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CLAPPING HANDS - 矢野ほなみ

連続コラム:CLAPPING HANDS

連続コラム:CLAPPING HANDS

第45回 オタワ国際アニメーション映画祭 短編部門グランプリ

矢野ほなみ

(大学院映像研究科アニメーション専攻 2017年修了)

世界的なコンペティションで受賞をした在校生や卒業生が学長室を訪れる「CLAPPING HANDS 〜学長への受賞報告」。 東京藝大で何を磨き、いかにして現在につなげたのか。 日比野学長が繰り出す問いと、さらなる飛躍への示唆とエール。

日比野

矢野さんは大学院映像研究科アニメーション専攻の修了生ですね。

矢野

はい、2017年に修了しました。その後、アニメーション専攻の教育研究助手になって、3年目にこの作品『骨噛み』の制作をスタートさせました。

日比野

その作品が今回、オタワ国際アニメーション映画祭でグランプリを受賞されたんですね。おめでとうございます。

矢野

ありがとうございます。

日比野

アニメーション専攻は大学院映像研究科のなかの専攻で、学部はないんだけど、矢野さんは藝大に入る前の学部生の頃からアニメーションを勉強していたんですか?

矢野

はい、学部は京都精華大学のマンガ学部アニメーション学科を卒業しました。京都精華大学在学中に留学したアメリカのロードアイランド・スクール・オブ・デザインで、いわゆる産業的な「アニメ」ではない、今やっているようなインディペンデントなスタイルでのアニメーションに出会いました。そこから大学院に進学したいと思い始めました。

日比野

インディペンデントというのはどういう意味でしょう?

矢野

商品になることを前提としてみんなで分業してひとつの大きな作品を作るというよりも、より個人的な動機に基づいて制作する、個人主義のスタイルといいますか…。

日比野

どっちかというとアニメーションは元々そっちから始まったんですよね。

高校生のときから、みんなで分業して作るいわゆる「アニメ」を勉強したいと思っていたんですか?

矢野

「アニメ」はもちろん観て育ちましたが、その発想はありませんでした。京都精華大学に入学する前には、美術系ではない一般の大学に1年間通っていたんです。元々、社会課題や貧困問題ついてプロジェクトを通して社会と関わっていくような、当時は「問題解決型」って言われておりましたが、そういうことに興味がありました。しかし一方で、やはり創作への思いもありました。小さい頃から絵を描いたり話を作ったりするのが好きでしたが、専門的に勉強する機会はなくて。中学のときに軟式野球をやっていたので高校ではソフトボールをやろうかなと考えていましたが、当時ちょうどソフトボールがオリンピック種目から外れたり、女性では甲子園には出られない等言われていたので目指すものがなくなってやめました。それで勉強しようと思い、普通科の高校に進学して一般の大学に入りましたが…。

日比野

一般の大学をやめて美術系の大学に行こうと思ったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

矢野

あまり器用なほうではないので、大学で勉強しながら何かを作るというよりも、一度気持ちを切り替えて、創作や美術の方に行けるなら行ってみたいと。

日比野

大学っていろんな人がいていろんなことをやっている。そこでいろんな可能性を持った人たちに出会ってそう思ったんですか?

矢野

それもありますし、より自身の内面的なところも関係していると思います。お世話になった大学も本当に面白く多くを学びましたし、今でも親交がある友人がたくさんおりましたが、大学とは関係なく自分自身の転換期のような時期に差し掛かっていたのだと思います。

日比野

そこでアニメーション学科に入ったけど、普通に絵を描きたかったら絵画とかデザインとか、ジャンルもメディアもいろいろありますよね? アニメーションを選んだのはどういう理由で?

矢野

絵とストーリーの両方があるのでアニメーションを選びました。でも入学してみると、けっこうスタイルがきっちり決まっていて、私はいわゆる「アニメ」みたいなものは描けなかったのでそのギャップに苦しみました。

日比野

そのスタイルの絵を描ける人が山ほど来るわけだからね。そこで4年間を過ごして、卒業制作は矢野さんが言うところのインディペンデントな作品を作ったんですか?

矢野

はい。基本的に卒業制作は自由にやっていいので、1人で作りました。『かさぶた』という作品です。

日比野

それで、就職は考えずにすぐ藝大に?

矢野

はい。学部3年のときにロードアイランド・スクール・オブ・デザインに留学して、私が今やっているようなアニメーションの世界に出会って、その流れというのは当然日本にも存在することを知りました。そして藝大のアニメーション専攻の山村浩二先生のゼミで学びたいと思いました。

日比野

アニメーション専攻で2年間勉強して、その後教育研究助手になり、3年目に作り始めたのがこの『骨噛み』ですね。

点描のような作画はこの作品からですよね。どういうふうにしてこの作画に行き着いたんですか?

