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藝大生の親に生まれて - 第8回 小沼訓子さん(美術学部工芸科陶芸専攻3年 小沼日佳理さんのお母様)

連続コラム:藝大生の親に生まれて

連続コラム:藝大生の親に生まれて

第8回 小沼訓子さん(美術学部工芸科陶芸専攻3年 小沼日佳理さんのお母様)

「藝大生の親に生まれて」は、芸術家の卵を子に持つ親御さんにご登場いただき、苦労や不安、喜怒哀楽、小さい頃の思い出やこれからのことなど、様々な思いについてお話をうかがい、人が芸術を志す過程や、生活の有り様について飾らずに伝えます。

 

──お母様現在、アートギャラリーを運営されているということですが、大学ではデザインを勉強なさっていたのですか?

(母) 私は京都市立芸術大学で芸術学を専攻していました。夫が藝大の油画出身です。

──ご両親ともに芸術系ということで、日佳理さんは自然とそういう道へ進んだという感じでしょうか。

(日佳理) 昔から絵を描いたり、粘土をいじったりすることが好きでした。やはり両親の影響は大きいのかなと思います。

(母) 道具は身近にあったので、危険なもの以外は自由に使わせていましたね。床中に紙を広げて、好きなものを描いていました。かといって、美術系の学校に行けば? というようなことは特に言ったことはありませんでした。

──高校は普通の高校だったのですか?

(日佳理) はい。特に美術系ではなく普通科の高校です。高校に入学した頃は、特に美術系に進むということはあまり考えてなかったのですが、やっぱり好きだなと思って高校2年生の夏から美術系の大学を意識し始めました。

(母) 理系大学の付属高校だったので、そのまま大学に進めば、白衣を着てバイオとか発酵とかを勉強することになるのかなって。それもおもしろいだろうな、と私たちは思っていました。
そのような高校でしたから、美術方面に進むという学生はほとんどいませんでした。娘は弱小美術部で部長をやってましたね(笑)。「美術系の大学に行こうかな」と言ってきたときも別に私たちがアドバイスしたわけではなかったです。
でも、「好きなこと」と「それで受験をする」というのは違う部分もあるので、受験に対してちゃんと向き合えるかどうか確かめるために、美術予備校の夏期講習に通ってみようということになりました。受験というのはある意味競走じゃないですか。それを受け入れられるかどうかを試すという意図がありました。
そこで娘がやると決めたので、今度は冬期講習に行って、高校3年生になったら毎日予備校通いでしたね。夕方17時に学校が終わって、その後22時、23時くらいまで予備校。それが毎日でした。

──大学では工芸科に在籍していますが、予備校ではどんな勉強をされていましたか?

(日佳理) 予備校では工芸科向けの対策をしていました。最初はデッサンを中心に基礎的なことをしていました。工芸を選んだのは、自分でものを作るということがしたかったので、工芸かなという感じでした。

──今は工芸科の中でも陶芸専攻に進まれていますね。

(日佳理) 食器とか、日常で使うものを作りたいという気持ちがありました。自然なものを扱うというのが自分の感覚に合っていたので、やってみたいと思いました。

(母) 「土が合ってるかな」ってつぶやいていたことがありましたね。

──お父様は、木漆芸の作家さんなんですよね。

(母) 今は家具や器などの木の作品を作っています。昔は平面の作品もやっていたのですが、木の作品を作るようになって20年以上経ちます。油画で培った顔料の知識などをふんだんに使って、いろいろ混ぜて作っています。だから興味を持った方々から「どうやってこの色を作ってるんですか?」とよく聞かれています。

──欲しいものがあったら自分で作ってしまうという大人が周りにいたわけですね。

(母) 仲間内もそういう人が多かったので、常にそういうところにいたというのは、影響が大きかったのかもしれませんね。

──受験の頃の思い出はありますか?

(日佳理) なんかあったかな?

(母) 必死だったんじゃない?

