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藝大リレーコラム - 第九十四回 伊藤将和「雪をかくように、生きる」

連続コラム:藝大リレーコラム

連続コラム:藝大リレーコラム

第九十四回 伊藤将和「雪をかくように、生きる」

「カマキリが高い場所に卵を産みつけた。今年は大雪になるかもしれない。」
秋が深まると、そんな会話が聞こえてくる。

私の前任校は、日本でも有数の豪雪地帯にあった。
いわゆる“雪国”で、私は十五年間、白銀の季節と暮らした。

このコラムを書くにあたり、何を書こうかと思案した。
他の先生方の文章を拝読すると、それぞれに個性があり、特に新任の先生方の原稿には、藝大で取り組むべき
授業や制作への意欲に満ちた感じが伝わってくる。
さすがである。私もそれに倣って芸術論でも語ろうかと思ったが、やめた。
ここはひとつ、雪の話をしようと思う。どうやら、そんな話をする人はいないようだから。

冬の朝は、除雪から一日が始まる。
夜のあいだに降り積もった雪が、腰のあたりまでこんもりと積もっている。
早朝、外から聞こえる除雪の音で目が覚める。
「あぁ、雪をかかなくては」まだ眠い体を起こし、分厚いコートを着こみ、手袋をはめ、スノーダンプを握る。

外は一面が白。大福のような雪の塊の中に、愛車がすっぽりと閉じ込められている。
掘り出さなければ出勤できない。
黙々と雪を掘り、運び、ようやく車を発進させるまでに二時間近くかかることもある。
昼のあいだにまた雪が降り積もれば、帰宅後にもう一度、駐車スペースを掘り起こさなければならない。
雪が多い年はこんなことを何度か繰り返す。雪国での暮らしとは、つまり自然とのとの戦いなのだ。

圧倒的な自然を前にすれば、人はそれを受け入れるしかない。
大雪が積もれば、雪と共に生きるしかない。
抗っても仕方がないのだ。
大切なのは、どう雪と付き合うか——つまり、どう楽しむか、ということだ。

では芸術との付き合い方はどうだろう?
時代の流れはときに冷たく、個人の表現が無意味に思える瞬間もある。
それでも、制作を続けていくしかない。
少しずつ掘り出していくうちに、自分の形が見えてくる。
楽しみながら手を動かしつづける。いずれ訪れる春に心を寄せながら。
私は雪国でそんなことを学んだのだと思う。

十二月。そろそろ新潟は、初雪のころだ。

 

雪に埋もれている車

 

写真(トップ):雪が降る高田公園


【プロフィール】

伊藤将和
東京藝術大学 美術学部芸術学科美術教育研究室准教授 1977年 福島県生まれ 2006年 東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程研究分野油画 修了 博士号取得 大学院修了後、教育研究助手を務め、2010年4月から2025年3月まで上越教育大学にて准教授。 同年4月より現職。 これまでに、「個展-生命の器」(喜多方市美術館)「個展-まなざし-」(日本橋三越)をはじめ、絵画を中心に作品を発表。 学校連携造形ワークショップ「うみがたりガラスペイントプロジェクト」 (新潟)など、教育機関との連携や、ワークショップを多数開催している。