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藝大最前線 - 藝大と花王〈後編〉

連続コラム:藝大最前線

連続コラム:藝大最前線

藝大と花王〈後編〉

藝大 日比野克彦 学長 × 花王 長谷部佳宏 社長

藝大最前線は、本学の取り組みを紹介しながら、本学と社会との繋がりや、アートの可能性を伝えていく新コンテンツです。 第一回は、企業と大学との取り組みについて、花王と藝大がこれまでに行ってきたコラボレーションを振り返りつつ、アートシンキングによって揺り動かされる、花王社内の変革に迫ります。 後編は花王を牽引する長谷部佳宏代表取締役・社長執行役員と本学の日比野克彦学長による対談。花王と藝大は以前から、様々なコラボレーションを行なってきました。その取り組みを両者の視点から語ってもらいました。

これまでとはまったく異なる考え方。揺り動かす藝大の力

長谷部

花王には藝大の卒業生がけっこうおります。商品やコミュニケーションのデザインを担当する作成センターですね。

日比野

僕は藝大のデザイン科出身で、当時の後輩も何名か御社に入社しています。

長谷部

ええ。でも、花王全体でみると実は社員の3分の1くらいが理系なんです。理系出身の一つの特性として、ファクトやロジック先行型となる思考プロセスが多いので、アートやセンスの部分で足りないところがあると感じています。藝大さんに足繁く通いながら、何かお力をいただけないかというところに端を発して現在に至っています。

日比野

花王さんとは以前から、様々な取組を一緒にやってきましたよね。最近でいうと、新佑啓塾の設計や花王ミュージアムの取組などがあります。

長谷部

はい。新佑啓塾の設計の取組では、今の時代にマッチした施設をつくろうと悩んでいた時に花王側の協働提案を受け入れて頂き、「だったら一度ゼロから考えませんか?」ということで実際に来ていただきました。印象的だったのは、我々は当初建物の内側のことばかり考えていたのですが、藝大のみなさんは建物の外に目を向けるんですね。どういうところに建っているのか、どんな道がここに繋がっているのか。歴史的な背景や暮らしに至るまで、事細かに観察をしていただいたんです。その姿をみて、やはり自分たちは普段狭い視野で考えていたんだなと。藝大さんとの繋がりにはいつも、そういう凝り固まった世界ではないところから揺り動かしていただきたいという期待がありました。

日比野

そうですね。建物のある地域性から、このプロジェクトが始まっていく。人間というのはいろいろなものと繋がって生きていますから。芸術を研究するにしても、いわゆる研究所のホワイトキューブのアトリエだけがあればいいのか、それがあれば芸術が生まれるのかというと、そうではなくて。建物、建物が建っている地域、地域の歴史、住人など、あらゆるものの関係性から作品が生まれていく。包括するものすべてを意識して、作品にメッセージを乗せて発信していくという姿勢が藝大にはありますね。

芸術を磨きあげる花王、社員に起こる変化

長谷部

このプロジェクトに参加した社員はみんな、楽しかったと口々に言うんですよね。建物に集まって熱っぽくブレインストーミングをして、どういう表現がいいのか議論しながらたくさん絵を描いて、そのプロセスがとても新鮮だったと。藝大のみなさんと考えると、自分たちが考える範囲の外からインスパイアされたものが出てくる。その体験が楽しかったんだと思うんですね。

日比野

僕は時折、「地球上で一人しかいなかったら、アートは生まれてこなかった」と思うんですよ。たとえば、夕日が沈んで空がどんどん不思議な色になっていく時間帯に、隣で同じ景色を見ている人がいたとしたら、その感情をどうにかして共有したいと思う。伝えたい対象がいなかったら表現するきっかけがないですからね。アートは他者がいることによって生まれてくるんです。

長谷部

なるほど。それは素敵な発想ですね。伝えたい存在がいるからアートが生まれるというのはたいへん興味深いです。

花王に足りないとされる、センスや芸術に対する憧れが私は人一倍強いのかもしれません。30年以上前に、花王は花王 芸術・科学財団を立ち上げました。文理融合、いわば花王に足りない「文(芸術)」を頭にして、技術を生かそうとする取組の先駆けのようなものなんです。芸術を振興したり、学生の応援を行ったりする財団ですね。創始者である当時の社長がのこした後人へのメッセージは「芸術を磨くことによって技術も一味違ったものになるし、お客様に届くカタチも変わってくるから、いろいろなところで勉強しなくてはいけない」というものでした。そういった意味でも、藝大さんとのお付き合いには必然なところがあるのだと思います。

