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連続コラム:ゲ!偉大!

第四回 小川響子


2018年にベルリン・フィルハーモニー・カラヤン・アカデミー派遣第一期生として合格した小川響子さん。同アカデミーでの経験や自身の音楽活動など、昨今の状況やこれからの音楽について、澤学長と対談を行った。


 

澤:もう2年くらい経つのかな。オーディションでベルリンに行くと決まったのは何月でしたか?

小川:決まったのは2018年7月でした。アカデミーは2018年10月から始まり在籍期間は原則2年間でしたが、コロナの影響で数ヶ月延長になり、2021年3月までになりました。

澤:今もドイツはロックダウンなどで、演奏会とかも無くなったりしていますか?

小川:そうですね。お客さんを入れての演奏会は禁止です。ベルリンフィルはデジタルコンサートホールがあるので、毎週コンサートをやっていますけれど、だいたいのコンサートは延期や中止という感じです。

澤:やっぱり普段の買い物なんかも不自由していますか?

小川:マスクをしていれば必要なものは買うことができますが、洋服屋さんや小売店、ショッピングモールとかは閉まっています。2回目のロックダウンの直前はセールもしていたので、いっぱい買いました(笑)。

澤:買いだめしたんですね。じゃあ今は生活に必要なものしか買えないんですね。

小川:そうですね。基本的にはスーパーと薬局と、みたいな感じで。レストランもテイクアウトだけです。

(コロナ禍で作った釜玉うどん)

澤:レッスンはオンラインでやったりしていますか?

小川:オンラインでもできるように整えてくださっているんですが、私が習っている樫本大進さんは「オンラインは細かい表現が伝わりづらい」ということもあり、お電話などで疑問点を質問したり、技術的、音楽的なご相談にたくさん乗っていただく形をとっていました。結局ロックダウンが少し緩くなってからは対面でレッスンをしていただいています。

澤:今も東フィル(東京フィルハーモニー管弦楽団)には所属しているの?

小川:いいえ、契約団員だったので契約を途中で辞めさせていただく形になってしまいましたが、団員さんや事務局の方も大変快く送り出してくださいました。

澤:今度の坪井夏美さん(2020年11月16日に行われたオーディションにてアカデミー二期生として合格)も東フィルですね。
東フィルはアカデミーに縁があるのかもしれないですね。
今回行ってみて、どういうところが一番よかったですか?

小川:まず留学に興味はあったんですけど、なかなかタイミングも含めて「行こう」という気持ちになれなかったり、行こうとして一回止めたりということもあったので、そういう意味で世界に押し出していただいたっていうのが自分の中では一番大きいです。
あとは英語が全然できなかったんですけど、行ってから必死に勉強して意思疎通できるようになりました。


澤:大進さんは日本語だけれども、ベルリンではやっぱり英語が多いですか?

小川:アカデミーの公用語が英語なのでとても英語が多く、ベルリンフィル自体が国際色豊かなので、よく英語を使っているなという印象です。他のオーケストラのアカデミーにいる人に聞くと、ドイツ語が多いという人もいました。

澤:確かにベルリンフィルはドイツのオケというよりは世界のオーケストラという感じですものね。

小川:前にファーストヴァイオリンに乗ったとき、「今日はドイツ人ひとりもいないね!」ということがありました(笑)。

澤:今もあるんでしょうけれど、アカデミー期間中は実際にどれぐらいステージに乗ることができましたか?

小川:その月によって全然違ったんですけど、基本的に月の最初に1回ぐらい決まります。その後、公演の直前に団員さんが降りて足らなくなったりして声がかかって、月に2回とか毎週とか、結構バラバラでした。平均したら月に1、2回ということになるのかなと思います。

澤:最初の頃はコロナの影響が無かった時期で、当然ながら満席のお客さんでしたよね。初めてベルリンフィルのメンバーとして舞台に上がった感想はどうでしたか?

