

2026年の4月から、10年ぶりに鋳金研究室に戻ってきました。あらためて現在の鋳金教育に携わりながら、自分が学生だった頃の気持ちを思い出す日々を送っています。
私が現在制作しているステンレスの茶釜作品も、その始まりをたどると、藝大の授業に行き着きます。ステンレスは身近な金属ですが、鋳造には高度な技術が必要で、美術表現の素材として扱われることは決して多くありません。いま思えば、設備の整った藝大だからこそ経験できた授業の一つでした。
当時は、その授業で出会った素材が、その後の自分の制作の大きな柱になるとは考えてもいませんでした。
鋳金工房内 授業の鋳込み風景
その後、茶道を学び、茶釜の制作を考え始めた時に、あらためてステンレスという素材と向き合うようになりました。
茶席にかならずある鉄の茶釜には、重厚さがあり、砂型によって生まれる鋳肌の素材感や、どっしりとした存在感があります。そこには鉄ならではの美しさがあり、長い時間の中で培われてきた技術があります。一方、ステンレスは鉄を主成分とする合金でありながら、錆びにくく、鉄釜のように着色を施さなくても、金属そのものの銀白色を見せることができます。
鉄に寄せるのではなく、ステンレスという素材の性質をそのまま生かして茶釜をつくる。それが、私なりの茶道具という伝統との向き合い方になりました。
茶の湯の歴史を振り返っても、現在「伝統」と位置しているものが、初めから伝統だったわけではありません。千利休の時代、長次郎によってつくられた真っ黒な楽茶碗も、当時の茶の湯に新たな美意識として生まれました。新しいものが生まれ、使われ、受け継がれ、長い時間を経て、やがて伝統と呼ばれるものになっていく。そう考えると、伝統を受け継ぐということは、昔と同じものをつくり続けることだけではなく、その本質を知り、それぞれの時代の素材や技術、価値観によって問い直していくことでもあるのではないかと思います。
茶道を学び、鋳造を研究する。一見すると別々に見える、少しマニアックな探究が、地道な時間をかけてつながり、私はステンレスの茶釜へとたどり着きました。

そして現在、私は教員という立場として研究室で学生たちと向き合っています。授業では、当時と変わらず、まず自分で使う道具をつくるところから始まります。ひたすら金属の棒を平らに研いで「鏨」を成形したり、1日中粘土をハンマーで叩いて、微細な型材を作ったりする日々。昨日より少し上手にできるようになる嬉しさと、それがすぐには作品につながらないもどかしさ。学生たちを見ていると、自分にもそんな時間があったことを思い出します。
けれど、その時には何のために学んでいるのか分からなかったことが、時間をかけてものの見方や考え方を育て、やがて自分の表現につながることがあります。私にとって、ステンレス鋳造との出会いもそうでした。
何が将来、その学生の表現につながるのかは、伝える側にも分かりません。だからこそ教育では、学生が今つくりたいものに必要な技術だけを教えるのではなく、素材や技術の本質を知るための工程を経験すること、そして、さまざまな素材や技術、文化に出会う機会をつくることも大切なのだと思っています。
教えるということは、完成した答えを渡すことではないのかもしれません。
いつか、その人自身の表現につながるかもしれない種を渡していくこと。
10年ぶりに戻ってきた研究室で、学生たちの日々の表情を見ながら、そんなことを考えています。

【プロフィール】
佐治真理子(さじ まりこ)
東京藝術大学 美術学部工芸科鋳金研究室 准教授
2004年、東京藝術大学美術学部工芸科卒業。2006年、同大学院美術研究科修了。
東京藝術大学にて助手、非常勤講師、助教を歴任。長岡造形大学、跡見学園女子大学でも講師を務める。
2015年に自身の鋳造工房を構え、鋳金の技術による人型彫刻の制作や、建築物のエクステリアの受託制作など、鋳造を軸とした研究制作に取り組む。
近年は、ステンレス鋳造による茶の湯釜の制作を主軸に活動している。
主な展覧会に、「白はがね」佐治真理子茶釜展(日本橋三越)、清州国際工芸ビエンナーレ(韓国・清州)、泉屋ビエンナーレ(泉屋博古館・京都)、国際工芸アワードとやま(富山県美術館)など。