(日佳理) 必死だった。毎日。藝大以外の受験も考えてなかったことはないんですけど、まずは藝大一本でと思っていました。現役時代はほかの大学も受けて合格したんですけど、進学せずに浪人して、1浪のときは藝大一本でした。

(母) なんでそこまで藝大一本なのか私はわからないんですけど(笑)。私は「いろいろ受ければいいんじゃない?」とは言ったんですけどね。夫は全然意見が違っていて、「行きたいところだけ受ければいいんじゃない?」って言っていて。

──大学受験に関して、ご両親は積極的にアドバイスされたのですか?

(母) パパは結構してたかな。

(日佳理) そんなにうるさくは言われてなかった(笑)。

(母) 聞かれれば言うくらいですかね。

(日佳理) 美大を目指すのなら、藝大に行けば? というようなことは言われたような気がします。

──当時お母様は、娘さんの受験の様子を見ていて、どのように思われていましたか?

(母) 自分の目標があって、やりたいことがあるのなら、徹底的にやったらいいと思っていました。浪人生活が続くと、モチベーションとかいろいろ維持することがきつくなっていくのかなと思ったので、なるべく早く入ってくれた方がいいかなとは思っていたんですけど。
あと、落ちたにしてもやりきった感覚を持ってくれるといいなとは思っていて。それなりに突き進んで頑張っていたので、仮に落ちてもいいんじゃないかなとは思っていました。でも、実際藝大に受かった娘を見たら、すごく自信を身にまとった感じがあって(笑)。

(日佳理) なんかそうらしいです(笑)。

(母) 空気感なんですけど、自分で手に入れたんだなって感じがすごくしたので。誰も助けることはできないですし。自分のイメージ実現の努力をやりきったのかなという感じはしました。
いつも精一杯やりきるということができれば、何でもできるなという気がしています。仕事にしても子育てにしても、いろいろあると思うんですけど。そういう経験があれば何にでも自在に向かっていけるのではないかと。

──もうすぐ4年生ですが、卒業後の進路について考えていますか?

(日佳理) 大学院を目指そうと思っています。そのあとは作家になりたいという気持ちはあるんですけど、また変わるかもしれませんね。

日佳理さんが子どもの頃にシールを貼ったお母様の手帳(手前)。奥にあるのは、まだ文字を書けない日佳理さんが描いたもの。文字のようでもあり絵のようでもあり、独特で面白かったので保管してあるとのこと。

 

日佳理さんが子どもの頃の自宅での様子。インテリア系雑誌の取材記事。

 

 ──お母様は何かご希望はありますか?

(母) これをやってほしいとかではなくて、自分の芯から発するものに正直にやってくれればいいかなという感じですね。作家になってほしいとかは全然考えていません(笑)。目指すって言うんだったらそれでいいと思いますけど。自分を完全燃焼できる道を選んでほしいなと思います。

 ──藝大を目指している親御さんやお子さんにアドバイスがあればお願いします。

(母) とても良い環境だと思うので、やりたいと思うのであればトライする価値がものすごくある大学だと感じます。娘を通して感じたことですが、すごく生き生きしているんですよね。水を得た魚のようになったのは、大学の環境が大きいのかと思っています。
あとは、押し付けるのではなく子どもの意思を尊重することですね。受験勉強は、ある程度忍耐強くやらなければならないと思いますが、自らの意志の強さがあれば頑張れると思います。
いまは情報がものすごくあって子どもも忙しい時代なので、隙間時間に空がキレイだなって気付くことができたり、そういうニュートラルな時間の余裕を与えてあげられるといいかなと思います。

【撮影場所・協力】
藝大アートプラザ
上野キャンパスにある「藝大アートプラザ」は、藝大の学生・教職員・卒業生の作品が展示され、購入できる場所です。
HP https://artplaza.geidai.ac.jp/

 



>>過去の「藝大生の親に生まれて」

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