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藝大最前線 - 藝大とエルメス

連続コラム:藝大最前線

連続コラム:藝大最前線

藝大とエルメス

藝大最前線は、本学が行う取組みを紹介しながら、本学と社会との繋がりや、アートの可能性を伝えていくコンテンツです。 第三回は、エルメス財団と連携して開催した「木と造形のワークショップ」について。また、同日エルメス財団の皆様をキャンパスにお迎えし、学内視察も行いました。その様子もあわせてお送りします。

【はじめに】

2014年より、エルメス財団が企画・開催する社会貢献プログラム「スキル・アカデミー」。その最大の特徴は、自然素材に光を当て、素材に関わる職人技術や手わざの伝承、拡張、普及を目指すところにあります。
日本初開催となる今年のテーマは「木」。職人や研究者によって何十年、何百年という長いスパンで醸成されてきた「スキル」について、専門家とともに体験し、鑑賞することを目指します。
そのプロセスの一端として行われた本学でのワークショップでは、美術学部彫刻科大巻伸嗣教授の監修のもと、美術教育木工室の西山大基テクニカルインストラクター、工芸科木工芸の薗部秀徳講師と共に、木を用いた工芸の技である「組み」や「曲げ」に光を当て、手を動かしながら、日常品の中に潜む木のスキルの多層性を体験していきます。


以下のリンクから動画もご覧いただけます。


 

木の造形ワークショップ、スタート

ワークショップの会場となるのは、美術学部校舎の奥に佇む木工室。朝から続く細かい雨が、上野校地を静かに濡らしています。シイノキ、コブシ、ゲッケイジュ。豊かな葉を茂らせる木々の下を、参加者たちが次々にやってきます。この日集まったのは、応募者の中から選ばれた16名。10代から50代までの幅広い年代の方々です。風の音に包まれた建屋の上を、時折鳥の声が行き交います。

ワークショップで、参加者はまず木の組み、曲げ、留めについてのレクチャーを受けます。木にまつわる技術や歴史、道具の扱いを教わった後、実際に木を使って作品を制作します。
広々とした卓上には大小さまざまな工具が並び、奥のほうに大型の製材機らしき姿もみえます。視線を上げれば、向かいの壁一面に掛けられた鋸や金槌、天井から長く引かれたオレンジ色のケーブル。見慣れない道具たちに囲まれた木工室には、乾いた木と冬の香りが漂っています。いよいよ、ワークショップの始まりです。

「このプログラムを通じて、みなさんとシェアしたいキーワードは3つあります」
開会の辞を兼ねて、エルメスジャポンの説田礼子氏が話し始めます。

開会の挨拶をする説田礼子氏

 

「1つ目は、時間です。木という素材が持つ長い時間。職人が木と紡ぐ時間。それから今日という時間、あるいは一瞬だけの短い時間。また、この先私たちが生きていく未来の時間も含まれています。
2つ目は、美しさ。素材や仕草、出来上がったものの美しさ、そして美しさを感じる心です。
3つ目は、専門性と横断性。今日、ここで皆さんは先生方から専門的な知識を学んでいただきます。この日限りの学びに留まらず、そこからいろいろな分野を横断して、皆さんとスキルについて考えていければと思っております」

つづいて、エルメス財団ディレクター、ローラン・ペジョー氏からご挨拶。スキル・アカデミーは日本で開催する以前からフランスで実施され、第1回(2014年)は「木」、続く第2回以降は「土」(2015年)、「金属」(2017年)、「布」(2019年)、「ガラス」(2021年)をテーマとして取り上げてきたといいます。

「フランスではまず、大勢の聴衆を対象とした講義から始まります。その後に、デザイナー、エンジニア、職人といった専門性を持つ方々の中から選ばれた参加者でワークショップを行います。それらの活動は、最後には素材名を冠する書籍として編纂されてきました。この監修にあたっているのが、今回私たちと共に来日した、ユーグ・ジャケになります」

会場には、社会歴史学者で、書籍『Le Bois』(邦題『Savoir & Faire 木』)を監修するユーグ・ジャケ氏、それからエルメス財団理事長のオリヴィエ・フルニエ氏、エルメス財団プロジェクト主任のジュリー・アルノー氏の姿があります。彼らはこの度来日し、参加者と共にワークショップを体験します。

