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令和元年度卒業・修了生への学長からのメッセージ

2020年03月31日 | イベント, 全て, 大学全般

2020年3月25日(水)に開催を予定しておりました令和元年度卒業・修了式は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、中止いたしました。

卒業・修了式に代わり、卒業・修了される皆さんへ澤和樹学長からのメッセージを掲載いたします。

卒業・修了生を対象に以下日程にて、澤和樹学長からのメッセージを動画配信しております。
卒業・修了生へは個別メールにて動画URLを周知しましたのでご確認ください。
 
公開日程:令和2年3月25日(水)11:00 ~ 3月31日(火)17:00

※SNS等で本映像やURLを転用することはお控えください。
※動画配信に伴い、卒業・修了生の藝大アカウントの利用期限を3/31まで延長致します。

 

澤和樹学長からのメッセージ

卒業生、修了生の皆さん、卒業・修了おめでとうございます。また、各賞を受賞された皆様にも心よりお祝いの言葉を贈りたいと思います。

今年は、新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐため、やむなく奏楽堂での式典を中止し、またご家族やお友達と一緒にその喜びを分かち合う事が出来なくなったことは大変残念です。

昨年末に中国で発生した新型コロナウィルスは、またたく間に全世界に拡がり、経済や流通に予想外の混乱をもたらし、夏のオリンピック、パラリンピック東京大会の開催すら予断を許さない状況となっています。

現代社会のグローバルな人の移動や情報伝達の急速な発展がもたらした陰の部分でもあり、それは便利さと利潤追及を第一にし、地球環境をないがしろにしてきた人類への神からの警鐘のようにも思えますし、自国第一主義や英国のEU離脱など、分断する世界のトレンドに、もう一度、本当にそれで良いのかと問いかけられているようにも感じます。

3月中に予定されていた演奏会やイベントはほとんど中止となり、上野公園にある博物館や美術館も閉鎖されたままです。

爆発的な感染拡大を防ぐために、やむを得ない対策だとは思いますが、兎角、芸術は、「たとえそれが無くても、生きては行ける…」と思われてしまう節があって、芸術に携わる私たちにとっては、とても残念な事態です。もっとも、その後、感染は地球全体に及び、移動制限や、入国拒否などの対象が日に日に広がり、石油ショックやリーマンショックを超える全世界的な危機となりつつあります。

今から9年前の3月11日には東日本大震災があり、地震と津波で2万人近い方々が犠牲になり、原発事故も重なって、多くの方々が不自由な生活を強いられました。9年前というと皆さんの多くは中学生、高校生の頃でしょうか? 岩手、宮城、福島などで、ご自身、被災経験のある人もいるかもしれませんね。

東日本大震災の時も、多くの演奏会やイベントがキャンセルされました。仙台フィルハーモニー管弦楽団はプロのオーケストラで、私の教え子も何人かメンバーとして在籍していますが、オーケストラの団員の多くも被災者として苦しい生活を余儀なくされました。コンサートホールも使用不可能、そしてなによりも、人々は演奏をゆっくり楽しめる環境にはありませんでした。

3か月ほど、演奏会がない期間が続いたところで、オーケストラのメンバーたちが何人かずつグループを組んで、体育館など集団で避難生活をしている方々に慰問演奏を始めたところ、多くの人たちが涙を流して喜んでくれたそうです。聴衆の一人が、「こうやって集団で生活していると、どんなに辛くて悲しくても、みんな、同じように苦しんでいるのだから…と決して涙を見せないように我慢して来たけど、今日の演奏を聴いていたら、とめどなく涙が出て、周りの人たちも泣いているから、気兼ねなく泣けて、本当に救われました。」と言われたそうです。

このように素晴らしい音楽や芸術には、人々に安らぎを与え、勇気づける力があるのだと思います。

生命体には様々な周期性が存在します。心拍、呼吸、脳波などはリズムを刻んでいて、それらは、大自然が創り上げているリズムと調和しているのではないかと思います。人間の1分間の呼吸数がおよそ18回程度で、これは海の波が寄せては返す回数と同調しているとも言われています。人間の体が、地球46億年の長い営みの中で、海の中で生まれた原始生物から進化し、育まれたことを実感します。クラシックの名曲や優れた芸術には、肉体や、精神の乱れたリズムを正常なものに取り戻してくれる力があるのではないでしょうか? だからこそ、何百年もの時を超えて、あるいはヨーロッパの一地域で生まれた音楽が、世界中の人々に愛され、守られ続けているのだと思います。