『骨噛み』より

矢野

最初は画家の山下清さんみたいな切り紙でやろうか、という試みでスタートしていったのですが、その後いろいろテストしていくなかで偶然発見したというか、発展していった技法です。

日比野

絵として山下清さんみたいな技法が好きで?

矢野

山下清さんの作品を紹介してくださったのは本作のプロデューサーでもある山村浩二先生なのですが、緻密で情感豊かな作家ですし、作品から学ぶことは多くありました。一方、自分で試していくと、ちぎり絵の手法は画面のなかでやるには紙の繊維が飛び出てきたりしてディテールのコントロールが難しく、時間がかなりかかるということがわかって。ある日、切り紙の紙を1つ置く代わりに点を置いてみたらどうだろうと思いつき、やってみたら思いのほかきれいだったんです。そして、速い。

日比野

速い?

矢野

切り紙に比べたら全然速いんです。よく「点描って大変じゃないですか?」と聞かれるんですけど、最初は切り紙でやろうと思っていたので、それよりはむしろ速いという感覚でした。撮影するときも透過光で下から光を当てて撮影しているんですが、これも偶然、作っているなかで発見しました。背景を別の紙に描いて。

日比野

それでちょっとぼけたりしているんですね。

矢野

そうです。手前に来るほうを白く抜いたら、よりきれいになります。今回は記憶の表現というか、記憶を扱っている作品なので、テーマと技法が偶然マッチしたのかなと思います。

日比野

これは水性のフェルトペン?

矢野

はい、本当にどこにでも売っているような。あとは、新印象派の絵画について勉強をしたときに、絵画と映像だとやっぱりちょっと違うことに気づいて、原色だけじゃなく中間色も使いたくなりました。

日比野

すごく視点が動くんだけど、下絵はどれぐらい描きますか? わりと行き当たりばったりなのか、絵コンテみたいにして下絵も動かすのか。

矢野

基本的には最初に絵コンテを描いて全体像を把握し、絵コンテを動かしていくときに試行錯誤をして作品の必要に応じて変えていきます。そして動きが固まった段階で彩色に入ります。

日比野

これだけ複雑で流動的な動きは、描いて動かしてみないとわからないところもありますよね。下描きのところでなかなかうまくいかないときもあれば、動かしてみてこっちに行った方がおもしろいから行っちゃえ、みたいなときも。

矢野

はい、まさしくそうです。

日比野

なかなか計算であんな動きはできない。視点がぐわーっと動くような。人間の線は流れがあって勢いがあるんですよね。人間って重力があって筋力があって、指とか手首、肘、肩といった曲線がある。動かし方によってそのアールが違うから、それが人間の有機的な動きというか、重力のなかでの植物とか動物の自然な動きになっていく。だからなりゆきが大事ですよね。なりゆきがあるからスムーズな動きになる。

矢野

動きについては計算通りにできることは何ひとつなく、どうなるだろうと思いながらやってみて、動きを確認して初めて見えてきます。

『骨嚙み』は動きを1年かけて作ったあと、後半の丸1年をかけて毎日点描をしたのですけれど、作品を最初から最後まで通して観てみると、点描がうまくなりすぎてしまって、最初の頃に描いた絵と合わなくなりました。そういうことを発見できたのもおもしろかったです。

日比野

本当にそれは経験の悲しいところで、こうやればこうなると読めちゃった瞬間にもう、知らないでやっていたときの勢いには戻れない。だからやっぱりどんどん新しいことにチャレンジしていくべきだと思います。道具も画材もそうだし、表現方法もそうだし。一番やっちゃいけないのは、自分を模倣すること。もうそれはクリエイティブじゃなくて作業になるから。

賞をもらうとクライアント的な仕事が来ます。「矢野先生、次は点描でお願いします」みたいな。そういう仕事をしていると、なんとなく「昔はもっと楽しくできたのに」ってなる。時間がどれくらい必要かもわかるから、あんまりおもしろくなくなってくる。僕もそうだったけど、もし新作を頼まれることがあったら、「私に仕事を依頼するんだったら、私を信用して私のやりたいことをやらせてください」ってはっきり言ったほうがいいと思います。そうしないと自分を模倣し始めて、「こんなことやりたかったんだっけ?」ってなっちゃうから、絶えずチャレンジし続けたほうがいい。

矢野

ありがとうございます。今まさにそれを実感しています。『骨嚙み』を作っているときに、次の企画としてフェリーを題材にしたストーリーを考えていました。けれども、『骨噛み』を作っている間に考えたこともあって、キャラクターも舞台も近くなってしまって。技法は変えるにしても、「自分ごときが、何を前回と似たようなものをやっているんだろう」という気持ち悪さというか違和感みたいなものがありまして。それでその脚本は寝かせておいて、今は別の企画を考えています。

日比野

フェリーをテーマにすると『骨嚙み』と重なるところもあるから、テーマも技法も全部変えてやってみようと。

矢野

次の作品をどういうビジュアルにするか、画材・技法にするかは中身を考えていくうえで適切なものが浮かび上がってくるのかなと思います。

日比野

考えるのはストーリーが先ですか?