小川:いやもう、めっちゃ緊張しました。練習の最初の頃は結構グダグダしていて、みんなあまりさらってきてないし、「あっ、間違えた」みたいな感じなんですけど、回を追うごとに完成されて、本番でここまで良くなるというのを初めて目の当たりにしたときはびっくりしました。こんなに変わるんだ!って。すごく緊張しすぎて、本番の後に、初めてぎっくり腰になりました(笑)。勢いもすごいし音も本当に素晴らしくて、あこがれの舞台に感激でした。

澤:あれは一昨年になるのかな、シューベルトの八重奏曲を聴かせていただいて。本当に素晴らしい演奏でした。

(2019年11月ベルリン・フィル・ シャルーンアンサンブル @東京藝術大学奏楽堂)

小川:あんな機会もいただいて、本当にありがたかったです。Peter Riegelbauerさん(カラヤンアカデミーの代表)はアカデミー生に本当にいろいろな機会を与えてくだって、室内楽もオーケストラも。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

澤:他にもアカデミーの人たちと室内楽の演奏会をしましたか?

小川:はい、アカデミーの支援をしてくださる個人の方や団体の関係で、フィルハーモニー以外の場所で演奏することもあって、そういうときはアカデミー側が室内楽をオーガナイズしてくれて、自分たちが「こういうのをやりたい!」と言って演奏しました。それもすごく楽しかったです。


(アカデミーの仲間達と)

澤:アカデミーのメンバーはどれぐらいいるんですか?

小川:メンバーは管弦楽合わせて25~30人ぐらいいると思います。藝大出身の岡谷(恵光)さんもいます。岡谷さんはずっと一緒で、よく相談しあったりしています。ファゴットには藝大出身者の古谷(拳一)くんもいます。

澤:アカデミー以外にも、ベルリンには藝大からの留学生が多いですよね。

小川:そうですね。特に私の学年とか1つ上の学年が多くてとても楽しいです。

澤:日本人同士でよく集まるの?

小川:時々ホームパーティとかするときに集まったりします。

澤:コロナの状況ではなかなかそういうこともできないでしょう。

小川:そうですね…。

澤:葵トリオのことをちょっと聞きたいんですけど、結成されたのはいつ頃ですか?

小川:大学院2年の時に、室内楽の授業をとるために組みました。

澤:たまたまあのメンバーになったの?

小川:そうですね。その前にサントリーの室内楽アカデミーを受講していて、一緒のグループではなかったんですが一緒に演奏は聴き合ったりしていて。全員関西出身だということで、「関西で演奏会ができたらいいね」と話をしていたのが最初のきっかけです。

澤:3人は同級生?

小川:ピアノの秋元(孝介)くんだけ1個下です。伊東(裕)くんとは同じ奈良出身で、もうカルテットもだいぶ長くやっています。

澤:「葵トリオ」はすごく日本的な名前なので、「葵の御紋」かと思ったら、それぞれの名前の頭文字なんですね。秋元と小川と伊東。

小川:そうなんです、みんな母音だったので(笑)。

澤:ミュンヘンコンクールは僕も若かりし頃挑戦したことがあってとても懐かしいし、レベルの高さもよくわかっています。そこで1位を獲るのは、オリンピックで金メダルを獲ることに匹敵するぐらいすごいことです。参加したコンクールはピアノ三重奏部門ですよね? 何組ぐらい参加してたの?

小川:詳しくはわからないですが、3日間に分けて採点されたので、25、6組はいたと思います。

澤:コンクールはミュンヘン音楽大学の中でやるんですか?

小川:一次予選からミュンヘン音楽大学のグローサーザール(大ホール)です。
セミファイナルとファイナルだけ別の会場で、劇場のようなところでした。

澤:僕が受けた時はピアノとのデュオだったけれど、クライナーザール(小ホール)でした。
その時はメンバー誰もミュンヘンには住んでいなかったの?

