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藝大人たち - 第一回 渋谷慶一郎

連続コラム:藝大人たち

連続コラム:藝大人たち

第一回 渋谷慶一郎

藝大出身の著名人に現役の学生が質問をぶつけ、その対話の中から芸術と教育の接続点について探る。本連載、「藝大人たち」は、そんな目的を持つ対談インタビューだ。初回は、音楽クリエイターとしてアンドロイド・オペラ「Scary Beauty」をはじめとする芸術作品を生み出し、時代の先端を切り拓く渋谷慶一郎氏(音楽学部作曲科卒業)に、音楽学部作曲科4年の有吉佑仁郎がインタビューを行った。音楽の未来は、音楽の中にはない。渋谷氏の言葉は、総合芸術の必然性を射抜く。

 

有吉

渋谷さんが手がけたアンドロイド・オペラ「Scary Beauty」が話題を呼んでいます。テクノロジーを用いた壮大なプロジェクトですが、藝大在学中は何を学び、どう活動されてきたのでしょうか?

渋谷

まず、「作曲の仕事がしたい」と思ったのが中学生くらいで、勉強するなら豊富なアーカイブがある藝大に、と思って入学しました。音楽学部作曲科の小鍛冶邦隆先生のもとでアカデミックな教育を叩き込まれて、抑圧されたのは今考えると良かったと思います。

2年次くらいからは学外で活動し始めて、自分でクラブでコンサートをオーガナイズしたり、高橋悠治さんとセッションさせてもらったり、いろんなことをやりました。休んでる暇がなかった感じで、それは今もあまり変わらないです。僕がいた作曲科の第一講座というところはフランス系の藝大アカデミズムの極致みたいなところで、そこでは異端として扱われて、「何やってんだお前」という感じだったんですけど、とはいえ僕は「自由に個性を伸ばす」ような教育にはあまり意味がないと思っています。個性を伸ばすのではなく、とにかくアカデミックな教育を叩き込む。そこから浮き上がってくる人が見出される方がいいと思っているのは、自分がそんなところにいたからかもしれないです。

有吉

その当時から、電子音楽に通じるようなジャンルに注目されていましたか?

渋谷

大学時代はそれほど電子音楽はやっていなくて、現代音楽の中で21世紀も生き残っているのはミニマルミュージックくらいかもと思っていたから、フィリップ・グラスやマイケル・ナイマンみたいに自分でアンサンブルや発表する場をオーガナイズする方法に共感していました。音楽的には雑食でリゲティやクセナキスの影響はすごく受けていたし、スペクトル楽派とかフィンランド楽派とか比較的最近の動向も漁っていました。ただ、既存の組織に頼らない方法論と独自の音楽形式を作り出したいというのは分かち難く一致していました。

有吉

渋谷さん自身は、どのような活動をされていたのでしょう。

渋谷

友達とアンサンブルでグループを組んで発表したりしてたら、人伝いに仕事の来るようになりました。ポップミュージックのアレンジャーやプロデュース、ピアノを弾いたり、ストリングスアレンジをしたり色々やっていました。ただ、音楽業界全体が低迷期に差し掛かっていて、アレンジはどんどん慣れて上手くなっていって仕事は増えるんだけど、アルバム制作とかレコーディングの規模が小さくなっていくのを見ていて、アレンジャーとかの仕事を自分の主軸に据えて生きていくもんじゃないなと思ったんです。業界の景気に左右されすぎるし、まずこれは自分の作品ではないと。当時は、狭い部屋にグランドピアノが置いてあって。ピアノの下で眠るような生活を送っていましたね。

有吉

今のご活躍からは想像できないですね。何か転機となる出来事はありましたか?

