整理に役立ち、その後の夏休みを提出に向けて有効に使えたようである。一方、フロアの学生にとっても他の学生の研究内容を具体的に知る初めての機会であったようだ。提出を控えた先輩の姿に来年あるいは再来年の自分の姿を重ねる機会ともなったはずであり、示唆されるところが大きかったことだろう。

実技系博士課程の学生には、研究内容を公の場で発表したり、学外に発信したりする機会がほとんどないのが現状である。しかし一方で、研究内容を演奏実技を絡めながら発表するレクチャー・コンサートのような場に対する学生の関心は高く(2009年度アンケートより)、音楽実践を言語化し社会へ発信するための十分な力を養うことがますます重要になっている。実技系の学生が今後、言語をともなった形で音楽実践の社会発信を積極的に担うためにも、「研究交流会」のような「音楽実践について語る」訓練の場を提供する重要性を再認識させられた。同時に、「音楽実践について語る」場を学内だけに留めず、社会に直接的に発信するための実践の場をつくりだす必要性も感じさせられた。

そこで、2011年度より新たに企画開催されることになったのが、「Dコンサート」という演奏会である〔Dコンサートについては下記参照〕。「Dコンサート」はワークショップ活動の発展型として誕生したもので、博士号を取得した学生が博士課程での研究成果を実演を交えながら一般を対象にプレゼンテーションするという従来にはない新しいタイプの演奏会である。2011年度から2012年度にかけて3回開かれた2。これにより、研究内容を反映させた演奏実践を社会へ発信する訓練の場が学内につくられることになった。

なお、リサーチセンター主催とまではいかなくとも、(3)邦楽担当スタッフが担当する邦楽専攻生との間で設けられた「ゼミ形式」の小さな交流会もあったので付記しておく。邦楽を専門とする学生が集い、他の学生の研究内容や課題に触れ、討論する場をよりカジュアルな形で提示した。これにより、専門分野の同じ学生との間でより専門的な意見交換をしたり、日ごろの執筆における不安感や孤独感などを共有し交流を深めたりすることができた。

以上のような多角的な方法で、博士課程における論文執筆作業にワークショップ活動を取り入れてきたが、(4)リサーチセンターでは、博士論文を提出し実技系博士課程を修了した学生に対しても、博士課程での研究成果を学外発信することを勧めてきた。音楽実践と一体化した研究内容の場合は、演奏実技も絡めた上で研究成果を発信していく必要があるため、学会などにおける実演つきの研究発表などを奨励した。リサーチセンターの設立した2008年度から2012年度までに、二人の学生が学会の定例研究会で博士研究の内容を発表し、研鑽を積んでいる3。自らの演奏実践に根ざした研究成果が柔軟な方法で発信される場が新たに生まれつつあると言ってよいだろう。演奏家の携わる芸術実践は言語による活動とは異なる領域にあるものであるが、それが言語化され、演奏と一体化した形で研究発表されることが音楽文化に寄与するところは大きく、今後ますますこうした場が広がることを期待している。

なお、以下にワークショップ関連事業の概略を付記しておくので、参照されたい。

ワークショップ関連事業の概略
【2008年度】
第1回説明会(2008年5月16日)

リサーチセンター設立に伴い、センターの周知ならびに博士論文執筆支援のために、実技系博士課程の学生を対象にした説明会を初めて行った。まず、(1)リサーチセンター設立の主旨や組織について説明し、実際の業務に携わるスタッフを紹介した。その後(2)博士課程における研究の進め方について、論文提出までの具体的なタイムスケジュールを提示しながら解説。そして、(3)論文執筆においてリサーチセンターのサポート体制が、基本的にスタッフ1名を各院生に配した個別の面談形式(必要に応じてメール添削)で行われることを説明し、個々のスタッフと学生の顔合わせをした。簡単な面談を行い、自己紹介や今後の面談予定の調整などを行った。

第2回説明会(2008年12月8日)

