

今年度から本学先端芸術表現科に着任し早くも半年が経ち、藝大の自由で華やかな雰囲気だけでなく、泥臭い日常や葛藤にも触れながら、少しづつ自分の居場所を見出している最中です。
私はもともとは建築を志していましたが、徐々に自分の興味の核心が「物質としての建築」から少しずれているのではないかと考えはじめた挙句、自分の進路についても悩み始め、建築を取り巻く都市や社会、あるいは社会を構成する人々の日々の営み、その不思議さを考え続けたいと考え至るようになりました。そして、昔から好きだった映画を制作しはじめ、今でも継続しています。映像/映画の制作においては、建築における物質的、歴史的、そして社会的な重さから解放されたかのような感覚を覚えることがあります。しかし、自分の思考自体が、建築を構築することにベースがあることは変えようもなく、映画と建築のはざまのどっちつかずのところに自分の立脚点があることを痛感しています。
着任後、認知症者の記憶に触れようとする演劇プロジェクト「記憶の地図シアター」をスタートさせました。着任前から秋田大学医学部の先生と共同で進めていた認知症の回想療法に昭和期に各家庭で撮影されていた8ミリフィルムを活用するという取り組みの新たな展開として、演劇と映像を掛け合わせた作品を認知症者のための施設で上演することにチャレンジしています。実践場所は、仙台富沢病院という認知症者のために数百の病床を有する病院です。理事長の藤井昌彦先生は、認知症者の認知機能が大きく失われても、情動機能は比較的保たれていることに着目し、長年研究を重ねてこられました。そして、情動療法という投薬治療に大きく頼らず、患者の情動機能を文化/芸術の力を使って、身体や感情を刺激する治療を研究しながら実践しておられます。そうした医療の最先端の現場で、認知症者の方々を対象として制作する作品が、芸術としてどのような価値を持ち得るか、新たな表現を手繰り寄せることは可能なのか?今回も異なる領域のはざまで問い続けています。どの領域においても絶対的な理念や確信を持てない自分。しかし、だからこそどの領域からも自由でありたいと願いながら。
写真(トップ):認知症者を対象とした演劇プロジェクト「記憶の地図シアター」
【プロフィール】
石山友美
東京藝術大学 美術学部先端芸術表現科准教授
1979年東京都生まれ。日本女子大学家政学部住居学科卒業。磯崎新アトリエ勤務を経て渡米。カリフォルニア大学バークレイ校大学院、ニューヨーク市立大学大学院で建築、芸術論、社会理論を学ぶ。ニューヨーク市立大学大学院都市デザイン学研究科修士課程修了。在米中に映画制作に興味を持つようになり、帰国後からインディーズ映画の制作に関わる。秋田公立美術大学准教授などを経て、2025年より現職。劇場公開監督作に『少女と夏の終わり』(2012)、『だれも知らない建築のはなし』(2015)。建築作品の記録映像をライフワークとして続けている。