レクチャー①「組み」

「みなさん、こちらに注目してください」
午前の部は、西山インストラクターのレクチャーからスタート。木組みの構造とその種類による強度の違い、長い歴史と共に発展してきた大工道具の歩みについて、実演と解説を交えながら進行していきます。

西山インストラクター(左)が木組みについて解説

 

「これは相欠き接ぎ(あいかきつぎ)といいます」

西山インストラクターの手には、二つの木材が交差するように嵌め込まれたものが握られています。両者はぴたりと固定されたまま、一体となって動きません。
「二つの材から半分ずつ同じ幅で切り欠いて組み合わせることで、ズレないようにするという組み方です。​​釘やビスがなくても、こうして繋ぎ合わせることができるんですね。ただ、この組み方は下方向の力に弱いです。切り欠いたことで木材の厚みが半分になり、強度も落ちます」

続いて手に取ったのは、先ほどとは少し変わった形で嵌め込まれた木材。
「こちらは、先ほどの組みとついでいる向きを変えたものです。よくみると、嵌め込んだ形が台形をしているでしょう。台形にすることで下方向の力に対しても強くなるんです」

木組み、と呼ばれるこれらの技術は、日本家屋の骨組みとして古くから用いられてきた構造だといいます。他の材を用いず、木だけを使って丈夫な構造を組み上げる技術。実物を目の前にすると、あらためてその繊細な工夫に驚かされるばかりです。
「日本は地震が多いことから、このような組みの技術が発展したのでしょうか」
そばでみていたフルニエ氏から質問が投げかけられます。
「要因の一つとして考えられると思います。いろいろな方向の揺れに耐えられるようになっているんですね」と西山インストラクター。

日本人と木の歩みは遥か縄文時代にまで遡ります。木と木を縛る原始の木組に始まり、その後スギ・ヒノキなどのやわらかく扱いやすい木材が普及、飛鳥・奈良時代には製材という考え方が広まり、丸太から柱や板を取り出す加工技術も現れます。
中でも、楔(くさび)や鑿(のみ)で木を叩き割る「打割製材(うちわりせいざい)」は、縄文時代末頃から室町時代頃にわたって行われた製材方法。今回は、それを参加者全員で体験します。
「20人いるので、一人5回ずつ、楔を打ってもらいましょう」

用意された丸太は、スギとケヤキの二種類。断面に差し込まれた木製の楔を木槌で叩くと、木材特有のコン、コンという音が響き渡ります。
「いいですね、力強い…!」
リズミカルな音の止み間に、木工室の天井をばらばらと雨粒が叩きます。
「打ち割で大事なのは力じゃないんです。打つ点と楔の位置がちょうど垂直になるのがコツです」
しばらく打ち込むと、分厚い丸太は見事に真っ二つになりました。パカン、という乾いた響き。
「この楔に使われているのは何の種類の木ですか?」
「これはカシです。堅くて強いんです。ドングリがなるので昔は実を食べていました」

製材に用いる鋸にも、多様な種類があるといいます。後方の壁に掛けられた、大型の刃を持ち上げる西山インストラクター。ぎざぎざとした黒色の刃の両端に小さな持ち手のようなものが付いています。
「大鋸(おが)という道具です。今お見せしているのは二人で挽くためのものですね。大鋸で木を切って出た粉のことを、元々はおがくずと呼んでいました」

その後は各自の机へ戻って、参加者たちも木を切ることに。スコヤと呼ばれる金属製の留め定規を使い、鉛筆で印をつけ、鋸と鑿を使ってちょうど良い場所で切り落としていきます。慣れない道具を扱いながらも、表情は真剣そのもの。木工室内の空気が一時、ぴしりと張り詰めます。
「固定することが一番大事。そうすれば安全に切れるからね」
机を回って声をかける大巻教授。
「もうちょっと角度を倒してごらん」
「いいね、いい感じ」
アシスタントスタッフと参加者のやりとりも聞こえてきます。
切り終えた木材を手に取り、鼻へ近づける人の姿もちらほら。この日用意されたのはヒノキの角材。触って、切って、匂いを嗅いで。参加者たちは手を動かしながら、少しずつ木という素材に近づいていきます。

大巻教授とオリヴィエ・フルニエ氏

 

レクチャー②「曲げ・留め」

午前の最後は木材の曲げ、留め方についてのレクチャーです。
「生物に由来する材料を専門用語で生物素材といいます。その中で最も多く存在しているのが木なんです」と薗部講師。
「そして実は、木は曲がりません。曲げているのではなく、内側の細胞をつぶすことで曲がって見えるように変化するんですね」