小川:誰も住んでいなかったですね。私は日本から行って、伊東くんだけ留学していたこともあってザルツブルクに住んでいました。ただ、コンクールの直前のリハーサルはずっと日本でやって、3人でミュンヘンに乗り込みました。

澤:コンクール期間中の泊るところってどんな場所でしたか?

小川:一次まではホテル代が出なかったので、3人で大学の近くの民泊に泊っていたんですけど、二次からはホテル代が支給されて合宿所兼ホテルみたいなところで住んでいました。
ただ、私たちは最後のほうに到着したみたいで、他の人はちゃんとした部屋で、風呂もトイレも各客室にある普通のホテルの部屋だったのに、私たち3人だけ建物の端にある合宿所のような場所にあたってしまいました。とても薄暗い廊下と客室で、プールのシャワー室のような浴室、更にはトイレも風呂も3人で共同で使うという…緊張の上に更に不安な気持ちでした。今となっては笑い話ですごくいい思い出ですけど。

(葵トリオ:左から伊東・秋元・小川) ©︎Nikolaj Lund

(コンクール期間中の食事の様子)

(トリオでミュンヘンコンクールを受けた際の写真)

澤:それにもめげず優勝して。すごいね。

小川:最初は本当に衝撃でした。

澤:僕らもなんか、お城というほど上等じゃないけど、普通のホテルとは違うところに泊められた感じがあるな。佐藤(晴真)くんが優勝したときも同じところかな。

小川:多分そうですね。

澤:佐藤くんもこの同じ「ゲ!偉大!」に出ていただいたけど、ミュンヘンコンクールで藝大関係者が相次いで優勝して、本当にうれしいですよ。

小川:晴真くんは本当にすごいです。

澤:コンクールで優勝したあとは、ドイツとか他の演奏会からお呼びがかかったりしました?

小川:そうですね。ドイツでは今まで何回か演奏させていただいています。実はこの2、3月はドイツ、フランス、イタリアで演奏会がある予定だったんですが、本当にここ数日で延期の連絡が次々来ています。全員アジア人ということもあってちょっと難しいなって思っていたんですけれど…。以前日本のマネジメント会社で働いていらして、現在スイスのマネジメント会社で働いていらっしゃる方に、いろいろな偶然とご縁が重なり、スイスで出会いました。そしてそのマネジメント会社に所属させていただけることとなりました。これを機にヨーロッパでの縁が深まっていけばいいなと思っているところです。

澤:秋元(孝介)くんと伊東くんはドイツにいるの?

小川:秋元くんはミュンヘン音大に学籍を置いていて、ベルリンに家があるという感じです。ベルリンで合わせをすることもあればミュンヘンですることもあって、そのへんは臨機応変にやっています。
伊東くんはザルツブルクの学校が去年の6月で終って、今はドイツで家を探しているところです。

澤:今ももちろんコロナ禍でいい状況とはいえないけれど、ドイツはコロナの感染が拡大して大変だった時期もやっぱり「芸術は生命維持に不可欠だ」って首相とか文化大臣がはっきりと言ってくれて、すごく支援が充実しているみたいだから。やっぱり居心地はいい?

小川:そうですね。あのように言ってもらえるとやっぱり心強いですし、肩身は狭くないです。

澤:やっぱり音楽家って尊敬されているって感じがあると思うし。音楽大学に限らず学費もものすごく安い。そういう体制が今後も続くといいですよね。

 

澤:新型コロナウィルスの影響の中で、音楽や芸術に何ができると思いますか?