渋谷

生活の転機ではないけど、音楽的な転機はAppleの〈 PowerBook G 3〉が発売されたことですね。これ一つで音の生成も組み合わせ、つまり作曲もできるし、どこにでも持ち運べる。そうすると当然音楽も変わるわけで、巨大なピアノと五線紙も必要ないし、シンセサイザーとサンプラーをMIDIでつないだりすることも必要ない。そもそもシンセサイザーや電子機器は音楽のための製品だけど、コンピュータやソフトウェアは音楽制作のために作られていないものもあって、それを音楽に援用できたりするんです。その頃よくやっていたのは画像データをノイズに変換したりね。こうしてケージとかが夢みてた音楽と音楽外の境界というのが軽々と小さなラップトップの中で実現していくのを感じて興奮しました。音楽だけじゃなくて、レーベル運営も全てPowerBookの中で全てが完結するということは、システム自体が変わるということで、簡単に言うと音楽レーベルやるための部屋を借りたりする必要もないし、作曲家になるのに藝大の作曲科に入ってとかいうことも必要ないかもしれない(笑)。チェンバロの後にピアノが発明されて、音楽の中心が線的なメロディーから縦の響き、つまりハーモニーになっていったのと同じような音楽にとって大きな時代の転換期だと思いました。

有吉

そこから電子音楽へ傾倒していくのでしょうか。

渋谷

そうですね。こんな数百年に一度の転換期に生きているのだから、人生を賭けてみようと思ったんです。ただ、こういう話をすると「だから音楽教育はもう無意味なものになった」とかいう意見と混同されるんですけど、別にそうは思わないんですね。というか僕の場合は無駄にはならなかった。同時に何かを勉強すれば忘れることができますよね。しっかり身につけて忘れて、そこから本当の創作が始まるような感じがあって、忘れるというプロセスを体験するために学ぶと言っても過言じゃないと思う。ドレミや平均律やピッチの考え方を刷新し、リズムを拍節じゃなくて秒数で管理し、ノイズとは何かを考えはじめました。今まで藝大ではやってこなかったところに飛び込むわけですが、この一連の経緯があって自分の音楽がはじまったのだと思います。

有吉

PowerBookでの楽曲制作において、大きく変わったところを教えてください。

渋谷

例えば、人が感動したり心動かされる要因はメロディとかハーモニーだけではなく、バイオリンの音が消えていくときの弦のかすれ方やピアノのちょっとした強弱やテンポのズレといった、楽譜に書けない音色の部分にもあるんです。でも、藝大で習うことは楽譜に書けることが多いんですね。
僕は、弾き方とか、かすれ方とか、そういうことに当時からうるさかったんですが、そういう書けない部分が一度コンピューターに取り込むことによって顕微鏡みたいに拡大出来るようになったのが凄くおもしろかったですね 。電子音を一から作るときも、そういう音色自体はどこまで生理に接近できるか?、みたいなことが最初の興味でした。

有吉

それは理論化、数値化できるようになった、ということですか?

渋谷

理論化できないものを理論化できないまま、顕微鏡で扱うという感じです。 結果的に、出来ることがすごく増えたし、音楽の作り方も変わっていきました。結果的に1999年頃から、10年ぐらいはもうひたすらコンピューターに没頭してましたね。
PowerBookを買って、アレンジャーの仕事やピアノ弾く仕事を放棄してコンピュータで音楽作るのに没頭して、お金がないから一年間ずっと自炊して、ほとんど家から出ずに自分でご飯を炊いて、えのきを買ってきて炒めて納豆といっしょに朝晩食べて(笑)。お酒も全然飲まないで、食べ終わったらまたコンピューターに向かって…。こんなこともできるのか、あとはどんなことができるんだろう、ってひたすら追究していました。誰も教えてくれないから、1、2年の間ずっとやっていましたね。暗黒期でした(笑)。

有吉

そこまでのモチベーションをどのように保ったのでしょう…?

渋谷

何年かに一度、自分を完全にリニューアルしたいっていう欲求が出てくるんです。今までのやり方を捨てると勢いがつくというか。ぼくは覚えてないんだけど、藝大四年の小鍛冶先生の最後のレッスンの時に「現代音楽のことはわかったから、もうここにはいられません。さようなら。」って言って教室を出て行ったらしいんです。僕が教師だったら殴ってますね(笑)

有吉

渋谷さんはテクノロジーや視覚表現など、領域を超えて総合的な未来の音楽を10年以上前から考察し、実践されてきたと思います。これからの音楽の展望について教えてください。