木工室の奥の床には金属製の平たい箱がみえます。中には高温で蒸された木材が寝かされているのだそう。
「曲げの加工のためには、水分と熱、この二つが重要になります」薗部講師は説明します。
同じ種類の木でも、水に湿らせたものは綺麗に曲がる一方、乾いた状態のものを曲げようとすると、途中で負荷に耐えきれず割れてしまうことがあるといいます。加工した木を曲げたまま留めるには、木の温度が下がりきるまで、そのままの形で保持する必要があるのだとか。

実際に木を曲げるところを見せてもらいます。
濛々と煙立つ箱から取り出した蒸したての木を机に置くやいなや、クランプで手際よく固定していく薗部講師。机が動かないよう数人がかりで抑える間に、アーチ状の曲げ型に沿わせ、木を押し当てて曲げていきます。元の形へ戻ろうとする木の反発は、間近で見るとなかなかの迫力です。それを押しとどめ、木と対話するかのように緩やかに曲げを操る薗部講師の手元に、参加者の視線が集まります。
「できました」
ほんの少し前まで真っ直ぐだったブナの木材が、見事な曲線を描いて横たわっています。
「実際に曲げるのをやってみたい方、いますか?」
今度は複数の参加者で机を囲みます。

薗部講師(中央)と参加者が呼吸を合わせて木を曲げる

 

「もっと強く抑えて」「いくよ、そっち持ってね」
呼吸を合わせ、声をかけ合います。テーブルが動かないように、大勢で抑えます。ゆっくり、ゆっくり。協力の甲斐あって、美しいカーブの形になりました。
「みなさんとても腕が良いですね。お見事です」と薗部講師。
木という素材が持つ特性と、その特性と向き合いながら発展してきた人間の技術の歴史。長い時間を経た今もなお、日常のすぐそばで息づく手業の営みが至る所に残されています。

一通りのレクチャーを終え、午前の部はこれにて終了。昼休憩を挟み、午後にかけて参加者はそれぞれの作品をつくることになります。
制作テーマは「私のモニュメント」。自分のためのものでも、誰かのためのものでもいい──。木を切って、組んで、曲げて、繋げて。出来上がった作品にはタイトルをつけ、どのようなことを考えてつくったのか、一人ずつ発表してもらうことに。完成が楽しみです。

「制作に入る前に、皆さんに一つ伝えたいことがあります」
木工室を見回して、大巻教授が口を開きます。
「今日は、失敗することもいっぱいあると思います。失敗は大事です。私たちは失敗することを恐れてはいけません。失敗こそが皆さんにとっての次のアイデアを生みます。間違えないようにやるのではなく、失敗をどうやって次へ生かそうか、しっかり考えながらやってもらいたいなと思います。これは、壊れたものをリペアして長くして使っていくエルメスさんの精神でもあります。自然の一部である私たちが、そのサイクルを世界に生み出していくこと。それが新たな発見を呼んで、作品にとって何か良いアクセントになるかもしれない。もし失敗して困ったら、近くにいるアシスタントさんに相談してください。どうしたらいいか、みんなで考えながら、関係を持ちながら、完成に向かって時間を過ごせたら嬉しいです」

昼食後、学内視察へ〜保存修復研究室

午後。ワークショップの参加者たちが作品を制作する間に、エルメス財団の皆様を学内視察へご案内します。本学の国谷裕子理事、麻生和子理事、清水泰博理事・副学長、熊倉純子大学院国際創造研究科長らと共に、美術学部、音楽学部の校舎を巡り、創造の現場を垣間見る「藝大ツアー」に出発です。

保存修復彫刻研究室にて岡田准教授の解説を聞く一行

 