第2回説明会では、(1)博士論文執筆に向けた有意義な情報をいくつか提示し、説明した。
 演奏家が行っている営為を他者にわかる形で執筆するという作業は、芸術実践という、言語による活動とは異なる領域にあるものを言語化しようとする作業に他ならず、執筆経験の深い者にとっても容易とは言い難いものである。しかし一方で、実技系の学生は、学部の卒業論文(専攻によっては修士課程における修士論文も)が課されていないこともあって、論文執筆の経験が未だ浅く、論文を執筆するための基本的な知識すら学ぶ機会が限られているのが現状である。そのため、スタッフも個別面談においてその都度、論文執筆の基礎的なノウハウを指導してきたのではあるが、他方、こうした情報を学生に向けて体系的に概略する必要性もスタッフの間で指摘されてきたことであった。この企画はこうした背景を受けたものであり、博士論文を執筆するための基礎的な情報をわかりやすくまとめて提示した。

取り上げた問題は、A.博士論文とレポートの違いは何か、B.論文執筆に必要な資料の検索・整理・入手方法・芸大図書館サイトの利用方法などについて、C.題目設定に始まる執筆作業の具体的なプロセスについて、D.論文構成のための章立て・論理的な文章の書き方・書式の統一法・引用方法などについて、E.論文提出までのスケジュール(いつまでにどの段階までの作業が必要か)についてである。
 以上のような全体説明の後、(2)各スタッフと院生との間で簡単な面談の時間を設けた。

【2009年度】
説明会(2009年4月29日)

博士論文執筆支援のために、実技系博士課程学生に説明会を行った。とくに、(1)新入生に対してリサーチセンターの主旨や組織を紹介すると同時に、(2)実際の業務に携わるスタッフの勤務日の確認、今後の面談予定などについて個別の面談に応じられる場とした。

邦楽専攻生による意見交換会(2009年8月31日)

邦楽担当スタッフと邦楽専攻生との間で自然発生的に設けられたミニ研究交流会である。

内容は、(1)論文の概要や進捗状況について各学生がレジュメを作成して報告し、(2)論文内容に対して意見を交換するという「ゼミ形式」のものである。研究に関する討論の後には、学生の間で、日ごろの執筆における孤独感やストレス、演奏活動と論文執筆とを両立させるスケジュール上の難しさなどの、博士課程学生ならではの悩みについても話題になった。

【2010年度】
説明会(2010年4月26日)

博士論文執筆支援のために、実技系博士課程の学生に説明会を行った。(1)リサーチセンターの主旨や組織を紹介し、(2)担当スタッフと顔合わせを行なって、今後の面談予定などについて個別の相談に応じた。また、(3)2009年度に博士論文を提出して学位を取得した学生2名(古楽オルガン専攻生/声楽専攻生)をゲストに招き、論文執筆にまつわる経験談を具体的に聞く場も設定した。そこでは、論文テーマの絞り込み方や、文章の書き方についての苦労、演奏家が感覚的に感じていることをいかに論理的に文章化するかということ、論文執筆と演奏活動とを両立させるストレス、論文執筆が演奏に与えた影響についてなどが語られた。出席者からの感想には、論文を提出したばかりの先輩による話を通して、自分と同じような悩みを他の学生も抱えながら執筆していることを知り安心したというものや、論文提出までの具体的なイメージが湧いたという指摘もあった。

論文中間発表会と懇親会(2010年7月3日)

2010年度に博士論文提出を予定している学生の論文中間発表会と、出席者の懇親会の場を設けた。10月の論文提出に向けて、論文の方向性や枠組みなどを確認し、効率よく計画的に執筆を進めるための機会になることを目的とした。発表した学生は4名(作曲専攻生/ピアノ専攻生/邦楽専攻生2名)で、作成したレジュメをもとに、論文の概要や章構成、問題点などについて報告した。 発表した学生の多くが、自分の研究内容を人前で語ることは初めてであった。そのため、まずは中間発表会に向けて、研究発表の方法を学ぶことから始まった。スタッフも事前に担当学生と連絡を取り合い、分かりやすい発表原稿の書き方やレジュメの作り方などを指導した。当日のフロアからは、たくさんの質問やアドバイスが出て、白熱した議論が展開した。

【2011年度】
情報交換会(2011年4月22日)

前年度まで年度初めに行っていた「説明会」を「情報交換会」と改めた。内容的にも、従来のようにリサーチセンターの紹介に留まらず、学生どうしの情報交換と交流を目的とした。

まず、(1)スタッフより、実技系の博士論文とは何かという話があった。具体的には、論文とは自分の考えを人にわかる形で記したものであること、実技系の博士論文も自分がこれまで考え体験したことをまとめて次の出発点とするものであること、博士論文は演奏実践と一体化したものであり、博士課程での研究と演奏実践とは不即不離の関係のものであること、そして仮に執筆に行き詰ってしまったときには「なぜ自分は音楽をしているのか」という初心に返って整理していくとよい、などの指摘がなされた。

