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藝大リレーコラム - 第四十二回 長谷川祐子「キュレーション0年」、変化に対応する翼を

連続コラム:藝大リレーコラム

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第四十二回 長谷川祐子「キュレーション0年」、変化に対応する翼を

国際芸術創造研究科の立ち上げに参加してから5年が過ぎました。海外からも志願者が増え、特に中国やアジア圏の学生は、欧米の大学で学んだ西洋中心の美術館論や価値観が自国で応用できず、非西洋という立場で独自の美術館やアート施設運営、展覧会をつくってきた日本に関心をもっています。リサーチや論文だけでなく、リサーチ結果を生かし、アートプロジェクトや作品を空間に展示構成して、人々と共有し、複合的な知覚体験によって新たな知の生産をめざすのがキュラトリアル実践です。これは、いままで有効だった理論や常識が通用しなくなった現在のような変化の時期に、オルターナティヴを考えるよい方法だと思います。

ものや情報、人が集まり、交流を生み出す展覧会というプラットホーム、世界中がリサーチや活動の対象となるグローバルキュレーションにとって、この一年は本当に厳しいものでした。新一年生とも対面することができず、宣言が緩和されたとき、私が東京都現代美術館で企画したオラファー・エリアソン展で顔を合わせたのがほぼ初めてでした。オンラインで見るのと違って皆フレッシュで感受性豊かそうだなあと、そのフラジリテイも含めてしみじみと感じたことを覚えています。そのとき、展覧会の作品や構成だけではなく、この状況下で観客が何に集中し、反応しているのかよく見るように彼らに促しました。Stay homeでスクリーンに釘づけだった観客の目が、身体が、展覧会の中で自分の身体をとりまく光や霧に触れ、反応することで五感がよみがえってくる回復の過程がみえたからです。

人数制限にもかかわらず3ヶ月で13万人の観客を動員したこの展覧会は、作家不在のままに、サイトスペシフィックな新作4点を含む全作品をリモートで展示した、私にとっても初めての体験でした。その過程―作家からの詳細な展示指示とこちらのやりとりーをまとめ、リモート展示のメソッドとして、オンライン授業で学生と共有しました。展覧会を公開できない間に、オンラインイベントstaying Tokyo でエリアソンと互いの心情を率直に語り合い、展示風景を紹介したライブトークに、内外2000人のアクセスがあったことは、オンラインでコンセプトや展覧会を伝えるよい予行演習となりました。何もかも初めてづくしのキュラトリアル体験をそのまま学生と共有する―困ったことも新しく発見したことも。そういう意味で私はこの『キュレーション0年』ともいうべき一年を彼らとともに学んでいったのだと思います。

私のゼミの修士一年の学生が企画する陳列館展覧会『Alter-narratives-ありえたかもしれない物語-』も、準備の最終段階2月でオンラインに切り替えが決定となりました。デザイナーやプログラマーと試行錯誤をしながらオンラインならではのコンテンツを、撮り下ろしの実写も含めて作り上げ、6月には公開にこぎつけました。(1ヶ月で7800人がアクセス)「人生初めての展覧会企画がオンラインだった」学生たちの『キュレーション0年』が、これからどのように発展、展開するのか。見守りつつ、変化に対応する翼をもった新しいキュレーションを、彼らとともに考えてゆきたいと思っています。

オラファー・エリアソン展会場:iPadで作家と話す様子
陳列館「Alter-narratives-ありえたかもしれない物語-」

写真(上):Staying Tokyo オラファー・エリアソンとの対談

 

  

 


【プロフィール】

長谷川祐子
東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科 教授 キュレーター/美術批評。京都大学法学部卒業。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。水戸芸術館学芸員、ホイットニー美術館客員キュレーター、世田谷美術館学芸員、金沢21世紀美術館学芸課長及び芸術監督、東京都現代美術館チーフキュレーターを経て、現在、同館参事。4月から金沢21世紀美術館館長就任予定。文化庁長官表彰(2020)。主な企画展・国際展に、第7回イスタンブール・ビエンナーレ「エゴフーガル」(2001年)、第 4 回上海ビエンナーレ (2002 年)、第 29 回サン・パウロ・ビエンナーレ (2010 年)、第11回シャルジャ・ビエンナーレ「re-emerge, toward a new cultural cartography(リ・イマージ: 新たな文化地図をもとめて)」(2013年)、第7回モスクワ・ビエンナーレ『Clouds⇆Forest』(2017年)、第2回タイランド・ビエンナーレ(2021年)など。主な著書に、『キュレーション 知と感性を揺さぶる力』、『「なぜ?」から始める現代アート』、『破壊しに、と彼女たちは言う:柔らかに境界を横断する女性アーティストたち 』など。