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藝大リレーコラム - 第三十九回 野平一郎「コロナ禍の中での退任の想い」

連続コラム:藝大リレーコラム

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第三十九回 野平一郎「コロナ禍の中での退任の想い」

藝大を退任する大切な1年と思っていたら、新型コロナ・ウィルス感染拡大で、とんでもない年になってしまった。今年考えたことや体験したことは、恐らく一生記憶に埋もれることはあるまい。

さて、御多分に洩れず、今年、特に上半期は多くのコンサートが中止となり、私にとっても夏に予定されていた2つの大きな作品の初演が飛んでしまった。1つは東京オリンピック関係で、和太鼓のアンサンブルとアマチュアの大オーケストラの作品だった。五輪なので、和太鼓とオケで世界の五大陸の音楽を順次演奏していくというとてつもなく困難な注文(!!)だったが、アフリカやオセアニアなど、和太鼓でも演奏できる素材を見つけてはなんとか切り抜けて行った。1-2月にはコロナのニュースを横目で見ながら、まだなんとかモチベーションを保ちつつ作曲を続行していた。3月頭には感染を心配しつつも和太鼓を演奏してくださる林英哲さんの小田原の道場まで出かけ、無事リハーサルが始まり、よしっ、これからだと思った途端中止となった。もう1つは、ここのところ静岡で2年続いてきた委嘱作品の企画で、今年が3年目となる「静岡トリロジー」というオーケストラの3部作。NHK交響楽団が3回も続けて委嘱作品を演奏してくれるという、作曲家にとっては天から幸運が落ちてきたようなプロジェクトだったが、この3作目、最後の40分かかる作品は作曲中に中止が決まった。8月の初演予定だったから、少なくとも5月には写譜屋に渡さないとアウトだったが、再来年に延期が決まった途端、まったく筆が進まなくなった。作品は静岡出身の詩人、大岡信の詩の断片に基いたもので、割と抽象的な方向性、空間と時間を題材にしたもので、自分の今までの集大成を期すものだったが、締め切りをすぎて何ヶ月もかかって最後の二重線を引いた。楽譜が写譜屋に渡っても、果たしてこれで三部作がきちんと終わりまで書けたのかどうかの定かな判断もできないでいる。

このようにWithコロナの生活は、本当に緊張を強いるものだ。人と人とのコミュニケーションを分断してしまうだけなく、人の心理的な内面をも分解しかねない厄介なものである。今年は秋になってもレッスンやクラス授業等オンラインでの実施が主だった。作曲科の若い学生たちは、何とかオンラインについてきてくれて、せっせと作曲した譜面を送ってくれる。彼らとて、先生には打ち明けられない多くの悩みやストレスを抱えているのだろうに、頼もしかった。そんな苦闘は若さの持つエネルギーが吹っ飛ばしてくれる。そんな譜面であり、そんな作曲のアイディアである。彼らはきっとこのコロナが蔓延する新しい生活様式を新しい創造の形に変えていってくれるに違いない。そんな若い藝大生の活動をこの3月で見られなくなってしまうのは、寂しい限りだ。

野平一郎 2019 ⓒYOKO  SHIMAZAKI 

 

写真(上):静岡県⽂化財団主催「NHK交響楽団×野平⼀郎プロジェクトⅡ
」(2019年3⽉24⽇/グランシップ中ホール・⼤地)
演奏曲 野平⼀郎︓静岡トリトジーⅡ “終わりなき旅”(委嘱作品 世界初演)
写真提供(公財)静岡県⽂化財団

  

 


【プロフィール】

野平一郎
東京藝術大学音楽学部作曲科教授 1953年生。東京藝術大学、同大学院修士課程作曲科を修了後、フランス政府給費留学生として、パリ国立高等音楽院で作曲とピアノ伴奏法を学ぶ。ピアニス トとしてフランス国営放送フィリハーモーニック、バーゼル放送響、アンサンブル・アンテルコンテンポランタン、ロンドン・シンフォニエッタなど内 外のオーケストラにソリストとして出演する一方、多くの名手たちと共演し室内楽奏者としても活躍。作曲家としてはフランス文化省、IRCAMから の委嘱作品を含む100曲以上に及ぶ作品を発表。近年ではシュレスヴィッヒ・ホルシュタイン音楽祭で初演されたオペラ「マドルガーダ」、パリの IRCAMで初演されたサクソフォンとコンピュータのための「息の道」などが作曲されている。最近では積極的に指揮活動にも取り組んでいる。第 44・61回尾高賞、第35回サントリー音楽賞、第55回芸術選奨文部科学大臣賞、日本芸術院賞ほかを受賞。2012年春、紫綬褒章を受章。現在、東京藝術大学 作曲科教授、静岡音楽館AOI芸術監督。