まずは美術学部校舎、中央棟の地下にある保存修復彫刻研究室へ。部屋の前には大小さまざまな鉈や鋸が。履き物を脱いで中にあがると、壁沿いの棚へ並んだ調査用具や修理道具の山が目に入ります。木材を積んだラックの傍にあるのは、胸元の高さまである木彫りの仏像です。
「日本の文化財に最も多く使われる材料は木材なんです」と研究室の岡田靖准教授。
「ここでは、お寺へ足を運ぶ実地調査をもとに、地形や3Dデータなどの情報も駆使して文化財の研究を進めています。研究過程では『模刻』という、当時の仏像を同一の材料・方法でそっくりにつくるという手段をとっています」
 そう言われて周囲を見回すと、至る所に仏像が。これらは研究室に在籍している修士・博士課程の学生による模刻作品なのだそう。精巧にかたちづくられたディティールの一つ一つは、沈静な趣をまとって磨きあげられています。部屋の奥のほうを指し示しながら、岡田准教授が話します。
「あちらは山梨県内のお寺にある古い像で、平安時代のものになります。御前立ち(おまえだち)と呼ばれる、ご本尊の前に立っていらっしゃる像です。この像は今度、収蔵庫へ移送されることになりました。それまでお寺にあった実物の代わりとして、御前立ちのレプリカをつくってほしいという地域の方の依頼を受け、今は学生が修了研究として取り組んでいます」

小島久典助教が、鎌倉時代の仏像を模刻した作品を紹介しました。
「本物とそっくりにつくることで、当時の仏師がどうやってそれをつくったか、つくりながら何を考えていたのかがわかってくるんです。例えば、この像は足を前に出したり、首を傾けて手を出したり、動きのあるポーズをしていますよね。この時代はまさに、人間があの世に行くという信仰から、死んだら仏様が来てくれるという信仰に変わったタイミングだったんです。仏像の姿勢にも動きが感じられます」

自らの手を動かしながら、制作を以て遥かな歴史を往来する保存修復の世界。その興味深い解説に聞き入っていると、あっという間に時間が過ぎていきます。

屋外に出て、木々の間を抜けるようにキャンパスの奥へと進みます。金工棟のひんやりとした階段を2階へ上がると、「彫金」と書かれた文字が。トントントントン。扉の奥から、何かを叩く絶え間のない音が聞こえてきます。

彫金〜陶芸研究室

「この写真は、明治35年の藝大の姿です。美術学部の前身、東京美術学校の彫金科教室の様子ですね。日本という国で、工芸は奈良時代から江戸時代にかけて、非常に独特な発展を遂げました。その後の明治時代には、海外の万博などを介して、彫金を含めた日本の工芸が非常に文化的・物産的に高い評価を受けたのです」
研究室前の廊下で、壁に掲げられた古い写真を前におもむろに話しはじめる男性。つなぎの作業服に身を包み、一見すると工事業者のような出立ちです。袖口から分厚い手のひらを覗かせながら、工芸科の沿革を熱心に語るのは彫金研究室の前田宏智教授です。
「自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません。藝大は教育機関であると同時に、制作の現場としても重要な場所です。なので今日はあえて作業服で参りました。残念ながらエルメスのジャンプスーツがなかったもので、ミシュランのつなぎ服で失礼いたします」

自己紹介の後で案内されたのは、前田教授の研究室。畳敷きの部屋の壁には、天井まで工具類でいっぱいです。長さや形状の異なる、金槌や鑿のような道具たちは、主に金属を叩いたり削ったりするためのものなのだとか。こじんまりとした室内で額を寄せ合って作品を覗き込んでいると、ミニチュアの道具箱の中へ紛れ込んでしまったような気持ちになります。
「今日は休日ですが、学生が何人か来て仕事をしております。よければ見ていってください」

(左から)ローラン・ペジョー氏、オリヴィエ・フルニエ氏、ジュリー・アルノー氏、説田礼子氏、ユーグ・ジャケ氏

 

学生のアトリエに足を踏み入れると、所狭しと作業机が並べられた部屋の四方には、薬品の混ざった不思議な匂いが立ち上っています。卓上にはたくさんの道具が入った筆入れのようなもの、陶土やクランプ、使い込まれたスケッチブック。デスクライトが照らす作業台へ並べられた細やかな金属片。これは制作中の作品の一部でしょうか。金槌で素材を叩く音が規則正しく響き渡り、学生たちは自分の持ち場で黙々と手を動かしています。
彼らの手つきを眺めていると、あの細い道具はどうやって使うのだろう、ここに並べてある小さなパーツは一体どこへ組み合わせるのだろうと、作品にまつわる関心が尽きません。制作風景を静かに見守りつつ、わずかに後ろ髪をひかれる想いで彫金研究室を後にしたのでした。

