

2026年7月初旬。私が教員を務める美術研究科グローバルアートプラクティス(GAP)専攻の特別集中授業「3.11沿岸ユニット」として、GAP、先端芸術表現、建築、メディア映像、国際芸術創造研究科(GA)の学生20人、教員スタッフその他8名とともに、6泊7日、宮城県気仙沼市、石巻市、福島県浜通りを旅した。
旅のテーマは、「Before / After the Event – Archival Approaches to the Present. (出来事の前と後―現在へのアーカイブ的アプローチ)」。藤井光(GAP准教授)、志賀理江子という二人のアーティストが現地で積み重ねてきた実践や批評的視点にも学びながら、3.11後に残された遺構やアーカイブに触れ、そこに流れる複数の時間やナラティブを体感することが目的だ。海と山の生態系と循環、そこで構築されてきた漁業や農業、人々の営み。被災で露呈した近代社会の脆弱さや矛盾、それでも決断し遂行される復興計画、エネルギー政策。それらが折り重なるレイヤーを現地で身体的に経験し、思考し、対話すること。それが芸術の前提となる「問いを発する力」に繋がる、という思想がベースにある。
旅の5日目、私たちは帰還困難区域内にある大熊町立大熊小学校の敷地内を訪れた。外からガラス越しに見た一階の教室は、2011年3月11日のまま、時間が止まっていた。机の上に広げられた教科書やノート、ランドセル、横に下げられた給食袋、黒板の板書。今にも子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきそうな、どこにでもあり得る小学校の午後の一瞬が、そのままフリーズしていた。ガラスには、防護服をまとった自分や学生たちの姿が映り込む。振り返って校庭側を見ても、そこはもうジャングルで、自分の背丈をはるかに超える草木が繁茂し、サッカーゴールが完全に飲み込まれている。人為的に止められた時間と、自然が人為を凌駕し進み続ける時間。そして、その引き裂かれた時間を作り出した放射能は、数万年という人為を超えた時間としてそこにあるー。
「Before / After the Event」。ここでいうEvent(出来事)とは、もちろん3.11というカタストロフを意味している。だが、当時まだ小学生だった学生たちにとっては、そもそも震災は完全なる事後の出来事ではなく、15年という時差をへて向き合う初めての体験であり、同時に、彼らがこれから経験するかもしれない、新たな災厄や未曾有の危機の予兆としての出来事でもあるのだ。私たちは、ある出来事の後の時間を生きていると同時に、まだ見ぬ出来事の前の時間を生きている。そしてアートはその両方の時間、事後と時前の時間の裂け目の間に立ち、分け入る。そこに宙吊りのまま留まる。
東京藝術大学にもまた、かつてあった過去の時間と、これからやってくる未来の時間があり、それの間に、現在という「あいだ」の時間がある。藝大美術館や図書館には、創設期から現在まで、本学で行われた芸術教育やその成果が膨大に歴史化、アーカイブ化されている。一方で、近代化と帝国主義の時代に、その歴史化から溢れ落ちた存在―、女性たちや留学生、形に残らないパフォーマティブな実践なども不可視のまま存在するはずだ。
藝大が存立してきた時代や社会に流れる過去の時間と、藝大で学ぶ学生たちの未来の時間を出会わせること。そこに問いを発生させること。それが、私がキュレーターとして、この大学でするべき重要なことだと考えている。
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2026年7月10日訪れた大熊町立大熊小学校の校舎
Photo by Moe Yuzawa / GAP
【プロフィール】
相馬千秋(そうま ちあき)
東京藝術大学 大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻准教授
NPO法人芸術公社代表理事・アートプロデューサー。パフォーミングアーツを軸に、領域横断的な同時代芸術のキュレーション、プロデュースを専門としている。プログラム・ディレクター、キュレーター等を務めた芸術祭として、フェスティバル/トーキョー(2009-2013)、あいちトリエンナーレ2019、国際芸術祭あいち2022、シアターコモンズ(実行委員長兼任、2017-現在)、世界演劇祭テアター・デア・ヴェルト2023等がある。2015年フランス共和国芸術文化勲章シュヴァリエ受章、2021年文化庁芸術選奨・文部科学大臣賞新人賞(芸術振興部門)受賞。2025年より港区立みなと芸術センターm~m開設準備室プログラム・ディレクター。