日比野

藝大としても、花王さんや社会と繋がることは重要だと考えています。

本学には音楽学部と美術学部があります。音楽の専門、美術の専門。だからどうしても、「専門性の高い人たちを育成するところだよね」「私たちの日常生活にはあまり関係のないところかな」と思われやすい。一般的にも「僕はアートが苦手だからなぁ」という言い方になってしまう。ただ、それはちょっと違うような気がしますね。アートはスキルでもないし、やり方でもない。アートというのはもっと、人間の違いを互いに認め合うようなものや、感動できる現象的なものなんです。アートはすべての人たち、すべての領域を繋ぐことができる。そういうメッセージを藝大から発信していくことで、固定観念や先入観を大きく転換していく。花王さんとのプロジェクトをはじめ、企業との連携を通じて目指しているのはそういうところにあります。

ものを作りすぎた世界で必要とされる物語。

長谷部

世の中の多様性を理由に物をつくりすぎた文化が20世紀だと僕は思っています。とにかく物をたくさんつくってたくさん売って、余ったものはまとめて捨てるという従来の右肩上がりの成長モデルでは、いずれ世界全体が立ち行かなくなってしまう。あふれすぎるモノづくりの社会から、もう少し物を大事にする社会、物を使うという出来事自体を大切にする社会を目指していく必要があるんです。21世紀は自分の大好きな物と永くお付き合いする世界があっていいんじゃないかなと。

日比野

大量生産で商品は安く売れるけれども、同時に大量に廃棄する物が出てきてしまう。そこから脱却して、きちんと数字を上げながらも適度な生産に収めていくというモデルを考えていかなければ先がないということなんですね。

長谷部

そうですね。その実現のためには作り手と使い手の良い関係、良いコミュニケーションの形が必要です。それこそ競合相手も交えて「どうしたらいいんだ?」というようなことを広く語り合うための場が求められています。そこには物語が生まれます。人が理解しやすくてワクワクするものが必要なんです。

サイエンスとアートが組むべき理由。藝大との連携にみるSDGsへのアプローチ

日比野

海に行ったらペットボトルが落ちている。一見すると浜辺に漂着したゴミです。だけどそこには必ず誰かが使った物語がある。物語を想像する力が必要なんですね。なぜここに流れ着いてしまったんだろう。誰が使っていたのだろうか。いや、ひょっとしてこんな出来事があったのかもしれない。浜辺に流れ着いた1つ1つのプラスチックの破片には物語があるんだと気がつくこと。想像力を働かせるところから自分の日常と繋がっていって、行動変容が起きる。SDGsの達成にしても、目標を数値化するだけでは人間は変わらない。科学的な数値化と想像力の両輪がないと、SDGsの目指す持続可能というところまで行きつかないと思うんです。2030年にある程度目標を達成したとしても、次なる目標が出てくるはずです。だから、そこに物語をつくっていく。人間の想像力をもって行動変容を促していくということも、藝大の役割としてあるんだろうなと感じています。

長谷部

企業としても、お客様の期待に応えながら、これまでとは異なった視点から未来像を描いていく必要があります。そのためのアートシンキングがこの先求められていくのかもしれませんね。

日比野

技術者集団の花王。音楽学部と美術学部を抱える藝大。両者はそれぞれサイエンスとアートを土台として成り立っています。性質の異なるものとして語られることの多い2つの分野ですが、実は深いところで通じ合っているんです。

たとえば、空に星が光っているのをみて、星が光ってみえるメカニズムや、星への到達手段を考えて宇宙開発へとつなげていくのがサイエンス、星同士を線で繋いだ形を神や動物に見立て、そこから物語を生み出そうとするのがアートだとします。サイエンス的な理解とアート的な理解というのは違うものだけれど、互いに星を理解しようとする姿勢は共通していて、わからないものに対する眼差しには同じだけの熱量がある。サイエンスとアート、どちらか一方だけでは人間は進化していけない。わからないことをどんどん妄想して、限りなくイマジネーションしていける力があることで、またそこに科学が食いついて発展していきますから。