細長い廊下を総合工房棟側へ進むと、陶芸研究室の明かりが見えてきます。
「陶芸専攻の学生たちは普段ここで作業しています。制作のためのろくろは一人一つずつ与えられていますが、手びねりといって道具を使わずに成形する学生もいます。焼くための窯場も併設され、ガスや灯油、電気で動くものなど、全部で12個の窯があるんです」

共同制作部屋と呼ばれるアトリエを、椎名勇准教授の案内を受けて進みます。部屋には各所で個人制作スペースが用意され、電動のろくろを中心に取り囲むように木製の作業台が組まれています。制作途中のろくろ場には、ビニール袋に包まれた巨大な粘土の塊のほか、濡れぞうきんや刷毛、霧吹きなどが置かれています。彫金研究室でみたものとは、また毛色の異なる道具たちです。

ある作業台では、防塵マスクを付けた学生が制作の最中でした。真っ白な壺のようなフォルムをした作品が、照明を受けて美しい影を落としています。この後の工程で、器の縁に開いた穴に沿って、ガラスをはめ込んでいくのだといいます。ろくろの奥には同様の技法でつくられた真っ白な作品が数点並んでいます。仕上がりを思うと心が躍ります。

ろくろ場の脇には、茶碗などが並ぶ共同の自炊場があるようです。
「作品を焼成するために泊まり込みで火の番をする時は、ここで作ったご飯を窯番の学生同士で囲むんです」
棚に並んだ食器の数々は、歴代の先輩や在籍中の学生たちの試作品なのだとか。色とりどりの茶碗や湯呑みを眺めていると、陶芸作品が日常生活のすぐそばで息づいていることを改めて実感させられます。

アトリエに面した奥のスペースでは、ひと月ほど前に行われた登り窯実習の作品が展示されていました。高さのある青みがかった壺のようなオブジェや、有機的なシルエットを持つ小さな湯呑み、光沢のある表面に絵付けを施された茶碗など、陶芸と一口に言ってもその表現形態はさまざま。窯焼きの作業風景を映した記録写真と、作品のキャプションを交互に見比べながら、土と火の織りなす時間に想いを馳せるのでした。

染織〜漆芸研究室

総合工房棟4階にある建築科のアトリエ横を通り過ぎて、染織研究室のアトリエへ。
高くとられた天井から舞い降りてくるように、ゆったりと吊られた透き通る布地。窓からは敷地を取り囲む樹木が覗き、雨に濡れるキャンパスの地面が遠くで霞んでいます。

作業途中の台上には、鳥の羽毛や葉先の輪郭が少ない筆数で緻密に描かれた下絵が。開かれたままの分厚い画集の横で、トレイへ並べられた染料入りの器にラップが敷かれています。
山田菜々子准教授が指差す先には、ステンシルのように絵柄が写された布が横たわっていました。


「こちらは型染めという技法で、これから着物になる布です。バリ出身の学生が制作しています」
細長く鮮やかな臙脂色の紋様に、思わず見入ってしまいます。染織の際に用いる糊はもち米と米ぬかを混ぜてつくるのだそう。ペースト状の糊を筒状に垂らして、溝のような土手をつくって中を染めてゆく伝統的な技法だといいます。

「C250/D100/水1150」
傍のホワイトボードには数式らしきものが。卓上には色作りの際のレシピもあります。制作に使う糊や色を用意するのにも細やかな工程があるようです。

突き当たりの扉から奥へ進むと、織り機が所狭しと並ぶ実習室が現れます。色鮮やかな布と糸の海。複数の糸が織り合わされ、一枚の美しいパターンへ姿を変えていきます。

「あそこにある大きなフェルトの作品は、今、修了制作で作られているものです。この研究室では、染めと織り、どちらの技法も学ぶことができるんですよ」
染めること、織ること。ここには、伝統ある技術と知見を受け継ぎながら、日々新たな探求を重ねる学生の姿があります。

美術学部の最後は、漆芸研究室へお邪魔します。
「漆は天然の木の樹液から採取したものです。それが空気中の湿度と酸素と化学反応を起こして固まります。固まるといっても、ペンキのようにドライに乾くというわけではないんですが。そして、漆は塩酸、硫酸、硝酸のような薬品に対しても負けないんです。今日はこちらに、漆の表現を取り入れたものをいくつかご用意しております」
机に並べられた艶やかな作品の数々を前に、小椋範彦教授の解説に耳を傾けます。
「これは炭で研ぎ出して磨いています」
「こちらはケヤキをベースに研磨したものです」
吸い込まれるような深みのある黒色をまとった円形の腕に、黄金に煌めく絵の施された器、美しく角のたった重箱。漆を纏った端正な佇まいを鑑賞します。

