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藝大リレーコラム - 第四十一回 渡邊健二「コロナに負けないで!」

連続コラム:藝大リレーコラム

連続コラム:藝大リレーコラム

第四十一回 渡邊健二「コロナに負けないで!」

同級生の野平君(第39回藝大リレーコラム野平一郎教授)も書いていたが,大学最後の年に,まさかにこのようなパンデミックに見舞われるとは考えもしていなかった。

藝大には学生時代も含めて42年間お世話になったが,在学中から,常に違和感があった。大学とは何のためにあるのだろう? 誰のためにあるのだろう? ピアノは何のために,誰のために弾くのだろう? 先生の言われるままに弾くことに何の意味があるのだろう? 卒業したのだから,学生の演奏ではなく,演奏家としてのピアノを弾きなさいって何のことだ?

ハンガリーに留学したら,学生と教員が対等に話をしていた。学生の疑問に答えるのが教師の仕事だと言われた。答えられなければ一流の教師とは言えないと。日本では教師への質問は,教師への反逆と受け止められかねなかった。自分の技量にかかわらず,疑問があれば訊く。教師はそれに責任を持って答える。お互いを尊重する,対等な人間関係があった。

よ~し,帰国したらそういう学び舎を作ろう,と思った。本当に幸運なことに帰国の翌年,非常勤講師として母校で教えることが許された。

それ以来,学生ファーストを目指して頑張ってきたつもりだ。事を急ぎすぎて,辞表を書きそうになったこともあった。しかし,藝大という所は見かけよりも遙かに懐が深いところで,そんなやんちゃ坊主を上手くあやしてくれた。そして,今年の3月に無事,送別会でみんなと飲んだくれて卒業するはずだった。

ところがどうだ! コロナのお陰で全てが狂ってしまった。

一番困ったのはレッスンである。当初は学生にYouTubeに演奏をアップしてもらい,それに対してコメントを返す形だった。レッスンは音楽を楽しむ場ではないので,どこが悪いかチェックして,学生にそれを伝えなければならない。普段のレッスンであれば,自分が弾いてしまうか,学生が弾いている時に「そこ」と言えば済んでしまうことが,文字にすると,小節番号を確認し,版によっては小節数を数え(100小節,200小節となると訳が分からなくなって何度数え直したか!),どうやって言語化すればわかりやすいかを考え,と何分もかかってしまう。文字を武器とする評論家という職業は,実は結構大変なことをやっているのだなと,変なことを考えてしまった。しかし,学生たちにとっては,アップする動画をより良いものにしたくて何度も撮り直すことで,演奏を客観的に判断するという良い訓練にはなったようだ。

その後,ご多分に漏れず,Zoom等を使った双方向リアルタイムのオンラインレッスンも始まったが,途中で止まったり,コマ落としのようになったり,まるでコメディを演じているような有様になって,使い物にならない上に,自宅のレッスン室をスタジオの様にでもしない限り,体が変な向きになるので首と目が痛くなる。

オンラインレッスンでは,どんなに頑張っても,楽器そのものの音しか聴くことが出来ない。アコースティックな楽器は,それ自体が発する音と,それが演奏される空間で響いている音(残響音・反射音)が一体となって,人の耳と肌で感じ取られて初めて楽器という存在になる。そして,レッスンではその空間を共有していなければ本当のレッスンにはならない。だから,オンラインレッスンのように,空間で響いている音を耳と肌で感じることが出来ないのは,片翼をもがれた鳥のようなものだと思い知らされた。

後期からの対面レッスン・授業で,学生たちの生き生きとした姿を見られるのは本当に嬉しいことだ。ただ,全員マスク着用なので人物確認が難しくなったのには困っている。自分のクラスの学生ですら間違えたりする。顔の下半分というのは,認識上大きなウェイトを占めていることを初めて知った。

私が抱いていた夢は,教員側の世代交代により,ずいぶんと実現してきたと思う。しかし,コロナという障壁が立ち塞がっている。

Withコロナの時代,藝術で食べていくことは本当に大変なことだし,そこに至るまでに力尽きてしまうこともあるかも知れない。しかし,自分が打ち込んでいる藝術には素晴らしい価値があり,大きな力を持っていることを信じて,頑張ってもらいたいと思う。みんなの人生はそれだけ価値のあるものだから,それこそ,生活保護であってもなりふり構わず,利用出来るものは何でも利用して生き延びて欲しい。

私はこの4月からは大学を離れるが,引き続き,若い人たちの力になっていきたいと思っている。

2021年1月撮影:レッスン風景

 

写真(上):2020年11月15日 ピアノシリーズ2020 音楽の至宝 Vol.8 第2日 オール ベートーヴェン プログラム 〜最後のソナタと交響曲〜 にて

 

  

 


【プロフィール】

渡邊健二
東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ 教授 1954年生まれ。名古屋市立菊里高校音楽課程卒業後、東京藝術大学、同大学院修了。第43回日本音楽コンクール第1位。78年~83年ハンガリー、リスト音楽院に留学。その間、ミュンヘン国際コンクール、第1回日本国際音楽コンクール、リスト・バルトーク国際コンクールに入賞。「僧衣を被ったメフィスト」といわれるリストの二面性のみならず、彼の奉仕精神に強い印象を受け、リスト作品の精神的理解を深め、その普及に努めることをライフワークとしている。現在、東京藝術大学教授として教鞭をとる傍ら、日本を代表するリストのスペシャリストとして、演奏、音楽雑誌への寄稿、講座、コンクール審査等を行っている。 86年リスト記念メダル(ハンガリー政府)、92年「空の日」芸術賞(日本航空協会)、2018年ハンガリー国功労勲章オフィサー十字型受章。(財)カワイサウンド技術・音楽振興財団理事、日本ピアノ教育連盟副会長・常務理事、日本ソルフェージュ研究協議会会長、日本音楽芸術マネジメント学会副理事長、日本音楽コンクール審査員、全日本学生音楽コンクール審査員、2006年リスト・バルトーク国際ピアノコンクール審査員。2019年バルトーク国際音楽コンクール審査委員長。2005年~2016年東京藝術大学理事、2005年~2013年副学長を務める。