矢野

はい、私はストーリーが先です。今企画しているのは小説が原作で、アニメーション作品にすることについて著者の方にお問い合わせをしているところです。小説をアニメーションとして立ち上げたときに、原作通りではおそらく歯が立たないですし、私自身が原作に惚れ込んでいるがゆえにわかるのですが、小説という形態が完成形だと感じますので、大きく世界観をずらして取り組ませていただけないか、ご相談させていただいているところです。

日比野

描画方法はこれから?

矢野

はい。今は絵コンテやスケッチを描いていて、描画方法はまだいろいろ試しているところです。

次回作も山村先生がプロデューサーとして関わっていただけるので、相談しながらやっています。創作を経済的にどう成立させていくかということを考えていて、文化庁の制作支援に応募しようと思っています。短編アニメーションはなかなか資金を回収できないのですが、きちんと予算を立ててプロデューサー費をお支払いできるようにしたいと考えていて。原作者のOKをいただけたら、そういう予算組みで文化庁に申請を出してみようと思います。

日比野

あとはテーマですよね。今から何年か後にアニメーション作品として発表されるときの観客に、矢野さんが何を伝えたいのか。出資者はそういうところを見て、「この企画乗った!」ってファンデーションするわけだから。テーマは無理をしたって疲れるだけだから、言いたいことをきちんと作品にしていくのが大事ですよね。商業は悪いとは言わないけれど、狙い過ぎて大きい座組のプロジェクト型になってしまったり、ファン層をつかむためにあれもこれもやらなきゃいけない、とはならないように。

矢野

肝に銘じます。原作を読んで自分の心に響いたことを、アニメーション作品として作る意味は何だろうと考えました。テーマとメッセージという部分は、はっきりはわかりませんが、「これが意味だ」と思うものを頼りに作って行きたいと思っています。

日比野

踏み間違えちゃいけないのは、アーティストは政治家ではないし、社会学者でもない。自分が感じることを信じて、生きる力に届くような表現をするのがアーティスト。その表現をどう解釈するかは100人いたら100通りの解釈があるわけだから、ご自由に考えてくださいと。でも人の心に届けることについては、アーティストは100%やりますと。なので、問題解決とかそっちに偏っちゃうと、うまく集中できなくて手が動かなくなることもありますよね。

矢野

生きる力に届く…。はい。扱う分野やテーマに対して、誤った先入観や偏見をなくすために調べるだけ調べたら、得た知識等はいったん全部忘れて、自分の信じるものを作りたいなと思います。

日比野

言葉も重要な部分ですよね。言葉だと「好き」とか「嫌い」ってそのままだけど、絵だと受け止める人によって「好き」にも「嫌い」にもなる。どちらかにフォーカスを定められるのは言葉のいいところでもあるし不自由なところでもあるから、矢野さんは両方使い分けながら作るんだろうね。

話は戻るけど、フェリーの話はしばらく暖める予定ですか?

矢野

はい、そのつもりです。

私は瀬戸内の大島というところで生まれ育ったのですが、幼少期は島から出る手段がフェリーしかなくて。今は橋がかかってすごく便利になった反面、生活圏で必ず通る橋の費用が高かったりと、いろいろなことがあります。橋ができてフェリーがなくなってしまったので、そのフェリーを題材にしようと考えていました。島は本当にいいところなので、いつか帰りたいです。

日比野

いいところですよね。瀬戸内の島は僕もよく行ってます。瀬戸内国際芸術祭もあるし、FC今治のアドバイザリーボードのメンバーでもあるので。

矢野

大島はまさに今治市に位置する島で、村上海賊がいた島でもあります。いろんな氏族がいたのですが、そのなかでも主流になっていた能島村上氏の本拠地があったのが大島です。先日、その村上海賊のキャラクターデザインをさせていただきました。『骨嚙み』を作ってはじめて地元から仕事を依頼されました。

日比野

『骨嚙み』は地元で上映会をしたんですか?