「この器でコーヒーを飲むと味が変わるのでしょうか」
「最初のうちは匂いが気になるかもしれません。ですが日本の漆であれば徐々に気にならなくなりますよ。米びつの中へ入れておくと匂いはなくなっていくんです」小椋教授が答えます。
漆は、甘くて奥に渋みの残る匂いがするのだとか。この日訪れた研究室には、いずれも素材の匂いが漂っていました。木を削った粉の匂い。金属と薬品の織りなす匂い。湿った土の匂い。空間へ溶け込んださまざまな匂いは、素材と向き合い続ける藝大のアトリエを象徴する風景の一端かもしれません。

奏楽堂〜ホワイエ

美術学部の門を出て、道路を挟んだ音楽学部側の校舎へ。黄色い葉を降らせるイチョウ並木の下をゆっくり歩いていきます。木々に挟まれた小道の先にみえてくるのは東京藝術大学奏楽堂。
明治23年より音楽教育の練習、発表の場として永く使用されてきた旧東京音楽学校奏楽堂の解体に伴い、新たにコンサートホールとして建設された現在の外観は、温かな煉瓦造りの壁が印象的です。

中に入って迫昭嘉理事・副学長と合流したのちに、コンサートホールへご案内。空間全体が一つの優れた楽器として、調和のとれた響を生むよう設計された内部構造は、客席の天井全体を可動式にして音響空間を変化させる方法を採用しているのだそう。厳かな客席の間を舞台のほうへ進みます。前方の壇上に設置されているのは、古典から現代作品までを演奏出来るフランスのガルニエ製オルガン。今はちょうど、オルガンの授業の最中のようです。広大なホールに満ち溢れるオルガンの調べに、しばしの間、耳を傾けるのでした。
 
ホールを出た後は、テーブルを囲んでコーヒーブレイク。ホワイエに大きく取られたガラス窓からキャンパスが広く見渡せます。立ち並ぶ木々を背景に、ゆったりとした時間が流れていきます。藝大のあちこちを垣間見る、ツアーのような学内視察はこれにて終了。微かに漂うオルガンの余韻が、雨音に混じって上野の空気を震わせているのでした。

夕方、再びワークショップ会場にて

学内視察を終え、エルメス財団の皆様と共に再びワークショップ会場へ向かいます。時刻は16時前。作品づくりも大詰めといったところでしょうか。日没が迫る木工室は、温かな熱気に包まれていました。制作終了時間を前に、参加者たちはそれぞれの作品を仕上げにかかっています。

「この木を先端へくっつけたいんだけど、どうしたらいいですか」
「もう少し角度を変えてみたらうまくいくんじゃないかな」
「さっき繋げた部品が取れてしまいました」
「よし、一緒に直そう。ここを抑えていて」
あちこちから聞こえてきます。午前中に習った組みや曲げの技法を使い、時にはその場で思いついた発想を試しながら、思い思いのモニュメントを造形していきます。安定のために木杭を打ったり、難しい部分は二人がかりで作業をしたり、作品を揺らして強度を確かめたり。仕上がりをイメージするために、周囲をぐるりと歩き回る人の姿もあります。初めて触れる道具や技法は、当然ながら一筋縄ではいかないもの。傍目で見ていてもその難易度が伝わってきます。
「できた……!」
誰かの作品が完成すると、どこからともなく拍手が起こります。参加者は一人一人、それぞれの作品と向き合いながら、同時に周囲の人たちと感情を共有しているかのようです。
絶え間なくあちこちで制作を助ける教員たちや、参加者と共に手を動かすアシスタントスタッフの姿も目に映ります。ものづくりを通して、さまざまなコミュニケーションが生まれつつあるようです。

「皆さん、お疲れ様でした」
制作時間が終了すると、木工室の中央に集まり作品発表の時間。作品につけたタイトルや、どんなことを考えて作品をつくったのかなど、制作中に感じた想いを口にします。「私のモニュメント」という共通のテーマを与えられていても、制作へのアプローチは参加者の中でそれぞれ異なるようです。

