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藝大リレーコラム - 第六十六回  山田武彦「今、思うこと」

連続コラム:藝大リレーコラム

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第六十六回 山田武彦「今、思うこと」

ピアノを習いたての小学生の頃に音符の読み方を教わった。「土星の形をしているのがドだよ」「この音符はリンゴ一個分で1拍、お兄ちゃんからリンゴ半分もらって、これで付点 4 分音符」

そののち専門的にやりたかったら受験勉強が必要とのことで、正確に聴き取って100点目指す。長調と短調の違いは楽譜を見るだけでわかるようにする。現在の担当科目「ソルフェージュ」の自分自身の学習の原点である。

藝大の授業は週2回、朝一番に始まるから学生も教員も遅れないよう必死だ。音楽の基本の反復訓練なのだからこのくらいの努力はやむを得ないが、やはり必死だ。「出来るようになる」ことが判別しやすいのは答えがひとつしかない課題に取り組む場合である。問1は正解、問2は2点減点、シャープ(#)が抜けていたから。しかしこれには落とし穴があって、放っておくといつの間にか取り組む範囲が狭まっていく。決まったことばかり学習するようになってしまう。音楽はそうではない。基本中の基本として子どもの頃から習ってきた音の高さや長さが、取り組む音楽の時代や国やさまざまな条件次第で自在に変わる。正しく出来なければ減点ばかりされて怒られていたあの忌まわしき「ソルフェージュ」は、基礎の基礎でもあり、裏を返せば応用のまた応用にもなるのだ。2拍子、3拍子の楽譜と睨めっこしているうちに、これがダンスを表す書き方だとわかる瞬間、教室にある目の前の机と椅子が邪魔になる。身体が動き出さなければダンスではない。

昨日まで常識と思われていた習慣も最近の研究に気を配っておかないと覆ることすらある。それまで活気ある勇ましいものと思っていた曲が実はその対極の表現だったと。自分ひとりで読み聞き、新しいことをあらたに覚えようと努力しても限界がある。人に尋ね、コミュニケーションを通して常に情報を求めていきたいものである。その分野の専門家に尋ねる。ところが視点が違うのである。興味の対象が異なる。場合によっては世代が異なるだけで話が行き違う。これが面白い。自分がひとつの考え方だけに固執していたことに気付かされる。

対面で話すことができない状況にも直面すると、慣れない媒体の扱いに際してのトラブルもあるにはあった。しかし自分ひとりでものを考える時には然程気にならなかったのだが、相手がいて、コミュニケーションの末に学生にも情報を共有し実践し、皆に集まってもらい意見交換をし、音楽を通してその利益を還元しようとするとき‥‥‥我々にいま必要な‥‥‥お金が足りないと、これをまさに今、思う。

大人になってから弾くと背伸びをしたタイトル『おとなになってからひくためのきょく』


【プロフィール】

山田武彦
東京藝術大学大学院 音楽研究科 音楽文化学専攻 (ソルフェージュ)准教授 東京藝術大学大学院作曲専攻修了。1993年フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院ピアノ伴奏科に入学、同クラスの7種類の卒業公開試験を、審査員の満場一致により首席で一等賞(プルミエ・プリ)を得て卒業。フランスの演奏団体である2e2m、L'itineraire等でソリストとして演奏し、現代音楽の紹介を務める。またフランス北部のランス市において大戦後50周年記念式典のために、ヘブライ語による委嘱作品を発表。帰国後はピアニストとして数多くの演奏者と共演、的確でおおらかなアンサンブル、色彩豊かな音色などが好評を博し、コンサート、録音、放送等の際のソリストのパートナーとして厚い信頼を得る。2004年より“イマジン七夕コンサート”音楽監督、2007年より“下丸子クラシックカフェ”ホスト役を担当するなど、ユニークなコンサートの企画にも参加している。東京藝術大学招聘教授を経て現在同大学音楽文化学准教授、洗足学園音楽大学客員教授、東京音楽大学非常勤講師。全日本ピアノ指導者協会正会員、日本ソルフェージュ研究協議会理事、日本ピアノ教育連盟会員。 2017年より浅草オペラ100周年記念企画「ああ夢の街浅草!」にて音楽監督を務め、全曲の作・編曲を担当、浅草「東洋館」他にて60回以上の上演を行う。