矢野

はい、今治市の方が企画してくださって年末に上映会がありました。徳永市長をはじめ今治市役所の皆さんが、芸術の方面も盛り上げていきたいということで企画してくださいました。

―最後に矢野さんから日比野学長に質問はありますか。

矢野

先ほど、作品をどう解釈するかは受け取る人にゆだねるということをおっしゃっていました。一方で、作者として何を伝えたかったのかとかよく聞かれます。日比野学長はそういうときにどう答えられているのかなと思いまして。

日比野

作品を作るときは、こんなニュアンスが伝わればいいな、というのがあった上で作っていきますよね? けれども、その通りには受け止めてもらえない。逆に、大衆に伝わるのってどういうことかと言うと、マスの中の一人一人が自分の解釈として受け入れているということ。作品側からしたらいろんな解釈とかとらえ方をされているということ、極端なことを言うと、作者の考えていることは、作品の理解の一つにしかすぎないともいえる。それを誤解だと作者は言い切れないのが、アートの特性。どんな作品も、受け止める人の年齢とか、生まれ育った環境とか、バックグラウンドによってその解釈は違ってくる。作者は自分のやりたいことがあるから作品を作り始めるけれど、自分の手を離れたら、いろんな受け止め方があるということを引き取った上で作品を野に放つ。

ジャーナリストは、ショートカットして答え合わせをしたいから「何を伝えたいのか」と聞いてくるけど、自分のディレクションは自分にしかできないから、作家は表現者であり自分をプロデュースしていくプロデューサーでもある。そこを柔軟に考えてやっていくといいと思います。

矢野

ありがとうございます。せっかくの機会ですのでもうひとつ質問をしてもよろしいでしょうか?

テーマに合った描画方法に行き着くまでのヒントなのですが、あれでもない、これでもないってやっていくなかで見つけるものだということはわかるんですけど、その過程は非常に長い道のりで、落ち着かない、苦しい時期でもあります。画材や素材には、どうすれば近付けるのでしょうか?

日比野

矢野さんは今回、瀬戸内海というテーマにフェルトペンの点描の技法がぴったり合った。次にフェリーをテーマに作ろうとしたけれど、ちょっとテーマが近いので寝かせておき、別の新作を別の画材・素材を使ってフェルトペンとは違った表現手段で作品を作るという企画をしている。そんなチャレンジをいくつもした後には、実はフェルトペンの点描で、瀬戸内海だろうが宇宙のSFだろうが何だって描けるようになるんですよ。「最初の頃はこの画材はこのテーマって思ってたなー」って思い出すときが来るから。今はこのテーマにはこの画材って紐付けちゃって、逆にそれ以外の画材でやらなきゃって考えるけど、今後100、200と画材、素材、メディアを使っていくと、テーマと手法は関係なく、思いのままに自由にできるようになる。自分の納得できる素材、画材、手法の組み合わせに出会うのには近道はないから時には苦しいけど、楽しいじゃない。それは今しかできないから、画材じゃないものも含めて、世の中にはありとあらゆるものがいろいろあるわけだから、どんどんチャレンジしてみるといいと思います。

僕がダンボールで制作をはじめたのは学部デザイン科の3年生のとき。みんな課題が出ると画材屋に買いに行くじゃない? 人と違う表現がしたいのに、材料が同じだったら結果的に同じになる確率が高いなと思って、画材屋の隣にある廃材置き場からダンボールを引っ張ってきた。画材は誰かが開発したものだから、そうじゃないものを自分で見つけるっていう方法もあるし…。

矢野

すごく希望を感じます。それにとらわれて、すべての作品をそうしなきゃいけないとは思わなかったですか?

日比野

ダンボールでこういうのを作ってと依頼されて作ったときもあったけど、これはダンボールじゃなくてもいいんじゃないかっていうときは、あえてダンボールを遠ざけようとしていた時期もあった。でも結果的にはダンボールと相性がいいから手の好きにさせています。そういうもののほうが手が動くからね。


【プロフィール】

矢野ほなみ
1991年 愛媛県瀬戸内海の島生まれ。 2013年 京都精華大学の学部時代に、ロードアイランドスクールオブデザインへ交換留学したことがきっかけで、インディペンデントアニメーションの魅力を発見する。 東京藝術大学大学院では、山村浩二氏に師事し、卒業制作「染色体の恋人」を制作。 The KuanDu International Animation Festival (台湾)でKuanDog学生部門賞を受賞、その他北米最古のクィア映画祭であるフレームラインノミネートなど他多数。2017年東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻修士課程修了。 大学院修了後は、同大学院映像研究科で3年間教育研究助手として働く傍ら、自身の卒業後はじめての作品「骨嚙み」の制作を開始。同作は、世界3大アニメーション映画祭の一つである第45回オタワ国際アニメーション映画祭にて短編部門グランプリを受賞。第29回レインダンス映画祭で短編アニメーション部門最優秀作品賞、他21の受賞。第25回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞受賞。 第一回ひろしまアニメーションシーズンズにて選考委員を務める。 2021年より名古屋大学未来社会創造機構モビリティ社会研究所特任助教(非常勤)。 2021年今治市文化大賞、愛顔えひめ文化賞受賞、 2022年より女子美術大学非常勤講師。 他方、映画上映会の企画やキュレーションなど、クィア・アニメーションの研究を進めている。 共著『クィア・シネマ・スタディーズ』(菅野優香 編著/晃洋書房)。

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