クリスマスツリーをモチーフに木を組み合わせていたある参加者は、ふと別の角度から作品をみた時に、雪の結晶の形のように感じたと話します。
「つくっているうちに何か別のものにみえる瞬間があるよね」と大巻教授。
作品を前にした時、他人とのコミュニケーションから発見やインスピレーションが生まれることがあるのだそう。つくりながら考えることが大切、と語ります。

その他にも、自分の好きなモチーフを造形した作品、難しい技法に果敢にチャレンジした作品、親愛なる誰かのために捧げる作品など、それぞれの興味関心が反映されたモニュメントが卓上に並びます。その一つ一つを讃えるように教員やスタッフから拍手が送られます。

「今日はじめに説田さんが言った時間の話を覚えていますか」大巻教授が呼びかけます。
「私たちが今つくっている作品は、今わかるわけではないんです。彫刻や美術作品は、今わからないことを形にして、その形が未来の私たちに何かを教えてくれるものだったりするんですね。
だからこの作品をぜひとも大切にしてほしいし、今日の体験を誰かに伝えてほしいです。今日こうして皆で手を動かした記憶が、きっといつか未来に、何か純粋な発見につながるかもしれないですから」

エルメス財団の皆様からも温かな拍手が起こります。
「今回、スキル・アカデミーが日本でどのような形になるだろうと拝見しに来たのですが、想像以上の姿でした。ワークショップの限られた時間の中で、皆さんは自分のしたいことについてさまざまに語ってくださいました。専門的な技術や木という素材を通して、今日皆さんと出会えたこと、その時間をご一緒させて頂けたことをとても嬉しく思っています」とペジョー氏。

その横で、薗部講師も顔を綻ばせます。
「すごく楽しい思いをさせてもらいました。今日初めて会ったのに、作品を前に一緒に手を動かしていると、昔からの友達だったように思えてきますね」

「怪我なく終えることができてホッとしています」と西山インストラクター。
「出てきた作品も、私の想像の三段くらい上をいっていまして、二時間でこれだけできるのなら、ちょっと私もうかうかしていられないなと思いました(笑)」

静かな冬の日暮れを迎え、会場は温かな空気に包まれていました。

薗部講師(左)と参加者たち


【後日談:ワークショップを振り返って(大巻教授より)】

「ものをつくりながら考える時間を、みんなで共有できる場が大切だと思うんだよね」
後日、ワークショップを振り返って、大巻教授はこんな話をしました。
「ワークショップは、時間の中でとにかく何か作品を完成させたっていう結果論だけでは語れない。本来、その時間内では完結しないものなんだよね。もっと長い時間の作用があると思う。例えば、歴史の中には道具が生まれる大きな時間の流れがあって、その中の一点に今現在の時間がある。その時間に立っている自分は一体何をつくるのか、そこで何を考えていくのか。作品をつくるということは、未来の時間に対してそういう想いを託していくことだと思う」

 制作を通して、多くの参加者が口にしていたのが「難しかった」という素直な声。数々の道具に触れ、手を動かしながら木という素材に近づいていく姿が印象的でした。
「ワークショップで、『つくれ!』と言ってしまうのは簡単だけど、実はつくれないことを知るのもすごく大事。だから参加者の皆には、簡単にできない難しさも知ってもらいたい。難しさに直面することで、道具や技術がなぜ生まれ、ここにあるのか、人間が考えてものを生み出すことの素晴らしさに気づいてもらえたら」

このたび実現した、エルメス財団と藝大の連携による本プログラム。ものづくりのメゾンとしてエルメスが見据え、実践を積み重ねてきた方向に藝大の歩みが重なり、新たな関わりが生まれつつあります。最後に、大巻教授はこう語りました。

「僕は以前、エルメスのプロジェクトに参加させてもらったことがあって、彼らの歴史と精神を長い時間をかけて知り、共感できた。そのうちの一つが、エルメスが製品を生産する過程で生まれた端材をクリエイティブなアイディアで再利用する『プティ・アッシュ』プロジェクト。単にものを上手くつくるということだけではなく、ものに対する想像力や関わり方への想いがある。今回連携が実現したのは、エルメスが考えている精神そのものに藝大が共鳴できたからなんじゃないかな」

【終わりに】

藝大のキャンパスでは、まだ見ぬスキルが日夜育まれつつあります。時間を超え人間が作り出すものの崇高さを、未来の時間へ繋げるために歩んでゆくこと。エルメス財団と本学の連携により開催したワークショップを通じて、素材と技術が導く新たな道筋を覗いたような気がしました。

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