小川:難しい(笑)。そこまで高尚なことは言えないですけど、医療のように生命維持に必要不可欠なものではないですけど、やっぱり人類が生きてきたなかで音楽はずっと供にあったものなので、やっぱり必要なものではないのかなと思います。
たまたまロックダウンが緩和された直後ぐらいにべートーヴェンを演奏する機会があったんですけど、やっぱり人類愛だったり、人間のエネルギーみたいなものをすごく感じて。家に1人で閉じこもっていなきゃいけない、閉じこもりがちなコロナ禍の中で、そういうオープンな音楽を聴くことで気持ちが晴れたなって自分は感じることができたので、そういった存在で有り続けるものであったらいいなと思います。

澤:例えば自分1人で、演奏会のあてもなく練習することがあると思うけど、そういうときはどういう気持ちですか?

小川:コロナのときは本当にそういう状況だったんですけど、やっぱり最初はやる気がなくなったりした時もありました。でも、技術的な不安を解消するために、クロイツェルとかセブシックとか、学生の頃にしっかりやって来なかったものを、これを機会にやってみようと。クロイツェルを全部一からやって、パガニーニのキャプリスは苦手ですけどがんばって練習してみようとか。やっぱりそういう基礎的な練習をすると、楽器との距離がより近くなれたんじゃないかと思って、それはすごくよかったなと思います。

澤:僕も25歳で初めて留学してロンドンに行ったけど、それまでにも国際コンクールで一等は獲ったことがなかったけどそこそこの成績をあげたり、N響のコンサートマスターの候補になったりっていうのがあったので、留学しても「ちょっとヨーロッパの空気を吸って帰ればいいや」程度の甘い考え方で行ったら、もう打ちのめされて。それこそセブシックとか音階からやり直しをさせられて。

小川:ええ! そうだったんですか。

澤:8ヶ月ぐらい、曲を触っちゃいけないと言われたことがあって。もちろん自分もそれなりにプライドを持っていたし、「セブシックをやるためにわざわざN響を辞めて来たんじゃない!」って思ってたんだけど。最初の3、4ヶ月は全然身が入らなくて、「最初の3ヶ月は曲をやらずにこういう基礎的なことをやりなさい」って言われたけど、身が入っていないからどんどんそれが延びて、8ヶ月ぐらい曲を弾けなかった。でも今思うと、その時期がなかったら、今60代半ばですけど、こんなに弾けてないなと。

小川:なるほど。

澤:だから思い返す時期、基礎に立ち返る時期っていうのはあのときあってよかったなって思うんだけど。まあ僕から見たらあなたの演奏技術はすでにピカイチだって思うけどね。

小川:いやいや。

澤:元々「才能教育」出身ですよね。スズキ・メソードは素晴らしいメソードだと思うけれど、基礎的なことよりはむしろ感性というか、まずは音を聴いてというところから始まるから。そういう意味で今コロナの時期に足もとを見る時間があったのは逆に幸いだったかもしれないね。

小川:そうですね。確かに。

澤:ヴァイオリンを始めた時期とかきっかけですけど、なんでヴァイオリンだったの?

小川:両親は別に音楽家ではないんですけど、聴くのが好きだったっていうのはあって。きっと何かをやらせようと思っていたとは思うんですけど。家から徒歩5分ぐらいの近鉄百貨店の中でスズキ・メソードのヴァイオリンの先生がレッスンをされていて、それを見学に行って「やりたい」と言ったらしいです。

澤:それはいくつぐらい?

小川:5歳で始めました。全然早くはないです。

(2001年度ヴァイオリン演奏会 橿原文化会館大ホール)

澤:最初はヴァイオリンだけ?

小川:実は3歳ぐらいからソルフェージュを先にやっていて。でも楽器としてちゃんとやったのはヴァイオリンが最初で。

澤:ソルフェージュってことはピアノは弾いていた?

小川:いや、そんなところまでは…。記憶に無いですね。和音当てとか。

澤:耳の訓練はしていたわけですね。耳は5歳までに出来上がっちゃうと言われますから。
ご両親は聴くのがお好きということですが、クラシックがお好きだったの?

小川:はい、クラシックが好きだったみたいです。周りにレコードとかもありました。父はよく演奏会に行っていて、それこそベルリンフィルとかウィーンフィルが来日した時も自分も含めていつも行っていました。

澤:一人っ子でしたっけ?