東洋医学では「一息四脈」(いっそくしみゃく)という言葉があるそうで、一呼吸で4回の脈を打つ状態が、健康な状態とされているそうです。実はクラシック音楽でも4拍子の音楽が圧倒的に多く、日本古来の音楽に至っては、ほとんどすべてが4拍子でできているそうです。このあたりも、人間の生理と音楽のもつ癒しの力の関係を感じさせてくれます。先ほど音楽学部長の迫先生と演奏した曲は、マスネの「タイースの瞑想曲」です。ヴァイオリンの小品として有名ですが、私は究極の癒しの音楽と考えています。この曲も4分の4拍子で書かれ、テンポも四分音符が1分間に72前後です。これは先ほどの1分間に18回の呼吸数に4を掛けた数字であり、健康な人の平常時の平均的な脈拍の数です。

最新の厚生労働省の調査によると日本人の平均寿命は、男性81.25歳、女性は87.32歳で過去最高を更新したそうです。国際比較で見ても、日本女性の世界ランキングは第2位、男性は第3位と好成績ですが、一方で、平均寿命と健康寿命との差は、年々広がっているという統計もあり、現在、男女ともに10年前後の開きとなってきているようです。

これは、何を意味するかというと、健康不安と闘いながら晩年をより長く生きなければいけない…と言えなくもありませんし、高齢者の医療費による国家財政への負担増、さらには、少子化が進む次世代への大きな負の遺産に繋がるものでもあります。

医学の進歩で得た寿命の長さを、幸せな人生の幕引きにつなげる事も、芸術がなしうる医療や福祉への重要な貢献であると信じます。ある種の認知症治療には、音楽療法が極めて有効であり、アメリカ合衆国では、音楽療法士や芸術療法士が、医療、福祉の現場で重要な役割を果たし、社会的地位も確立していると聞いています。卒業生の皆さんの多くは、今後も創作活動や演奏活動を通じて自己研鑽の日々を重ねてゆくと思いますが、東京藝大は、130年を超える伝統を大切にしながらも、常に新しい芸術の価値を生み出してゆきたいと思っています。近年、芸術と科学の融合をテーマとした、Arts meet science(AMS プロジェクト)による東京大学医学部や順天堂大学との連携、また、キャンパスのある台東区、取手市、足立区、横浜市などとの地域連携に加え、香川県、長野県、長崎県など遠隔地の自治体との連携も大変活発になり、さらには、日本の産業界を代表するような様々な企業から、「アートの力」を企業経営に生かせる人材を求められるなど、藝大に寄せられる期待は、極めて大きく、また多様化しています。この様な世の中のニーズに応えるためには、教職員や学生の力だけでなく、いまこそ卒業生・修了生の皆さんの力が必要です。

今年度から、在学生、卒業生へのキャリア支援の専門教員を配置し、この4月からは、新たに芸術キャリア支援担当の理事もお迎えします。

藝大が生み出す人材と社会との接点を構築するため、アーティスト・エージェンシーの立ち上げも検討していますので皆さんには是非、卒業後も藝大との意思疎通を密にしていただき、皆さんが藝大で学んだことが、社会に確実に還元できるという流れを作りたいと思います。

レンガ造りで、藝大の歴史を感じさせてくれる正門が、老朽化して、大きな地震の際の安全が確保されないという事で、昨年、耐震工事が行われ、新しく生まれ変わりました。私はこの機会に、正門をもう少し広げてはどうかと提案したのですが、「いや、やはり藝大の門は狭き門でなければいけない」という事で却下されてしまいました。

受験生にとって藝大は、これからも「狭き門」であり続けてもらいたいですが、卒業生にとっては「広き門」であるよう、今後は大学が積極的に卒業生の活躍の場を提供するなどサポートし、卒業生は母校や後輩たちを応援するというような関係を構築して「オール藝大」で日本の芸術文化を発信して行こうではありませんか!   どうか皆さんは、この東京藝術大学で学んだことに誇りを持って、どのように芸術の力で社会に貢献してゆけるのかを探し求める旅を続けてください。そして藝大は、その姿をしっかり見守って行きます。皆さんの輝かしい未来に期待しています。本日は本当におめでとうございます。

令和2年3月25日

東京藝術大学長

澤 和樹