続いて、(2)2010年度に博士論文を提出し学位を取得した学生3名(ピアノ専攻生/声楽専攻生/ビデオ出演として邦楽専攻生)をゲストとして招き、彼らの体験談を聞き、学生どうしの交流を深める場を設定した。ゲストからは、まず博士論文の内容についての紹介がなされ、その後論文執筆にあたって苦労した点などが話された。論文を執筆する作業が演奏実践とはまったく異なる作業でありその両立に苦しんだことや、演奏を通して感覚的に分かっていることを客観的事実として文章化することの難しさなどが指摘された。また、提出後に迎えた学位審査演奏会では、博士論文としてまとめられた研究成果が演奏へ充分に反映されているのを感じ、研究内容がその時点での(今後変わる可能性もあるが)自分の演奏の基準となったということも挙げられた。

こうした体験談を踏まえて、(3)フロアからは、論文の方向性をどのようにして定めたか、演奏実践を通してどのようにテーマを見つけたか、などの質問があった。また多くの出席者からは、論文を執筆していると演奏で使う身体が固まってしまう(声がガラガラになる/肩こり/腰痛/鍵盤を触る手の感覚が鈍る等)ことに対する不安が述べられ、その対処法として身体をいかにリフレッシュさせるかということについても議論が交わされた。

研究交流会(2011年7月15日)

前年度に「論文中間発表会と懇親会」とした会を「研究交流会」と改めた。そして、博士論文提出を控えた学生4名(作曲専攻生/ヴァイオリン専攻生/声楽専攻生/邦楽専攻生)が30分ずつ中間発表を行い、それぞれの発表に対して30分ずつ参加者全員で議論をした。発表は厳密な意味での「発表」という形をとらなくてもよいとし、博士論文の構想を自由に話すなどして発表者の思いのままにフロアと意見を交換する場とした。また、昼食の時間を挟んで懇親会を設け、学生どうしで情報を交換したり、親睦を深めたりする時間もつくった。

【2012年度】
情報交換会(2012年4月23日)

(1)新入生に対してリサーチセンターを紹介し、(2)担当スタッフと今後の面談予定などについて個別に相談をする時間を設けた。また、(3)スタッフからは、実技系の博士論文とは何かという話があり、博士論文のテーマに適切な論題が実践の場で試行錯誤したり解決策を見出したりするなかから生まれることが多いことなどが指摘された。そして、研究とは資料をたくさん読んでこれまで知られていない事実を明らかにしたり、自分の豊富な音楽経験を通して体得したことを土台にして音楽づくりの重要なプロセスを追究したりすることであるなどが話された。最後に、(4)2011年度に博士論文を提出して学位を取得した学生2名(声楽専攻生/邦楽専攻生)から、論文執筆の体験談をじかに聞く場も設定した。演奏活動と並行して論文を執筆するのに苦労した点や工夫した点、気分転換の仕方などについてフロアから質問があった。

研究交流会(2012年7月12日)

博士論文提出を控えた学生4名(ピアノ専攻生/声楽専攻生3名)が30分ずつ中間発表を行い、それぞれの発表に対して30分ずつ参加者全員で議論をした。発表者は、事前に作成したレジュメを配布し、論文の概要や章構成、問題点などについて報告した。フロアからは、積極的に意見や感想が出され、3時間以上にわたる長丁場の会となった。途中休憩時間にはお茶とお菓子を用意して、学生どうしの交流をはかる場とした。

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  • 1: 本報告は、「グループ・サポートの取り組みと今後の課題」(『東京藝術大学大学院音楽研究科リサーチセンター平成22年度活動報告書』2011年6月、pp.72~77)に加筆修正を行ったものである。
  • 2: 第1回Dコンサート「境界を越えて音楽する身体」は2012年1月21日、第2回Dコンサート「演奏家と共に探る音楽の新しい聴き方」は2012年7月1日、第3回Dコンサート「交錯するアイデンティティと音楽する意志」は2012年11月16日に開催された。
  • 3: 東洋音楽学会東日本支部第58回定例研究会と、東洋音楽学会東日本支部第65回定例研究会にて、2名の邦楽専攻生が発表した。