渋谷

音楽の未来だけはわからないな。変わっているようで、音楽自体が変わっているとは感じないから。

有吉

総合芸術的な発想のほうに未来がある、と。

渋谷

音楽の中だけで思考しないほうがいい。視覚も聴覚も脳に入ってくる刺激としては実はシームレスに繋がっていて、作る側が分けて考えているだけだから。例えばアンドロイド・オペラでも音楽、アンドロイドの歌と動き、テクスト等さまざまな要素が絡み合っていて、人がなぜ感動してるのかなんてわからないです。特に「Scary Beauty」の場合は「人類最後の7つの言葉」じゃないけど、テクストが色々な小説や哲学の抜粋から出来ていて、そもそもが断片的です。これはすごく意図的で、オペラを作るときに物語に音楽をつける、と考えるとどうしても付随音楽のようになってしまっていわゆる単線的なものになりやすい。そういうものは退屈です。世界は同時多発的に物事が起きていて、単線的な物語を待ってくれるような優しさはリアリティを失っています。こういうこと言うと軽薄に聞こえるけど、スマートフォンが普及してから情報に対する切上げ方、ザッピングする感覚は加速しました。「密度がある表現」というのが普通になって、「密度と段差」の予測不可能性と予測可能性の間をどう行き来するか、みたいなことが表現の中心になっています。こういうことは常に変わり続けるからそれを無視してもいいし、創作の刺激やリファランスとしてもいい。どっちでもいいけど、人の知覚はテクノロジーによって変化を続けているのは事実です。

有吉

文学だったり、芸術だったり、音楽だったり、さまざまな知識体系にアクセスされていますが、どういった考えをお持ちなんですか?

渋谷

見回してもすごく面白いことって、決して多くないんですよね。どの分野でも「これは上澄みだな」と感じるようなものはあって、それは自然に引き寄せてしまう。でも、例えば音楽をやっているからと言って、上から下まで全部知ってもあまり意味がないし、そこから「音楽の未来」なんて考えてもポジティブな展望は出てこないでしょう。世界のおもしろいと思ったものを無秩序でもいいから、自分でピックアップして栄養にしていけばいいと思います。

有吉

そういった、総合的な視点を持つ人が、社会にとっての希望になると考えています。

渋谷

それが希望に見えるのは、あなた自身がそういう知のアーカイブ的な世界に属しているからです。そういう世界は近くにいると大きく見えるけど、世の中全体からみると実はとても小さいんです。もっと直接的に言うと僕が大学にいた時よりも、今の世の中の方がバカになっている。この場合のバカになっていると言うのは抽象的な思考力が低下しているということなんだけど、抽象的な思考がないと新しいものは作れないんですよね。それで言うと人類のピークは70年代という説もあるし、こういう力はすごい勢いで退化してる。そういう意味では社会的なムーヴメントとかに大きな期待はできないから、自分の好きなようにやった方がいいと思うし、結局は自分がどこにいるかなんです、大事なのは。

有吉

たしかに、渋谷さんの作品に励まされる人は、確実にいると思います。

渋谷

徹底的に自分の妄想を貫いて、自分勝手にやることです。例えば、「アンドロイド・ オペラ」にしても最初は荒唐無稽なアイディアだと言われてなかなか実現できなかった。でも、実現させれば言葉が一人歩きしていく。徹底的にやれば、世の中に一石投じるくらいにはなると思います。あと、ひとことで言えるコンセプトは大事だと思います。

