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藝大リレーコラム - 第五十回 平松英子「遠くても近い声」

連続コラム:藝大リレーコラム

連続コラム:藝大リレーコラム

第五十回 平松英子「遠くても近い声」

2020年4月、コロナ禍での初の緊急事態宣言が発令されました。声楽科とオペラ科(大学院)の授業科目は打撃を受け、声楽教員全員で一科目ごとに検討し、前期授業及びレッスンは、オンラインという形をとる事になりました。

オンライン…。対面が大前提のレッスンはこの日から画面に変わりました。どうすれば最良の「音」が相手に伝わるのか?学生たちの全面協力のもと試行錯誤の毎日が続きました。伴奏無しで歌っても、声量が強すぎると音が切れてしまったり、速いパッセージを歌い続けると音がよれてしまう、少しずつ声がずれて聞こえてくるタイムラグ…。これらを調整しながら何度も何度もチャレンジを続けました。伴奏も楽譜どおりに弾くと、音が重なりすぎて途中で音が切れてしまう。そこで先ず、学生に無伴奏で歌ってもらい、次に限りなく音を削除した伴奏を私が弾き、学生は自分のマイクを切り、その伴奏に合わせて一人で歌ってもらう、という形をとりました。学生も私も初心者であり、お互い忍耐力が必要でしたが、少しずつタイミングを掴むことができるようになりました。

コロナ禍で登校禁止となり、大学で練習が出来なくなった学生たちは、練習場所を探すことも大変でした。自宅にいる学生でも声が自由に出せる学生はごく一部。ご家族がテレワーク中であったり、オンライン授業中であったり、声を出したくても出せない状況にいる学生が多いのです。下宿や寮にいる学生も、自分の部屋で声を出すことは許されず、練習室も空いている時は殆ど無く、唯一思いきり声が出せる場所が、カラオケボックスだという実状を知り涙が出ました。ピアノを使って練習できない学生たちの為に、勉強中の曲の伴奏を私が弾き、録音をし、それを聞きながら少しでも練習ができるように、一人ずつ送信しました。

2020年10月(後期)オンラインに加えて、対面でのレッスンや授業がスタートしました。パーテーションを立てたレッスン室の中で、学生も教員もマスク着用で歌う初めてのレッスン。時間も短縮され、その残りの時間は、レッスン室の消毒と換気にあてられ、今もなお学生と教員が一緒に、毎回徹底的に緊張感を持って実施しています。タイムラグは無いけれど、マスクを着けての歌唱は表情も見えにくく、発音も不明瞭になり、呼吸も発声も苦しくなってきます。オンラインのレッスンでは、マスクが無い為、表情がよく見え、発音や発語、唇の摩擦音、破裂音、母音の明暗など対面レッスンで聞きとりにくい細部を把握することが出来ました。

タイムラグがあるからこそ、お互いの声を集中して良く聞きあえるようになっていました。静かに、一呼吸待つことにより、相手の音に「耳を澄ます」ことが自然にできるようになっていました。私にとってのオンラインとは…。離れていてもお互いに伝え、感じ合うことができるレッスン。学生たちの「歌いたい」という気持ちがストレートに伝わってきます。
オンラインレッスンには、遠くても「近い声」がありました。

(2020年10月 パーテーション設置されたレッスン室)

 

写真(上):2020年11月 パーテーション設置による「博士リサイタル」(第6ホール/無観客)

 


【プロフィール】

平松英子
東京藝術大学音楽学部声楽科教授 東京都出身。東京藝術大学、同大学院(オペラ専攻)修了。ドイツ学術交流会(DAAD) 奨学生としてミュンヘン音楽大学に留学。在学中に、J.S.バッハ「ヨハネ受難曲」でデビュー。マイスタークラス修了後、モーツァルト「魔笛」パミーナ役でデビュー、テアター・デス・ヴェステンス(ベルリン) 他に出演。宗教曲のソリストとして、ヘルマン・プライ、ペーター・シュライアー、ジュゼッペ・シノーポリ他と共演。帰国後オペラ、ウェーバー「魔弾の射手」、モーツァルト 「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」、原嘉寿子「脳死をこえて」他に出演。湯浅譲二、細川俊夫をはじめとする現代作曲家の初演にも多く関わる。CD「4つの愛のマドリガル」他。現在、東京藝術大学音楽学部教授。洗足学園音楽大学講師。ジロー・オペラ新人賞受賞。ジュネーヴ国際音楽コンクール審査員(2011)。日本声楽アカデミー会員。日本演奏連盟会員。