東京藝術大学 東京藝術大学入試情報サイト SDGs 共創の場 ily 藝大アートプラザ 東京藝大クラウドファンディング 藝大レーベル / GEIDAI LABEL supported by Warner Music Japan グローバル 藝大フレンズ 早期教育 東京藝術大学ジュニア・アカデミ
藝大リレーコラム - 第六十四回  木下美穂子「今、思うこと」

連続コラム:藝大リレーコラム

連続コラム:藝大リレーコラム

第六十四回 木下美穂子「今、思うこと」

3年以上続いた、かつて私たちが経験したことのない時期がようやく終わろうとしています。芸術家やそれを学ぶ学生にとっても予想もしなかった状況の中、今まで当たり前にできていたことができない、また変更を余儀なくされるということが繰り返され、個々がその中で試行錯誤しながら模索してきた時間でした。私事ですが、18年ぶりに日本へ完全帰国したのが2020年1月。その2か月後には世界状況が大きく変わり、日本での新生活がこの状況の中スタートするということも経験しました。

予算や諸々の事情で大掛かりな舞台や催しができなくなり、なるべく最少人数で行うというスタイルの公演も定着してきた昨今、ここで今一度考え直さなければならない時期がきていると思います。簡素な舞台だから公演として若干の物足りなさやエンターテインメントの満足感が欠けても仕方がないというのでは、この先間違いなく先細りになっていく。ニュースタイルの舞台(あえてこう呼ばせていただきます)は、より一層独創的な、より濃い表現や訴える力をもつことが必須になってくると感じます。

今年度初めて藝大の入学式に参列し目にした光景は、とても興味深いものでした。一人一人に配られた色用紙一枚がいろんな景色や予想しないビジュアルを生み出しました。正直莫大な予算がかかる企画ではないのに、可能性は無限大に発展する。美しく厳かな奏楽堂が変化していく様に心が沸き立ちました。この光景を見ながら、我々音楽家も失敗を恐れない今までにない発想をする必要があると改めて思いました。

ただそれと並行して決して疎かにしてはいけない問題があります。見た目のインパクトや発想を追い求めるということは、視覚的要素が強いということ。珍しければよい、恰好が良ければよいという目新しさだけでは、本来の音楽の良さが伝わらず、それもやはり一過性のものになってしまう。特にインパクトがあればあるほど、それに負けない確固たる音楽的技術が必須だと思っています。

私は、改めて自分の中に2つの軸をもって生きていかなければならない、いやそうありたいと強く思います。一つは枠を取っ払って発想を柔軟に持つこと。もう一つは技術を高めるたゆまぬ努力、妥協なく音楽の技術を追求していくこと。そんなことを思いながら、自身のより美しい声、より高い表現を求めピアノに向かう今日この頃です。

(上段)(中段) 2022年9月東京二期会オペラ劇場『蝶々夫人』

レッスン風景


【プロフィール】

木下美穂子
東京藝術大学 音楽学部 声楽科 准教授 鹿児島県出身。大分県立芸術短期大学卒業、武蔵野音楽大学卒業、同大学院修了。二期会オペラスタジオ修了。日本音楽コンクール第1位。日伊声楽コンコルソ第1位、イタリア声楽コンコルソ・シエナ大賞を同一年度で受賞。 ほかに出光音楽賞、新日鉄音楽賞、リチーア・アルバネーゼ・プッチーニ国際声楽コンクール(ニューヨーク)第1位、ブッセート市ヴェルディの声声楽コンクール第2位(イタリア)など、数々の栄誉に輝く。 2002年小澤征爾指揮『ドン・ジョバンニ』ドンナ・エルヴィーラ役でデビュー。以後東京二期会『蝶々夫人』『ボエーム』『仮面舞踏会』などに出演。 また『イル・トロヴァトーレ』『椿姫』など相次いでヒロインを演じ、完璧なヴェルディ・ヴォイスで絶賛を博す。 またマゼール指揮トスカニーニ・フィル日本公演では、世界的巨匠からも絶賛が寄せられた。 海外では、2007年スポケーン交響楽団「ヴェルディ・レクイエム」でアメリカデビュー後、ミシガンオペラ、ヒューストングランドオペラ、ボルチモアオペラ、バンクーバーオペラなどに出演。 近年では、ロンドン・ロイヤルアルバートホール、ピサ・ヴェルディ劇場、ソフィア国立歌劇場に『蝶々夫人』のタイトルロール、東京二期会『トスカ』『フィデリオ』『こうもり』、東京二期会及びびわ湖ホール『ローエングリン』、グランドオペラ共同制作『アイーダ』への主演、同『トゥーランドット』リュー役で出演。 2023年3月新国立劇場『ホフマン物語』アントニア、9月‐10月は東京二期会オペラ『ドン・カルロ』エリザベッタ役で出演予定。 2023年度より東京藝術大学音楽学部准教授に就任。