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藝大リレーコラム - 第二十回 海老洋「今思うこと」

連続コラム:藝大リレーコラム

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第二十回 海老洋「今思うこと」

以前、雑誌の取材で「あなたにとって“絵を描くこと”とは?」と質問されて困ったことがある。絵描きが作品をつくる。そこには素敵で荘厳な動機や状況を求められることが多い。斎戒沐浴とまでは言わないが、居住まいを正すなり、静謐で孤独な戦いを始めるなり、決してお茶とお菓子を傍らにパソコンで動画を流しながら、なんてことは許されない空気がある。嘘をつくわけにもいかないけど素敵な答えも見つからないので、「私にとって絵は“参加”」と答えた。
私にとって作品は参加の意思表明です。団体展に参加、様々な展覧会にも参加。もちろん絵を売ってアートビジネスにも参加している。大学に属し“日本画”というカテゴリーにも参加している。博士課程の終盤、学生の身分が終わる頃、自分の将来に職業としての“画家”という考えはイメージできなかった。ただ、他にできることもないので漠然と、絵を描くだけの画学生という当時の状況を引き伸ばせるだけ引き伸ばしてみようと考えた。 “美術界”なのか“日本画壇”に対してなのか知らないけど、とにかく作品発表し参加を表明してみた。私は絵で社会に参加して居場所を作り、それが現在まで続いている。
昨年度末からのコロナ渦の中、絵描きとしてはどこにも参加できていない。作品を描いても発表できない。参加してきた社会から急に出されたようで、何の展望もなく発表を続けていた頃より強い手詰まり感に焦りながらも、在宅の日々は意外にも平穏に過ぎてゆく。飛行機が飛ばず自動車も少ない今は、空や空気が綺麗だ。締め切りのない絵をじっくり描いた。外食もできないし、好きな和菓子も手に入らないけど、家のごはんだけずっと食べて体調が良い。最後まで大事にとっておいた老舗和菓子店の期間限定羊羹にもついに手をつけてしまって、仕方がないので家にある材料で素朴な駄菓子を作ってみたら、これが意外と美味しかった。コロナ混乱の中での不自由だけど“ちょっと良いこと”が目についてくる。家に籠り、通勤電車だのレジの行列だの煩わしい日常から少し離れて、このままでは「これはこれで良いのかも」で締める言葉が見つかってしまいそう。
作家活動や大学教育も同じで、所属団体展の春の展示が中止。準備していた個展が延期。研究室の研究発表展の開催は未定。と、先が見えない。大学も実技授業のオンラインなんて不可能だと、教員一同頭を悩ませる毎日でしたが、オンライン授業も会議も始まってみればなんとか進んでいる。
「絵描きは生涯自室に閉じこもって作品を描いていく仕事だから、一時期のこんな経験も将来役に立つ」とか「この機会にじっくり作品に向き合う」みたいな、「これはこれでいい経験」なんて締める言葉も同じようにありそうで、それも魅力的な選択肢かもしれないけど、でもやっぱりこんな状況は作家にも学生にも絶対に良いわけがない。
展覧会場や大学で先輩、後輩、友人、同期、なんでもいいけど、他人の作品の中で自分の作品を見て、同感できたり、否定したり、才能だったり、努力だったり、優越感だったり、劣等感だったりで、その諸々が、辛いし、面倒くさいし、これが経験というものだとしたら知らなくても良かったなんて思ったとしても、やっぱりそれらを含めた環境に身を置くのが絵描きだと思うのです。
作家なんて自分も含めて、元々対人関係が得意じゃない人ばっかりだ。いつもの社会や以前の日常に戻るのは決して楽しいことばかりではないのは知っている。オンラインでない人間関係や他人との行動は不快なことがあったり、ともすれば危険が伴うこともあったりすることも知ってしまった。それでもその場所に戻って、作品を介して他と関係を築くために社会に参加してゆく。この最後の辛い仕事がないと成立しないのが作家という職業なのだと、改めて実感している。
空が綺麗だからって文明や他人が無くなって良いわけはないし、1日も早く雑然と魅力的な日常が戻ることを願っています。

団体展で展示予定だった日本画作品「ビエル ビヤカス」

 

写真(上)在宅期間中のアトリエ

 


【プロフィール】

海老洋
東京藝術大学美術学部絵画科日本画准教授 1965年 山口県生まれ 1995年 東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程美術専攻 単位取得退学 2006年 一般社団法人 創画会 会員推挙 2009年 広島市立大学芸術学部 准教授(‘14〜 同教授) 2016年 東京藝術大学美術学部絵画科日本画 准教授