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藝大リレーコラム - 第四十五回 佐野靖「アーティストや学生たちの発想、提案に学ぶ」

連続コラム:藝大リレーコラム

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第四十五回 佐野靖「アーティストや学生たちの発想、提案に学ぶ」

アナログ人間でSNSを利用した情報発信にも縁遠い私にとって、オンライン授業のスタートは不安でしかなかった。右往左往しながら、それでも周りの先生方や教育研究助手たちに助けられ、何とか授業を進めて行くことができるようになった。どの授業でも教材や指導法に関して創意工夫が求められたが、なかでも学校現場等でアウトリーチ活動(コンサートやワークショップ、指導など)を企画・実施する「音楽アウトリーチ」の授業では、内容的に大きな見直しを余儀なくされた。そこで、コロナ禍だからこそできることに徹しようと発想を転換し、通常であれば、スケジュール調整が難しいアーティストたちに、ダメ元でゲスト講師を依頼してみたところ、藤原道山さん(尺八)や上野耕平さん(サクソフォーン)、山本耕平さん(テノール)といった錚々たる面々が授業のゲストを引き受けてくれたのである。彼らの熱いメッセージから受講生のみならず、私自身もたくさんのことを学んだ。例えば、上野さんは、コロナ禍でほぼすべての仕事が延期やキャンセルになったのを機に、指揮の勉強を始めた。いわば自分への投資である。その指揮のレッスンで自分の思いと身体、感覚がバラバラで、やりたいことがまったくできない自分と出会う。ただ、その体験はとても新鮮で、充実した幸せなものだったという。

アーティストたちの次は、受講生たちのアイディアに助けられた。対面でのアウトリーチの実践やネット環境の問題でオンラインでの交流さえも厳しい地域や学校と、動画のやり取りを通して繋がって行こうという提案である。早速協力を得られそうな地域や学校に依頼し、生徒たちの合唱や独唱、楽器演奏の動画を送ってもらうことにした。それらの動画に対して、藝大生たちが指導のコメントを書いたり、実際にモデル演奏を動画に収録したりする。対面やリアルタイムで関わることができなくても、まさに時間や空間をこえ、「音楽すること」を通して子どもたちと藝大生が繋がることができたのである。

こうしたアーティストや学生たちの発想や提案は、自治体等との社会連携の事業においても大変役立っている。対面でのアウトリーチ活動が問題なく展開できるようになっても、オンラインでの交流も続けて行きたい。演奏や指導の動画作成は、関連するスキルを高めるだけでなく、話し方や身振りなど自分では気付かなかったくせなどもチェックすることができる。すなわち、自己反省という点でも動画作成は有意義と言える。

私たちの年代になると、自分では気が付かないうちに、固定観念や前例の呪縛に陥っている場合が少なくない。こういう予測不可能な時代だからこそ、若い学生やアーティストの感性や直感に学ぶことが大切であると実感する。

声楽の動画収録(2021年3月撮影)

 

写真(上):金管五重奏の動画収録(2020年10月撮影)

※なお、これらは感染症対策を十分に行い撮影したものです。

 


【プロフィール】

佐野靖
東京藝術大学音楽学部教授(音楽教育) 学長特命・社会連携センター長 1957年、徳島県生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院音楽研究科(音楽教育専攻)修了。音楽科の授業研究・カリキュラム、音楽教員養成制度を主なテーマに研究を展開。教科書や専門誌の編集、教育行政の協力者等の任にも携わる。「日本のうた」にかかわっては、『心に響く童謡・唱歌―世代をつなぐメッセージ』、『唱歌・童謡の力:歌うこと=生きること』、『文化しての日本のうた』(以上、東洋館出版社)を刊行し、歌い継ぐ活動を展開。近年は、「音楽アウトリーチ」の活動に積極的に関わり、全国各地の学校等にアーティストを派遣し、コンサートやワークショップなどを提供している。2013~2015年度、東京大学大学院客員教授も兼務。文化庁の芸術による復興支援プロジェクトや芸術教科教員研修等もコーディネート。2018年度より学長特命・社会連携センター長。