

いま、まだ形になっていない舞台のことを考えている。いくつかのアイデアはあるが、それらはまだ確定したものではなく、揺れたままそこにある。
具体的には、4月半ばから上演予定の「ナルキッソスの怒り」に向けて、スロベニアのホテルの一室を舞台とした作品の準備を進めている。限られた条件の中でどのように世界を立ち上げることができるのか、室内の具体的な要素をどこに残すのか、あるいは想像に委ねる部分をどこに置くのかを、稽古を進めながら検討している。
制約のある中で制作を進めるとき、私はしばしば「作らない」という選択をする。すべてをつくり込むのではなく、あえて手を入れない部分を残す。その状態は未完成のように見えるかもしれない。しかし、その余白があることで、俳優の身体や照明、音響といった他の要素が関係し合い、空間ははじめて立ち上がる。舞台美術は単独で完結するものではなく、関係の中でその都度かたちを得ていくものだと感じている。
先日ゼミの学生が関わったI LOVE YOUプロジェクト「都市に開く劇場ーふらっとテント公演ー」の上演に立ち会った。あらかじめ完成された場ではなく、人が集まり、滞在することでその都度あり方が変わっていく空間が立ち上がっていた。そこでは、何かが用意されているというよりも、むしろ余白が開かれており、それぞれの関わり方によって場が形づくられていく。完成していることよりも、関係が生まれることが重要であるという感覚があった。
さらに言えば、舞台美術だけでなく、舞台作品そのものもまた観客との関係の中で完成していくのではないかと思う。同じ上演であっても、受け取られるものは人によって異なる。上演が終わったあとに残る印象や記憶もまた、それぞれに違う。作品は舞台上で閉じるのではなく、観客の中で引き延ばされ、変化し続けていく。
昨日、大学の卒業式を終え、学生たちを送り出した。それぞれの制作はひとつのかたちとして結実しているが、その先にさらに開かれていく可能性を持っている。しかし、どの制作もその先で誰かと出会い、関係を結びながら変化していく。
完成しないことは、欠けていることではなく、他者に向かって開かれている状態なのだと思う。いま考えている舞台もまた、そのような未完のまま、誰かの中で続いていくものになるのかもしれない。
写真(トップ):ふらっとテント試作の様子(取手にて)
【プロフィール】
原田愛
東京藝術大学 美術学部先端芸術表現科准教授
1981年バージニア(アメリカ)生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。空間を柔らかく変容させることを目指し、劇場空間における視覚表現の設計を軸に、演劇、ダンス、音楽公演などの分野で舞台美術家として活動している。近年の主な参加作品に「デイダミーア」(2024、めぐろパーシモンホール)、「ライカムで待っとく」(2024、KAAT神奈川芸術劇場)、「ミュージカル手紙」(2025、東京建物Brillia Hall)、「黙るな動け呼吸しろ」(2025、東京文化会館)など。2020年より現職。大学にて教育に携わるとともに、子育てと舞台芸術に関する情報発信や活動にも関わり、創作と生活の関係についての実践と考察を続けている。