有吉

これから、渋谷さんご自身が表現していきたいものについて、教えてください。

渋谷

より総合的に、よりパーソナルにというのはよく考えています。例えばいま、テクノロジーとアートということについて盛んに議論されていますけど、時間的コストと技術的なコスト、金銭的なコストがどれも足りてないことが多いです。本来アートはお金も時間も技術ももっとかけてやるものだったのが、そうじゃなくなってきている。2000年前後は、そうした既存の構造へのカウンターとして、ラップトップで何でもやるみたいなパンク的なアティチュードがあったけど、それも回収されて、いわゆるアートっぽいものが増えている。金銭的なコストって意外に短略されるけど、人はそこに時間や技術の蓄積を見たりすることがある。
アンドロイド・オペラは最初のコンセプトは直感的だったけれど、アンドロイドを作るのも様々な分野の専門家が関わっていることも、とにかくハイコストで、ただこれはさっき話した中では専門的な技術と金銭的なコストは今のテクノロジーアートの中では例外的に満たしていて、あとはどれだけ時間をかけて根気強く開発していくかだと思います。
どこの国のアーティストにアンドロイド・オペラのムービーを見せても、プロジェクション・マッピングかVRと勘違いしてリアルなアンドロイドが歌ったり指揮しているとは誰も思わないから、つまりこういうものはないということで、これから面白くなると思います。
あと気になっているのは、アーティストが思ってるより人はパーソナルにアートを受け取っているということです。例えば若い子は、コンピューターに USB でつなぐ一体型のスピーカーか携帯電話で音楽を聴いている。安い音響セットでしか聴かれないから音楽は良い音で作っても仕方ない、音楽は終わったとかいうのは年寄りの意見で(笑)、とにかく耳との距離が近くて、関係性としては近い。近いから耳の方もチューニングされていく。だから、わざわざ劇場へ行って中途半端なものを中途半端な環境で聴くより、自分の一体型スピーカーの方が快適だったりするし入ってくると思うんです。だから、劇場作品ならそれとは別次元のものを作らないと意味がないし、同時にその物理的、心理的な意味での近さは侮れない。これは音楽だけに限らない話ですけど。

有吉

最後に、後輩の藝大生にメッセージをお願いします。

渋谷

まず、先生の言うことは聞く必要ないかな(笑)。同時に、早めにメンターは見つけたほうが良い。それで、メンターが自分の先生とか大学の中にいる人ならアクセスできるからラッキーですよね。僕は藝大にいたときは小鍛冶先生にずっと習っていて、時々近藤譲先生の授業も受けたりしていました。タイプが全然違う二人だから得るものは大きかった。あと、僕は高橋悠治さんに憧れて現代音楽を始めたようなもので、彼と藝大時代に出会ったのも非常に大きかった。今の20代の子を見ていると優秀だけど真面目で、例えばアカデミックな現代音楽のスクールに入ろうとしたりする。何かの宗派に属すと、ひとときの安心感はあるかもしれないけど、そのやり方にはあんまり未来がないと思うんです。孤独でも外に出て行った方がいい。その先で見つけたものが血となり肉となるから。

 


【プロフィール】

渋谷 慶一郎
音楽家。1973年生まれ。東京藝術大学音楽学部作曲科卒業。2002年に音楽レーベルATAKを設立、国内外の先鋭的な電子音楽作品をリリースする。これまでに数多くの映画音楽やサウンドインスタレーションを発表。代表作に「ATAK010 filmachine phonics」、「ATAK015 for maria」など。2012年には、初音ミク主演による世界初の映像とコンピュータ音響による人間不在のボーカロイド・オペラ「THE END」を発表。同作品はパリ・シャトレ座での公演を皮切りに現在も世界中で公演が行われている。 2018年にはAIを搭載したヒューマノイド・アンドロイドが人間のオーケストラを指揮しながら自ら歌う、アンドロイド・オペラ「Scary Beauty」を発表。これまでにパレ・ド・トーキョーでアーティストの杉本博司、ロボット研究者の石黒浩と、パリ・オペラ座でエトワールのジェレミー・ベランガールとなど数多くのコラボレーションを発表。世界的な人工生命の研究者である池上高志とは15年に及ぶノイズや立体音響の協働、研究を行なっている。


【インタビュアー】

有吉 佑仁郎
1994年京都府出身。 東京音楽大学を中退後、現在、東京藝術大学音楽学部作曲科4年次に在学中。 2018年、学内選抜を経て木曜コンサートにてエレキギターを含む室内楽作品を発表。 同年、学内にて宮田亮平奨学金を受賞。 同年、第87回日本音楽コンクール作曲部門3位(オーケストラ作品)。 同年、第35回現音作曲新人賞入選。 2019年、学内にて長谷川良夫賞を受賞。 同年9月5日、藝大モーニングコンサートにてオーケストラ作品が選抜され初演予定。 現在、作曲を小鍛冶邦隆氏に師事。


ライター:長嶋太陽 撮影:新津保建秀 渋谷氏ヘアメイク:阿部孝介(traffic)