小川:はい。

澤:じゃあ「才能教育」で同じくらいの小さい子たちと一緒に合奏したりするのが楽しかった?

小川:そうですね。学校以外にも友達ができるし、楽しかったですね。

澤:高校は藝高ではなかったんでしたっけ?

小川:藝大には大学から来ました。

澤:いつ頃藝大を目指そうと思ったんですか?

小川:実は高校生の時に、スランプじゃないですけど、完全にヴァイオリンに自信を失ったことがありました。学生音楽コンクールを中学の時に受けていて全国2位になったので、指導してくださった先生としては「次は日本音楽コンクールを目指しなさい」みたいな。でも行ったら、大人のコンクールのレベルの高さに打ちひしがれて。そこですごいあがり症になってしまって、高校の時は「もうヴァイオリンは嫌だな」ってなっていたので、実は勉強の大学に行こうと思っていました。でも一回止めちゃうとこれまで培ってきた技術がもったいないなというのもあったので、高校3年生の夏にちゃんと藝大に行くって進路を決めたんです。

澤:わりと遅かったんですね。

澤:大学時代の思い出とか、藝大に来てどんなところがよかったですか?あるいはこんなはずじゃなかったとか(笑)。

小川:高校まで普通科で、音楽を目指している友だちが本当にいなくて。誰にも音楽の話や悩みを相談できず孤独だったんですけど、藝大に入ったら同じ目標をもっている仲間がいて、初めてそういう友だちができて相談し合ったり、先輩にアドバイスをもらったり。そういう仲間ができたことが自分には一番よかったなって思います。あとは音楽に集中できる環境だったので、レッスンも毎週あって、月に一回試演会があったりという環境が本当に入学してよかったなって思います。

澤:室内楽は入学した時から興味を持ったの?

小川:そうですね。少しだけ入学前に経験したことがあったりしたんですけど、指導していただいた原田幸一郎先生が「東京クヮルテット」をされていたというのもあって、クヮルテットは絶対にやりたいなと思っていたので、すごく興味はありました。

澤:学部の学生の時はクヮルテットを組んでたの?

小川:はい、クヮルテットしか組んでなかったですね。しかも自分の学年はヴィオラが全然いなかったので、ヴァイオリンとヴィオラを持ち替えて4年生まではずっと2個クヮルテットやっていました。

澤:じゃあ交代でセカンドやったりヴィオラやったりしてたの。

小川:ヴィオラで1個組んで、ヴァイオリンで1個組んでみたいな感じです。戸原直くん(藝大フィルハーモニア管弦楽団コンサートマスター)、伊東くん、古賀郁音さんとやっていました。

澤:戸原くんとは同期?

小川:はい、同期です。

澤:すごいレベルが高い学年ですね。

小川:いやもう、みんなすごいです。

澤:今後の目標はとして何かありますか? まだしばらくはドイツを拠点にという感じですか?

小川:そうですね。あと1年は学籍もあるので、ドイツを拠点に活動しようかなと思っています。

澤:アカデミーが終ったらミュンヘンに行くわけですか?

小川:いや、ベルリンにいようかなと思ってます。ドイツのオーケストラにも興味があって、大家さんがすごく親切な方で、「ドイツのオーケストラのオーディションが受かるまでは居ていいよ」って言ってくださったので。

澤:ベルリンフィルももちろんターゲットでしょう?

小川:はい。でも今度の3月にオーディションがあったんですがコロナの影響で延びてしまって、残念だったんですけど。

澤:ベルリンフィルは樫本さんと町田(琴和)さんの他にヴァイオリンの日本人はいるかな?