未来へ向かっていくために芸術がある

長谷部

花王では『花王国際こども環境絵画コンテスト』というものをやっているんです。子どもたちが描く未来の世界という題材で、世界中の子どもたちに絵を描いていただいています。どれも本当に素晴らしくて。直近の作品ですと、感染症や紛争を描いたものもありました。「こんな世界はやめてくれ」という子どもたちの想いが形になっていて、我々大人がその想いを受け取る。自分たちがどのように仕事をして、どんな世界に向かっていかないといけないのか、子どもたちの絵を起点にして考えましょうということですね。毎年開催していて、もう12年くらい続いています。

こういう絵があって、科学があるという。まさにさっきの星の話ではないですけれど、サイエンスとアートの両方があると人間として腑に落ちるところがありますね。

日比野

アートはモヤモヤしたものをモヤモヤしたままにさせておくのが得意なんですね。なので逆に世の中に求められているのかなと。今は「わからないことは罪だ」みたいな風潮がある。みんなわかろうとするから。

世界では紛争をはじめ、さまざまな不協和音も起こっています。本来はモヤモヤしていたほうがハッピーなのに、「俺の領土だ」「俺のほうが正しい」というように答えを出そうとする。

長谷部

やはり、モヤモヤを受け入れるアートの姿にヒントがあるのでしょうか。

日比野

同じリンゴをみて、10人が1人1枚ずつ絵を描いたとしても、みんなそれぞれ違ってきますよね。10人全員違って、それでいい。そういう世界だよねここは、というのがアートの世界です。その10人を7億倍すれば70億人。他者の違いを受け入れるというアートの特性が、未来の世界的な課題を解決するきっかけになるかもしれない。そのためには美術館や演奏会といった、完成した美術作品を提供するような形だけではなく、もっと根源的なアートの力を社会に根ざしていく必要があると思います。

「きれい」が導く、STEAM教育への道。

日比野

花王さんは「きれい」というキーワードでプロジェクトを進めていましたね。

長谷部

なぜ「きれい」という言葉を選んで進んでいくのかということを、取組のスタート時に藝大の先生方から尋ねられました。「きれい」というのは、いろいろと練ったうえでつくった言葉なんです。清潔の「きれい」、beautyの「きれい」、無駄を排出しない「きれい」、整理整頓の「きれい」。それらすべてに呼応する意味の日本語として、「きれい」を使っています。我々の会社のポリシーに合っているような気がしていますから。

日比野

学校教育の話になってしまいますが、英数国理社をはじめとする科目のなかで、「きれい」や「美しい」という感覚は美術だけで請け負っているわけではないと思うんです。たとえば文章を読むことで美しい風景を思い起こすことがある。数式がきれいに割り切れたり、野に咲く花の色がとてもきれいだとか、昆虫の脚がメカニックで美しいとか、すべてのもののなかには「きれい」や「美しい」というキーワードが入っている。なので日本人の「きれい」という感覚をさまざまな科目を通して伝えていく。美術のなかだけで話をしていると、「きれい」の役割がどんどん損なわれていってしまいますから。

本来そういったことを教わるはずだった地域コミュニティが失われていく今、受験や予備校だけが学びの場になっていくと、美を意識した授業というものは消えていってしまう。そういう子どもたちが大人になって消費者になる。だから美の感覚を伝える教育というのは、これから重要になっていくんじゃないかなと思いますね。それが、一人一人の創造性やワクワクを呼び起こすSTEAM教育にもつながっていく。

アートシンキングが起こす新たな風。企業を応援する消費者との繋がりを呼ぶ

日比野

芸術は人間が日常を生きていくうえで本当に必要不可欠なものであるということを、藝大がしっかりと発信していく。花王さんが藝大と組んでアートシンキングを実践し、物語を重視することで、結果的に消費者が花王さんの商品を手に取るということもあると思います。企業の描く物語に賛同して、絵を買うのと同じように物語を買うんです。だから直接商品購入に結びつかなくても、企業の考え方に対して賛同する、企業努力をしている商品の一つを応援するという動きは今後増えていくように感じます。今がその過渡期なのかもしれませんね。

長谷部

藝大さんとの繋がりが、花王のなかに新たな風を起こしているような気がします。これから生まれる物語に、企業のメンバーや学生、生活者も巻き込んで、未来へ向かう世界を共に描いていけると嬉しいですね。

 

>> 前編:花王社員及び藝大教員へのインタビュー


構成:野本修平 撮影:新津保建秀