小川:ヴァイオリンはそのお2人と、あとハーフの方が1人いらっしゃって。

澤:町田さんは僕の直接の生徒というよりは、ほんの半年ぐらいレッスンを見たことがあります。ちょうどその頃町田さんが習っていた先生が外国に研修中だったので、一時期ね。

小川:そうだったんですね! 琴和さんはいつも完璧。さすがだと思います。

澤:彼女も相当長いですよね。ヴィオラに清水(直子)さんもいらしたでしょう?

小川:はい。

澤:日本のいわゆる団員としてはそれぐらいですか?

小川:そうですね。そのお三方だと思います。

澤:ぜひその方々に続いてください。

小川:この2年で5席くらい空くって言われていて、チャンスなのでがんばって受けてみます。

澤:ヴァイオリンを学んでいる学生や、藝大の後輩たちに何かメッセージはありますか?

小川:そんな大それたことは言えないですけど(笑)。
ドイツに来て思ったのは「英語はやっておけ!」ってことですね。改めて英語は人生の役に立つなって。日本にいたときはそこまで使っていなかったので全く感じませんでしたけど、向こうの方はいろんな言語が話せて、英語は共通でできるので、ドイツ語で詰まったら英語にパッと切り替えるんですけど、それも詰まったらどうしよ?みたいな。だから英語はやっておいたほうがいいのと、やっぱり友達・仲間は作って、信頼関係を築いておくとすごくいいと思います。

澤:大学時代の友人というのはライバルでもあるんだけどお互い磨き合って。やっぱり外国に行ったときに藝大の同級生だったり先輩だったりがいると心強いもんね。

小川:すごい心強いです

澤:そういうネットワークをどんどん作っていって欲しいですね。

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【プロフィール】

小川 響子
奈良県橿原市出身。東京藝術大学、同大学院修士課程を修了。アカンサス音楽賞、同声会賞を受賞。第10回東京音楽コンクール弦楽部門第1位、聴衆賞を受賞。カルテット・アルパとして2016年バンフ国際弦楽四重奏コンクールに参加し、Career Development賞を受賞。葵トリオとして2018年ARD国際音楽コンクール(ミュンヘン国際音楽コンクール)で、ピアノ三重奏として日本人団体初の優勝を受賞。東京交響楽団、新日本フィル、日本フィル、東京都交響楽団、札幌交響楽団などのオーケストラと多数共演。また、アンネ=ゾフィ・ムター、小澤征爾、大友直人、梅田俊明、大井剛史、Reinhard Goebelの各氏らとソリストとして共演。原田幸一郎、磯村和英、池田菊衛、小山実稚恵、山崎伸子、川本嘉子の各氏など、日本を代表する室内楽奏者と共演。また、ベルリンフィルハーモニー・シャルーンアンサンブルや、ベルリンフィル1stコンサートマスターのノア・ベンディックス=バングリーと室内楽で共演するなど、日本、ヨーロッパで演奏活動を広げている。2019年クララ・ハスキルコンクールでは最終ラウンドで共演するオーケストラでコンサートマスターを務めた。サイトウ・キネン・オーケストラに最年少メンバーとして参加、東京フィルハーモニー交響楽団第1ヴァイオリンフォアシュピーラー契約団員を務めた。 これまでに、サントリーホールをはじめとする国内の主要ホールの他、ベルリン、ミュンヘン、バイロイト、ケルン、バーデン=バーデン、ツェルマット 音楽祭など、ヨーロッパでの公演も数多く出演している。 葵トリオでは2枚のCDをリリースし、両ディスクともレコード芸術誌に特選盤に選ばれて好評を得た。 塩谷峰子、西和田ゆう、原田幸一郎、漆原朝子、松原勝也、堀正文の各氏に師事。サントリーホール室内楽アカデミー第3期、第4期フェロー。2017年度ヤマハ音楽支援制度奨学生。2018年10月から2021年3月までベルリン・フィルハーモニー・カラヤン・アカデミーに在籍、樫本大進氏の指導を受ける。現在、ミュンヘン音楽演劇大学にて、ディルク・モメルツ氏に師事。